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おなじいろ
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- ルーキス・ファウンの関係者
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愛しい子供が産まれた。
何よりも大切と思え、今までの世界が一変したようだった。私の世界の中心は私ではなくなって、この子を中心に回り出したのだ。
あの子が泣く度に原因は何だろうかと考えて、一緒に泣きたい気持ちになることもあった。けれどもあの子が笑えば、それだけで世界がキラキラと煌めいて見えた。いつかはあの人とともに……と思わなくもなかったけれど、傭兵という稼業である以上、ひとりでも立派に育てきると身籠ったと解った時から決めていた。
愛しい命を腹に抱えていた時も、愛しい我が子を背に抱いていた時も、ずっとずっと、私はあなたを愛していました。
――ルーキス。私の愛しい子。私の光。あなたがどんな子に育つのか、私はとても楽しみにしているの。
信じられないほど、恐ろしい気配がした。
頭の中は『どうして』と『どうにかしなくちゃ』でいっぱいになった。
(全部退治されたはずなのに、どうして)
――だからあの人は去っていったのに。
(ううん、そんなことはどうだっていいわ。それよりも、どうにかしないと……)
茂みの中に隠されるように見つけた――きっと『カハク』が仕留め損なったのであろう痩せこけた獣。そこから少し離れた茂みへと、私は大切な我が子を置いた。私によく似た青い目が不思議そうに見上げてきて、胸がぎゅうと痛くなった。
「ごめんね」
此処に置いていくことを、許して頂戴。
柔らかな頬を撫でれば、その指をぎゅうと握られた。近頃は色んなものに興味を示しだしたあなたは、こうしてよく私の指を握ってくれる。力加減をまだ知らないから痛いくらいな時だってあるけれど、そんな痛みさえも私は愛おしかった。
いつもなら飽きるまで握らせてあげられるけれど、そっと指を開かせる。口を開けば嗚咽が零れそうだからぎゅうと唇を引き結び、もう一度抱きしめたいと思ってしまう心を叱咤して背を向けた。
零れ落ちていた涙を拭わず、私は森奥へと駆けていく。きっともう
ごめんね、ごめんなさい。きっと私はもう二度とあなたを抱いてはあげられない。けれどあなたが生きてくれるなら私は――母は、それ以上の幸せを知りません。
(――空木)
恐ろしい蔦が伸びてくる中、ぎゅうとお守りを握りしめた。霊験あらたかなのだと彼が持っていたお守り。
(ルーキスのこと、よろしくね)
私は子を宿して変わった。
この期に及んでも考えるのは、愛おしい光の姿ばかり。
ああ、神様。もう三人で暮らしたい等とは願いません。
――あの子が救われますように。
それだけが私の願いです。
――――
――
(――……?)
唐突に世界が――私の周囲が明るくなった。
恐ろしい蔦に手足を絡め取られて、私の命はそこで潰えたはずだった。
『っ、母さん!』
『……リーベル』
誰かの声がした。
神様が最後に私に見せてくれた夢だったのかも知れない。
(大きく成長したら、あの子はこんな声になるのかしら)
あのほあほあとよく泣いていた子が、顔を赤くして大粒の涙を零していた子が、いつかは青年らしい姿となって元気に過ごしている。そんな姿を想像し――リーベルの意識はまた閉ざされた。
明るく、柔らかな気配がした。
冷たく恐ろしい、まるで井戸の底に落とされたような感覚に変わったことに気がついた。
縮こませていたはずの体はいつの間にか自然と伸ばされ、暖かな気配――これは布団だろうか――に包まれていた。外から『音』も聞こえたものだから驚いた。チチチチチと囀る鳥の声。遠くから聞こえる風の音。木々の葉が揺れる音。
(……夢が続いているの?)
まるで
そうだったら、どれほど嬉しいことだろうか。
けれどもこれは、きっと夢だ。赤子のあの子を案じるがあまり、心が逃避しているのだ。
――そう、思っていた。
「……失礼します」
誰か――青年が訪ってくれたようだ。戸の閉まる音がして、近づいてくる気配。
けれど私の体は動いてくれず、瞼すらも持ち上がらない。
衣擦れの音。青年は、ぎこちなく私に頭を下げたのだろう。
「えぇっと、あの……ルーキスです。は、初めまし、て?」
――ルーキス? ルーキスって言った? 言ったわよね、ルーキスって!
途端に私の心がぴょんっと跳ねた。
心があの子の名を叫んでいる。顔が見たいと、顔をよく見せてと言いたい。触れて確かめたい。こんな大きな――青年になっていることには驚いたけれど、それ以上の喜びが胸に溢れ、愛しい我が子を抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。
けれど体は、私の意思に反してぴくりとも動かない。
「母さん、これ」
指先に、何かが触れた。何だろうという気持ちよりも、我が子が『母さん』と呼んでくれた喜びのほうが勝った。
「雨蓮観音の『七夕守』。母さんの体が良くなるようにって願いを籠めたんだ。それから、師匠とも短冊を吊るしたよ。……俺も師匠も、話せる日を楽しみにしているよ」
だから早く良くなってねと、優しい声音で
心が震えすぎて、どうにかなりそうだった。
感情の洪水に飲まれそうになるけれど、やはり体は動いてはくれなくて。
ルーキスがぽつりぽつりと話してくれる声だけを懸命に追いかけた。
「じゃあ、また来るね、母さん。今度は師しょ……父さんも連れて来るよ」
――え。
最後に落とされた爆弾に私の頭の中は真っ白になった。
引き止めたくとも、ルーキスは帰って行ってしまう。
待って、ルーキス。あなたがさっきまで話していた『師匠』って空木のことだったの――!?
●
見舞う度、母さんはいつも瞳を閉ざして横になっていた。
母親という存在が眼の前にいるということが不思議で、何だか
何度目かのお見舞いの日。その人が起きていた。
外の通りまで
――知っている。
そう思った。
懐かしいとさえ思った。今の今までフレーズも何も思い出せなかったのに、母のおもかげなんて傍には無かったのに、自身の深くに根付いていることに気がついて体が震えた。
戸に向かって転びそうになりながらも駆け、戸に掛けた手に雫が溢れたことに気がついてぐいと目を拭った。最初に見せるのは、笑顔が良かった。夢の中の母は俺に微笑みかけてくれていたから、俺も笑顔で彼女と挨拶を交わしたかったのだ。
(ああ父さん! 何で今日に限って仕事なんだ!)
バカ師匠! バーカバーカ!
間が悪すぎると心の中でいつかみたいに罵倒して、気を静めた。
深呼吸をしてから、自身の装いがおかしくないか見下ろして――そうして戸を開いた。
庭側の障子を開いて座していたその人が、振り返る。
「あ、あの。……初め、まして。ルーキス、です」
「……ええ、ええ! 知っているわ! 私の愛しい子!」
あなたの声がずっと聞こえていたのと、母が微笑んだ。
- おなじいろ完了
- GM名壱花
- 種別SS
- 納品日2023年12月26日
- ・ルーキス・ファウン(p3p008870)
・ルーキス・ファウンの関係者