PandoraPartyProject

SS詳細

共生(くされえん)

登場人物一覧

オジョ・ウ・サン(p3p007227)
戒めを解く者
アンジェラ(p3p007241)
働き人

 “働き人”となってしまったアンジェラにとって、無辜なる混沌とは窮屈で仕方のない場所だった。
 自我の存在さえもが希薄で、感情らしき感情を失っている生体機械。生殖カーストのために住環境を整えて、文字通りの滅私奉公に終始する奴隷階級である事を、自ら疑う事すら出来ない備品。
 それが真社会性人類の労働カーストたる働き人の立ち位置ではあったが、それが如何なるストレスをも受け付けないのかと問われれば、決してそんな事実はなかったと言えよう。彼女らとて、過負荷や怪我を受けて何も感じぬ訳じゃない。それは人体の細胞がアルコールや活性酸素に晒された時などに発するような、当人さえ気付かぬ物言わぬものではあるが、実際には生殖カーストや他の人類と同程度にはストレスを感じ、少しずつ自らの寿命を削ってゆく。単に、真社会性人類の社会の中では“そういうもの”であり、それにより死んでも別の個体が補えばいいものに過ぎないだけで。

 ただ……アンジェラが受けるストレスは、本来のユーソシア世界の働き人たちが受けるものとは、どうやら一風違っていたようだった。
 例え奴隷さながらの労働カーストといえども、真社会性人類である以上、社会性と無縁ではあり得ない。労働を極限まで円滑化するために、働き人には働き人同士のコミュニケーションがあり、生殖カーストとの間にも暗黙的または明示的な命令という名のそれがある。彼らは時に、身の毛もよだつほどの劣悪な環境下でも不満一つなく働きはする……が、社会内での地位確認を必要するという観点で言えば、他種の人類とそれほど――いや、真社会性を持たぬ人々以上に、その欲求に縛られているものだと言えよう。
 だというのに、翻ってアンジェラは、この無辜なる混沌に召喚されて以来、一人も他の働き人とは出会えていない。協業すべき同僚もおらず……かと言って彼女に命ずる者らもいない――正確には、頻繁にローレットなる組織から命令らしきものは出るのだが、それらはどうやら生殖カーストの者らに向けたものであるらしい。ならば、数少ないその履行者枠に、働き人が収まる事は出来ない……今ではアンジェラもこの世界の事を嫌というほど理解していて、この世界の人々が真社会性を備えていない事くらいは知っている。彼らがアンジェラにも生殖カーストとしての振舞いを期待しているのだという事は、もう、誰に説明されなくとも承知している事柄だろう――けれども働き人としての本能が、その限られた枠内に足を踏み入れる事を彼女に、どうしても躊躇させずにはいられないのだ。
 そんな背反が、今のアンジェラを密かに苛む最大のストレスなのだった。云わば、得体の知れない化け物共の街へと迷い込んでしまった普通の人間が、何の因果か化け物共に、仲間だと思われてしまった時のような緊張。化け物共は、今は自分に親切にしてくれるけれど――もしも彼らに、自分が本当は仲間ではなくて、彼らの餌なのだと知れてしまったら? きっと多くの者は今のアンジェラのように華々しい活躍の場を極力避けて、街角の掃除やらその他の各種の下働きやらに自発的に甘んじる事で、極力化け物共の機嫌を損ねぬように振舞う事だろう。尤もアンジェラの場合はそんな打算を働かせずとも、コロニー内の汚損を本能的に清掃修復したくなる性質はあった訳だが。
 そんな彼女が奇妙な物体との出会いを果たしたのは、いつもの働き人的労働奉仕の最中の事だった。

 それは最初、赤い縄が落ちていただけの様子に見えた。何の脈絡もなくだらんと無力に地面に這っており、道行く人は邪魔そうに、それを跨いで通り過ぎてゆく。
 どうやら、誰の所有物でも占有物でもないらしい……強いて言うならば、縄の向かう先の小さな路地に、その所有者がいるのだろうか?
 何か意図があってこの場に垂れているようにも見えなかったので、ひとまずこれを本来あるべき場所に収めにゆくべきかどうか確かめるために、アンジェラは縄を追ってみる事にした。すると……どこまでも続くのかと覚悟した彼女とは裏腹に、縄の出元はすぐに見つかった。
 けれども、それは一体何なのか? その正体が、アンジェラにはさっぱり判らない。いいや彼女でなかったとしても、恐らく正しくそれを言い当てられた者などいなかったろう。

 血管が浮き出たように赤みの帯びた線の入った、すべすべとした緑色の丸いモノ。赤い縄は最後は少しばかり色褪せて、その物体の表面に沿うかのように繋がっていた。
 植物の葉――それが見た者全ての第一印象だったろう。それもただの葉ではなく壺型をしていて、縄の反対側には反り返った口と蓋がついている……ウツボカズラの捕虫袋だ。しかも、尋常ではなく巨大なサイズの。
 とりあえず何か場違いなものである事は、アンジェラにだってすぐに判った。そして微妙に往来の邪魔になっているこれを、早いところどこかに捨ててやらねばならないという事も。
 引き摺ってゴミ捨て場まで引っ張ってゆくために、縄――巨大ウツボカズラの蔓の先端に触れようとした。すると蔓はびっくりしたようにぴくりと跳ね上がり、アンジェラの手の中から逃げてゆく。
 掴む。逃げる。また掴もうとして逃げられる。まるでじゃらされる猫のようにしばらく蔓と格闘した後で、アンジェラはこれ以上は疲れるだけだと判断せざるを得なかった。仕方ない……こうなったら袋の側を持つしかないようだ。両腕が回らぬほど太い袋を抱きかかえようとして、捕虫袋に触れたなら……。
「ヒャッ!? デス!!」
 どこかから驚いた声がする!?

 不思議に思って何度も袋をぺたぺた触っていると、その度に小さな悲鳴は上がった。
(どうやら……袋の中から聞こえてくるようです)
 奇妙な出来事に訝しむ。誰かが中に隠れてるのだろうか? 蓋になってる葉を開いてみようと思ったら、物凄い力で抵抗されて開かない。これはいけない、誰かが閉じ込められている! そう思ってナイフを振り翳してみたら、今度は慌てたように蓋が開いて、中からは一人の猫耳娘の、むすっとした表情が飛び出してきた。
「オジョウサンは、オジョウサン、デス……セッカク気持ちよく寝てたのに、邪魔しないで欲しいデス!」
 恐ろしい事をしてしまったと、アンジェラは後悔の念に苛まれるのだった。働き人が、誰かに目を潤ませた怒りの表情をさせてしまうだなんて!
 どうやって償えばいいものか……視線を揺らすアンジェラを、オジョウサンは寝ぼけ眼を作って見定めた。
「起きたら、お腹空いた、デス。何だか、目の前に美味しソウなのが……」

 蓋をあんぐりと大きく開けて、ばくんとアンジェラを呑み込んでしまったオジョウサンは、そのまま再び微睡んで、路地で寝息を立て始めた。見るのは死ななさだけは一人前のアンジェラを、いつまでもいつまでもしゃぶり続けていられる幸せな夢……。

 無辜なる混沌でも珍しい、働き人と食人植物の共生関係くされえんは、こうして始まったのだった。
 それが傍から見て幸せそうに見えるかまでは判らないけれど。それでも口寂しさを紛らわせてくれる働き人と、どんな形であれそれを必要としてくれる主人の間には、きっと当人達にしか解らぬ幸せがあるのだろう。多分。

  • 共生(くされえん)完了
  • NM名椎野 宗一郎
  • 種別SS
  • 納品日2020年03月01日
  • ・オジョ・ウ・サン(p3p007227
    ・アンジェラ(p3p007241

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