PandoraPartyProject

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もし空に星がたった二つしかなかったのならね

登場人物一覧

ファニー(p3p010255)
ファニーの関係者
→ イラスト

●悪魔の証明
 もしもこの世界に、星が存在することを示したいのならば、ただ星を指させばいい。けれど、とある珍しい星が「この世界にないこと」を証明するのは難しい。
 広い世界のどこかにはあるのかもしれない。すべての世界を回ってみなければ、ないことはわからないというのだ。

 ファニーはシリウスが好きだった。寂しさの隙間に忍び寄り、ぴったりと入り込んできたシリウスは、ファニーにとっては特別な一等星シリウスだった。

「ファニー、何か見える?」
「いや、何も? 骨折り損のくたびれ儲け、だな」
 今日は霧がかかっていて、星はあまり見えない日だ。それでも二人は天体観測にやってきていた。星を見るのが目的ではなく、互いと会うのが目的だ。一線を越えたあの日から、新しい世界が見えた。シリウスは、ファニーにとってかけがえのない存在になっていた。
「儲かったって? ねぇ、ファニー。ねぇ……ほら、あの星は何?」
「図書館でお勉強してるだろ? 『読み聞かせ』してもらって」
「意地悪だね。今はファニーに聞いてるんだよ。ファニーの口から聞くと、星の名前も違って聞こえるんだ」
 口説き文句とともに、そっと袖を引いたシリウスの仕草は、こちらを向いてほしい、という意味だ。視線をやると、口づけられる。ファニーもそれに応えた。
 核がくるくると場所を探している。どうしたいのか、魔力はよく知っている。おいで、と、シリウスに導かれるままに寄り添った。見えるものは何一つ変わっていなかったのに、見え方は違って見える。
 魔力を重ね合わせて、溶け合わせるような感覚。悪い遊びとはまた違う、秘密の遊び。二人だけの場所。ほかの人には内緒だよとささやきあった聖域。ここには二人しかいない。
 恋というほど甘酸っぱくもなく、愛というほどあたたかなものでもない。交錯が終わってから空を見上げると、夜はうっすらと明けかけていて、空の多くは暗闇に占められている。星は見えない。
 もっと純粋な頃だったら、恋人同士だと信じられたのかもしれない。これは依存なんだろうな、とファニーは思った。すっかり依存している。シリウスに甘えてしまっている。
 シリウスの魔力は、蜂蜜のようだった。溶けて、自分をどろどろに甘やかしているようだった。溺れるような感覚すら心地の好いものだった。それはファニーが持つバニラの香りとまじりあって不思議な香りになる。
「ファニーの魔力ってさ、バニラアイスみたいに甘くて美味しいんだぁ」
 シリウスが蠱惑的に笑った。
 今だけは、世界に二人しかいないかのようだ。
「シリウス、なあ、空。さっきの星はどれだ?」
「うん? 忘れちゃった」
 それに、単なる口実だったし、とシリウスは無邪気に言った。
「おい……」
「目立たなくて、暗い星だったからね」
 自分のことを言われたわけではないのに、胸が痛む。
 ほかにもこうしている奴がいるのか?
 そうだろう。シリウスにあえて言いはしないし尋ねることもなかったものの、それでも分かった。きらきら輝く一等星はみんなのもの。黙ってたって誰かに見つかってしまう。
 このまま”ふたりぼっち”でいられたらと、気付けばそう願っている自分が確かにここにいた。
 シリウスは不安をすすぐようにとまた口づけを落とした。
「…………アルファルド」
 二人だけの秘密の名前。
「君のことを理解してあげられるのは、俺だけだよ?」
 大丈夫だよ、となだめるように、秘密を守らせるための口づけをするように、シリウスはそっと鍵をかける。
「楽しいよ、オレは。シリウス、おまえといられて……」
 もしも自分が他と同じで、変わらぬ身体を持っていたのなら……飲み込んだ答えを言えただろうか。
 スケルトンじゃなかったならば。
 同じ一等星だったならば、隣にいる権利くらいはあったのだろうか?

●星からの「お願い」
 ファニーとシリウスとの関係はゆっくりと続いていた。
 もっとも言ってほしい言葉はくれやしなかったが、シリウスは快楽と快い言葉をくれる。居心地がよかった。それに、アルファルドと呼ばれればそれだけでいいのだ。
 いや。
 これでいいのだと言い聞かせている。これ以上は望めやしないから、だ。
「あのね、ファニー」
「どうした?」
 星から頼みごとをされるのは珍しいことだった。星を見るふりをして互いを見て、秘密を共有する……いつもの展開になったところで、そっと押しとどめられ、ファニーは少々戸惑った。
「気分じゃないのか? なら、星でも見るか」
 本当はどちらでもよかった。ただ隣にいられれば満足だった。
「そういうわけじゃないよ。ちょっとね、今日は用事があって。ファニー、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「いやだったらいいんだ」
「おいおい、水くさいな。なんだ?」
 真剣にこちらを見つめてくるシリウスはずるい。断らないことを確信しているのを、ファニーは知っている。けれども、ここで頷いたなら、美しく微笑んでくれるのもわかる。
「ちょっと付いてきてほしいんだ」
 付いてくるだけ?
 お願いにしてはシンプルな願いだ。
 シリウスに手を引かれ、歩く道がすらファニーは考えた。ケーキを手ずから食べさせて、というような、また他愛のないお願い事なのか。それとも、ちょっと危ない楽しみ方をしたいのか?
 シリウスが相手なら、それもかまわない。鎖を付けたシリウスを気遣いながら歩いて行くけれど、シリウスはやはり拘束をものともしていない。
 そういえば前もこうやって、シリウスに手を引かれていたっけ……。シリウスは誰かが見ていようとも、構いもせず、ともにあることを選んでくれた。
 まあ、我の強いやつだ。
 二人が向かった先は、街から随分と離れた森の中にある小屋だった。
「うん? ここか? マジで?」
 シリウスは返事をしなかった。扉を開けて押し入った。シリウスの表情は見えない。ファニーはその背を追って、中へと足を踏み入れる。
 不用意に。不用心に。
 目の前の光景に虚を突かれるのと、後ろで扉が勝手に閉まる音がするのは同時だった。
(……人?)
 そこには、いやな笑みを浮かべる男たちがいた。
 数は10に届かないだろうか。……物陰にも一人。見知った相手もいた。性質の悪い遊び相手……。シリウスと懇意になってから、なんとなく立ち寄らなくなったやつら。それに、見知らぬ相手もいる。いずれにせよガラが悪い。男たちは手にはそれぞれ角材や、鉄パイプなどを持っていた。注がれる視線はねっとりとしており、生理的な嫌悪を呼び起こした。
「シリウス、何とか隙を作るから、走れ」
 脅されていたのか? それとも、シリウスも騙されたのか?
 ファニーは、シリウスに騙されていた、とはつゆも考えもしなかったのだ。
 とっさにファニーはシリウスをかばうように前に出た。けれども彼はファニーの手をすり抜けて、ふわりと舞い上がった。そもそも、扉を閉めたのはシリウスだったのだ。
「……おい、シリウス?」
 シリウスは、男たちを飛び越えるように、羽ばたきのひとつで天井まで飛んだ。ファニーを振り返り、そして、まるで天使のように微笑んだ。神々しく美しい、という言葉が正しい。ステンドグラスの繊細な細工のようだった。
 遅れて理解が来る。
 この状況を用意したのはシリウスなのだ。
 嗚呼、彼が悪魔だということなんて、最初から知っていたはずなのに。
 そして、天使のように美しい悪魔が終末を告げた。

「好きに遊んであげてよ」

 それからのことは、あまり思い出したくない記憶だ。
 記憶の底の井戸に閉じ込めて蓋をして、それでもなおせりあがってくる記憶だ。
(シリウス、シリウス、どうして、どうして)
 目の前の相手よりも、シリウスのことばかり考えていた。
 力任せに身体を拘束され、身動きが取れなかった。体のどこもが自分の思い通りにならない。
男たちはかわるがわるにファニーをなぶった。
 骨があらぬ方向に曲がっている。折れている。蹴り飛ばされても、くぐもったうめき声が漏れるだけだった。
 痛みや屈辱でぼんやりとする意識が、水をかけられて無理やり覚醒させられる。
「なんだ、もう反応がないな」
 逃げるという選択肢は不思議なほど浮かばなかった。
 今まで、抗う、ということがあっただろうか。
 ぼんやりとした視界の端で見つけたシリウスは――――恍惚として、笑っていた。
 そして、ようやく理解する。
『裏切られた』のだ。今までのすべては嘘だった。裏切られた。骨身に染みる憎悪がからだ中を駆け巡った。
(シリウス、シリウス、シリウス……!)
「忘れてるかも知れないけど、俺って悪魔なんだよね、一応」
 何度も胸中で名を呼んだ。シリウスはファニーを見下ろしている。無傷で。シリウスは綺麗なままで、輝きを失わずにそこにあった。
「悪魔だって知ってたよね? どうして信じちゃったの? ねぇ、アルファルド」
 そんな愚かしいアルファルドが好きだよ。
 ファニーの中で、凄まじい殺意が沸き上がった。
 伽藍の瞳の奥に憎悪の炎が宿る。
 言葉もなく、動作もなく、ファニーは衝動に任せて魔術を発動していた。どうやったのかまるで覚えていない。あふれだす感情が、憎悪が、怒りが、星を呼び寄せる。
 嘲笑うような声が頭蓋骨にこびりついている。反響して音があふれだす。
 手のひらを空に伸ばす。透かされた骨。骨だけの手。スカスカの手。呪わしき身体。それすらも、いとおしいと錯覚させるようにシリウスは指を絡めたのではなかったか。微笑むシリウスの声は甘く、今でも鮮明に思い出すことができる。愛しているといわれなくとも、彼にとって自分はトクベツだって信じていた。それは都合の良い道具に対する愛情であって好きという意味ではないと分かっていても、それでも心は踊った。
 信じることができた。
 シリウスにとってはファニーは特別な存在なのだった。これほどまでに手をかけ、育て、屠り、収穫する。その価値のある相手だった。
 絶望の淵に追いやって、魔力を奪おうとしたのだ。
 シリウス。
 あれほどまでに恋焦がれた星が、手に入れたいと思っていた星は、いまやファニーの手の中にあった。
(ああ……)
 あれほど焦がれた星は、こんなものか。
「おい、なんだ?」
 空が明るくなったことに気が付いて、順番を待ち、ぼんやりと煙草を吸っていた男が空を見上げる。屋根がはがれ、空に吸い込まれていった。
 星が堕ちてくる。さかさまに空に落ちる。それは、重力だ。星が迫っていた。
 ……。
 ……。……。
 ファニーは空を見上げていた。辺りにはもう何もない。何も残っていない。
 焼け残った炎は葉っぱの先に伝い、それ以上燃えることもなく、消えた。シリウスの影はない。ない、ない、最初から――望まなければよかった。
 ファニーの怒りはすさまじかった。星を空から引きずり下ろし、堕とすほどのものだった。
 地に下した星は、二度と取り返しのつかない破壊をもたらした。
 もう戻らない。
 最後まで破壊を見届けると、ファニーは帰路についた。涙はすでに流れなかった。
 ただ乾いている。

●星を失ったあと
――未曽有の隕石の落下により、多数の行方不明者が出ています。
生存者に関する情報をお持ちの方は、ご連絡ください……。

 ニュースはどこか他人事のように聞こえる。
 分かっていたはずじゃないか。シリウスは悪魔だ。美しき悪魔だ。
 ないものをないと証明するのは難しい。世界中を探せばどこかにあるのではないかと思っていた。うそだと知りつつも、どこかでは愛してくれているかもしれないと思い続けてきた。
 それでも、確認するのが怖かった。すべてなんて分かりっこないから、あきらめて見て見ぬふりをしていたのだ。
 悪魔の証明がいつまでも完成しないのを、永遠だと思っていた。
 手に入れられるはずがないものだ、と。隣にあることなんて望まなければよかったのかもしれない。近いようで遠く、永遠に距離が縮まることはないものと信じていた。

 繰り返し報じられるニュースも、いずれは忘れ去られていく。
 魂に刻まれた感情だけが、すべてを塗りつぶすような強い感情だけが残った。スケルトンは空っぽだった。ひとりぼっちで空っぽだ。がらんとしている身体は、どのような熱も伝えてはくれなかった。
 どうしようもなく、独りぼっちだ。

  • もし空に星がたった二つしかなかったのならね完了
  • GM名布川
  • 種別SS
  • 納品日2023年12月11日
  • ・ファニー(p3p010255
    ファニーの関係者
    ※ おまけSS付き

おまけSS

「ファニー、誕生日っていつ?」
「ああ?」
 あまりに急に聞かれたもので、意識が追い付いてなかった。ファニーはぼんやりと本から顔を上げた。
「誰の?」と聞いて、くすくす笑われる。
「ファニー以外にだれがいるの。やっぱり家族で過ごすの?
今までで一番もらってうれしかったものは何?」
「何だ、祝ってくれるってのか?」
「うん」
 シリウスは当たり前のように言った。
「そりゃあいいもんだな。欲しいものって? そりゃあ、家とか車とか……」
 冗談に交えてごまかそうとすると、シリウスが言うのだ。
「お祝いするね、きっとさ」

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