PandoraPartyProject

SS詳細

ひとでなし

登場人物一覧

サクの関係者
→ イラスト
サク(p3n000349)
終天
冬越 弾正(p3p007105)
終音

●切欠
 焼け焦げて、冷たくなった『もの』がそこにあった。
 誰なのか、そもそも人だったのかも疑わしいほど焼き尽くされたもの。
 しかし、冬越 弾正にはわかってしまった。
 誰よりも恋しい、愛しい、かけがえのない人であったはずのもの。

 『これ』は、菅井 順慶だ。
 
 この数日行方不明で、昼も夜もその姿を求めていた人。
 そのようやくの再会が、この姿だった。
「お知り合いの方で?」
 静かに歩み寄る音。
 白き衣に白樹の杖、白い髪のその男は、同情と憐憫の表情を弾正へ向けていた。
「どうして……順慶が何をしたって言うんだ! 何でこんな死に方をする必要がある!?」
「因果応報、とは言いますが。理不尽に見える仕打ちも、知らぬところで因果の種を蒔いていることもあるものです」
 男は膝をつき、弾正と同じ視点から順慶の骸を見つめる。その姿勢は弾正に共感しているようでありながら、この惨状は順慶にも原因があるとでも言いたげな口振りで、到底受け入れられるものではなかった。
「テメエ……ッ、順慶の何を知っていやがる!!」
 堪らず殴り掛かろうとした拳は、男を撲つことなく固まる。より正確には、急な頭痛に襲われて殴るどころではなくなってしまった。
 脳を圧し潰すような頭痛に呻く弾正を他所に、男は淡々と問いに答えた。
「わたしが彼の何を知っているか。彼はあなたの相棒。よき理解者にして、愛し愛される者。あなたにとっての生きる標であり希望の光……『響き合える音』、という表現が好ましいのでしょうか」
 そこまで並べておいて、「しかし」と。男はそれらを自ら否定した。
「奇跡とは、何度も起きないから奇跡なのです。出会えたことが奇跡だったなら、都合よく相手の危機に間に合うなど……強欲が過ぎるのでは?」
「うるせえ……うるっせえんだよ!! 知った風な口を……っ」
 男の言い方が。微笑みが。何もかもが許せなくて黙らせたいのに、頭痛がその全てを許さない。
「知った風ではなく、知っている、と言ったつもりなのですがねえ。それでどうします、冬越……いえ。『秋永 久秀』?」
「……!!」
 その名は、表向きには名乗っていない本名。本格的に調べるか、本人から聞き出さない限りは知りようのない名だ。
 ならば彼は、ここで偶然弾正と出会ったのではなく。あらかじめ弾正を知った上で、彼に会う目的でここに来たのではないか。
「どう、するって……どういう意味だ……っ!」
「あなた、彼が生き残る可能性があるとしたら……他の全てを犠牲にできますか? 秋永の血族、新たな出会い、見も知らぬ数多の命……あなた自身の命を含めた、世界の可能性全てを」
「は? 何言って……」
「難しい問いではないでしょう。彼が死なずに済むなら、世界を滅ぼせるか、と聞いているのです」
 穏やかに笑む口から出る言葉は、その全てが桁違いの破滅だ。『まともに考えれば』あまりにも釣り合わない。一人の人間の生死のために、世界全てが犠牲になるなど。
「流石に、世界と引き換えにはできませんか。構いませんよ。あなたはきっと、人並みに世界を思える人間なのです……残念ではありますがね」
 男は諦めたように苦笑し、白樹の杖を支えに立ち上がる。
「待てよ」
 立ち去ろうとする男の背を、弾正は引き留めた。
「世界全てと引き換えにすれば、本当に……順慶は生き残るんだろうな?」
 彼は、とうに『まとも』ではなかった。
 世界を思いやる優しさや常識など、恋人を殺された理不尽の前に掻き消えていた。
 順慶が。順慶さえ生きてくれるなら。自分さえ救われれば、血族すら犠牲にできると思えてしまったのだ。見知らぬ広い世界など知ったことではない。そんな世界に、順慶だけが生き残ったところでどうなるかなど――考えもしなかった。
「歴史をやり直すには、この世界は一度滅びねばなりません。新生した正しい世界に菅井順慶の死ぬ理由がないのなら、そうなるでしょうね」
 ――それほどの価値が、順慶にありますか?
 男が問えば。
 ――順慶は、俺の全てだ。
 貪欲な獣のごとき眼で、弾正は男を見上げた。

「ならば、名乗りましょう。
 わたしはロード。導く者にして、道を敷く者。
 歓迎しますよ。新たなる神の意志の遂行者よ」

●真相
 『神』に見え、聖痕を授かる。背に刻まれたのは、楔の脚を持つ蜘蛛のようだ。
 一度遂行者となれば、もはや元の存在には戻れない。『神』の意志には絶対服従――様々な制約はあったが、遂行者としての力はそれらを補ってあまりあった。
「キャアアアアア!!!」
「ぐあああああっ!!」
 人を殺すための『音』が響く。場に響き、人の脳内で更に増幅して共鳴する『音』は、聞いた者の頭を平等に『開花』させていく。まるで連鎖して爆ぜる花火のようだ。
「チッ……遂行者の制服は汚れやすくて面倒だな」
 目の前で破裂した聖職者から飛び散った髄液が真白の制服を汚した。
 世界を滅ぼせば、歴史をやり直せる。では、世界を滅ぼすために何をするのかといえば、そのほとんどが殺しに継ぐ殺しだった。相手は主に騎士や聖職者だったが、時には子供や病床の老人であることもあった。
 しかし、躊躇いはない。全て必要だからだ。愛する順慶が生きられる歴史のために。
 弾正を遂行者に誘ったあのロードという男はまた新たな勧誘に向かったようで、ここ最近は弾正の単独行動が続いている。弾正にとっての『遂行』が殺しにあるように、ロードにとっての『遂行』は『伝道』という名の勧誘にあるようだった。
 『伝道』に必要であれば殺しの『遂行』も仕方が無い……とは言っていたが。
(……そう言えば、ロードと初めて会った時は……)
 焼き尽くされた順慶の亡骸。
 偶然にしては都合が良すぎるタイミングでの登場。
 初めから弾正を知っていた彼。
 ――まさかとは思うが。
「『遂行』には慣れてきましたか」
 疑念が育ち始めた頃、久方ぶりにロードが姿を現した。
「オカゲサマでな。……丁度良かった、オマエに聞きたい事があるんだよ」
「何でしょうか」
 貼り付けたような笑顔は今でも本当にいけ好かない。その顔に、弾正は育ち始めた疑念をぶつける。
「オマエは『伝道』のためなら人も殺すんだろう。……順慶を、殺したのは」
「わたしだったら、どうします? 」
 返答と共に白樹の杖の先に炎を纏わせて、ロードは弾正に突きつけていた。
「ここで恋人の仇を討っても構いませんが。それで何が変わるというのでしょう?」
「テメエ……最初から、俺を引き入れるために順慶を……!」
「それは少し違います。わたしはあなたでなくてもよかったし、順慶でなくてもよかった。……誤解による仲間割れはわたしの望むところではありません。あなたには教えておきましょうか」
 常に笑みを湛えていた彼の顔から、一瞬にして感情が消える。他の誰も、弾正をも対等には見ていない、全てを見下す傲慢な目だった。
「あなたの目的が、『恋人の生きる歴史』の実現にあるように。わたしにも目的はありまして。『全ての人間を根絶やしにする』という、単純なものですが」
「じゃあ、順慶を殺したのは!」
「それほど深い理由は。ただ、敢えて言うとすれば……愛と希望に満ちた人間を見ると虫酸が走るもので」
 ――理解に苦しむ。したいとも思えない。
 頭でそう感じる前に、彼を殴り飛ばしていた。ただ幸せだった、それが嫌だった・・・・というだけの理由で順慶は。
「お前の、オマエなんかのために、順慶は! 俺は、順慶を!!」
 殴り飛ばし、体勢を崩したところを地に組み伏せ、猛る感情のままに殴り続ける。このまま殺したって構わない。むしろ死んでしまえばいい。
 世界が何だ。神の意志が何だ。『遂行者』とて、そんなどうでもいい理由で順慶を殺していいものか。
 撲ちつける拳に鈍い感覚がする。ロードの頬か、自分の指が折れたか。それでも気持ちが収まらず殴っていると、いつぞやの酷い頭痛に襲われた。
「ぐっ……、ガ……ッ!」
「……わたしはともかく。自分が壊れるまで続ける気なら、流石に止めますよ。仲間割れであなたを失いたくはないので」
 痛みに締め付けられる頭を抱えてロードから退いた弾正へ、ロードが労るような言葉をかける。ため息混じりのその言葉さえ、今の弾正には薄っぺらいものでしかない。
 言葉の代わりに見上げてねめつけたロードの顔は、あれだけ殴り付けた痕が嘘のように回復していた。
「全ての人間が平等に大嫌いなのですよ、わたしは。わたしの『遂行』とは、その本質は『復讐』にあるので」
「復讐……だと……何もしてない順慶を殺すことがか!」
「あなたと同じですよ、『久秀』」
 杖の石突で弾正の顎を掬うと、ロードの口許には笑みが戻っていた。
 同じと言いながら、哀れなものを見下す歪んだ笑顔が。
「恋人一人のために無関係な人々を率先して殺めるあなたと、何が違うのです? 彼のために世界を、あなたを愛する血族をも滅ぼすのでしょう?」
「……ッ」
「こんな世界が滅んだところで、何も気に病む必要はありませんよ。……ただの少女一人が、ただ生きることを許さないような世界など」
 やがて石突が顎から離れ、弾正を解放する。頭痛もいつしか止んでいたが、彼は今妙な言葉を口にしなかったか。
「ただの少女?」
「お気になさらず。これまでもこれからも、あなたもわたしも、世界を滅ぼせるよう励んでいればそれでいいのです」
 余計なことは考えるなと立ち去ろうとしたその背に、弾正はひとつ問いを投げた。
 ――全ての人間が嫌いで、順慶を殺したなら。なぜ自分を遂行者に導いたのかと。
「あなたは、幸せではなくなったので。そして今は、『人間』ですらない。仲間を嫌う理由はありませんからね」
 最後に綺麗な微笑を送ると、ロードは再び『伝道』の途へ着いたのだった。

  • ひとでなし完了
  • GM名旭吉
  • 種別SS/IF
  • 納品日2023年12月11日
  • ・冬越 弾正(p3p007105
    ・サク(p3n000349
    サクの関係者
    ※ おまけSS『聖樹アインゾファーの親心』付き

おまけSS『聖樹アインゾファーの親心』

●芽生えの物語
 ――世界樹となりたかった。
 あまねく空に枝を張り、あまねく大地に根を張り。
 世界はわたしのためにあり、わたしなくして世界はない。
 そうして小さなものを裡に抱く、大きなものになりたかった。

 後に知恵の樹などと称されるアインゾファーは、そのような野心に満ちていた――どちらかといえば、妖樹に近いものであったのかもしれません。

 いつからか、人間はわたしという樹に聖性を見出だしました。わたしの葉に、皮に。芽に、根に、枝に。火にくべても燃えず、煎じて飲めば知恵が閃くと。真偽の程はさておき、妖樹のわたしは聖樹と定められたようです。
 その聖樹で聖堂を建てよう、という話になったのはいつだったか。わたしだけで聖堂が建つはずはありませんでしたが、わたしはついに樹の形を失いました。聖遺物として残された『枝』を除いて。
 しかし、祈りのよすがであるこの形は、世界を支える世界樹としての在り方に近いとも言えるでしょう。人はわたしへ祈り、わたしなくしてこの小さな世界は成り立たない。ある意味で、非常に限定的ながら、わたしは「世界樹になる」という野望を成し遂げたのです。

●目覚めの物語
 ――本当に些細なことでした。
 長年聖堂として在ると、願いや祈りのひとつずつには興味がなくなります。どれも似たようなものばかりだからです。
 彼女もそうでした。時には母のように慈しみ、時には姉のように責任を持ち、またある時は妹のように甘えた祈りを捧げる。取り立てて特別なものなどなく、強いて言えば少し優しく、少し気の強い、少し努力家なだけの娘でした。

 あなたを、あなたと認識したのも。
 あなたの声に、耳を傾けたのも。
 あなたの名が、トカニエであることも。
 わたしは、あの時初めて知ったのです。
 かつて樹であったわたしが、枝や葉を求められたのと同じように。
 人間の娘であるあなたが、枝のように四肢を折られ、髪を引かれ、心臓を失ったあの日に。

 あなたの叫びを糧として。あなたの涙を糧として。
 あなたに呼び掛けたのはわたしです。
 死ぬな。生きろ。復讐を、と。
 しかし、あなたは応えられなかった。あなたの命は尽きてしまった。
 けれど――ああ。
 あなたの『心臓』が、まだ。
 見るがいい。あなたを殺したものたちが恐れ戦く様を。
 叶うならこの枝を伸ばして、あなたを守りたいけれど。
 祈りが足りない。願いが足りない。
 絶望が足りない。破滅が足りない。
 愚かな人よ、願うがいい。祈るがいい。
 わたしはそれを糧として、相応しい時に相応しい形を取ろう。
 これは祈りでもない。願いでもない。
 わたしが唯ひとつ命と認めたものを、愚かにも踏みにじったものどもを。
 唯ひとつの命が生きられず、愚かなものどもが生きられる世界を。
 ――復讐にて焼き尽くし、滅ぼすため。

「ロード……なるほど。アインゾファーよりは名乗りやすい。では、『あなた』を頂くとしましょう」
「お前は……今、この『枝』から……ぐっ!?」
 尖ってもいない白樹の杖で、その腹を貫いた。
 彼女の心臓を、『聖女トカニエの心臓セイクリッドハート』として聖別した聖職者。彼女が命を失ったあの場にはいない男だったので都合がよかったのです。
 この男の形を得てから後。いつか、『心臓』が人の形を得るかもしれませんから。彼女の記憶を持っていたら、何かと面倒でしょう。

「では……行きましょうか。あなたの生きられない世界を滅ぼしに」

●追想、或いは伝聞
 ――などと。
 そのように殊勝な話が、嘘か真か。
 あなたに確かめる術は無いのですがね。

PAGETOPPAGEBOTTOM