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お年玉デスマッチ
登場人物一覧
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胸いっぱいに息を吸い込めば、ただの冷気であるはずのそれがなんだか非常に透き通ったものであるように感じられる。
目に映るそれらは機能までと何ら変わりのないものであるはずが、すべて生まれ変わったのではないかと思えるほど真新しい。
うべなるかな、新年とはそのようなものだ。
時間からすれば、ただ流れただけ。年を越しという認識も、文明がそのように定めたに過ぎない。
それでも、元旦というものは、正月というものは、それを認識するものにとって、何かの切り替わりを悟らせる。
鹿王院にしても、正月というものと無縁ではない。ただでさえ、行事や祭り事と無関係ではいられないのだ。朝も早くから序列の事しか脳にない分家筋の人間がやれ我よ我よと押しかけては、「前当主様におかれましては本年もご健康に」「われそれの家は去年はどれほど活躍をして」「今年もより一層励んでは―――「ああもう、うんざりじゃ!!!!!」
ミコトがキレた。新年一発目の咆哮であった。
「あやっつらはもう口を開けば媚びるわ驕るわ自惚れるわ毎年毎年よう凝りもせんと! 覚えてほしけりゃ固有術式のひとつもつくってこんかい!!!」
「いやもうほんと、それな……」
後ろでおなじく辟易した顔のイチカが相槌を打つ。長い時間の無用な正座のせいで凝り固まった体をほぐし、今一度あぐらをかいて座り直した。
「あれで顔色伺ってるつもりなんだよな……」
「本当にの。寧ろ聡い連中はそんなもんそこそこで切り上げて帰ったっちゅうのに」
時計を見れば、もう昼前である。大事な元旦の半日が顔も見たくない連中のおべっかで潰れてしまった。その事実をこれからの後半戦で補う必要がある。
「イチカ、昼飯食ったらもう一度この部屋に集合じゃぞ」
「え、まだ誰かくんの?」
「いんや、午後から来たら追い出してやるわい。こっから初詣っちゅう気分でもないじゃろ。じゃあ、やることはひとつじゃな!!」
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「で」
正月気分を午後から取り戻そうと言っても、琴を出して春の海と調べを打つつもりにもならない。疲れたあとの正月行事といえば、家族でのんびりと相場が決まっている。少なくとも、ミコトの中ではそうだった。
それに関しては、孫であるイチカにも異論はない。年を越しても仕事で帰ってこない兄の方が異常なのである。
「なんで麻雀?」
じゃらじゃらを牌を混ぜながら、イチカがぼやく。
どこで声をかけられたのか。気がつけば父も混ざって卓に手を伸ばしている。
「しかもサンマじゃん」
「ナナセもいませんからね。仕方がないでしょう」
「それでは家族麻雀のルールを発表する!!」
イチカのおーばちゃんのテンションが高い。年配者がこの寒い時期にハッスルすると結構心配になるものだが、見た目はイチカよりも若いのできっと大丈夫だろう。たぶん、内臓もイチカより若いはずだ。
「勝負は半荘4回戦! 赤アリ、喰い断あり! 4回戦終了時点で集計し、イチカが儂と婿殿に勝っていた点数差でお年玉が決まる! 名付けてお年玉デスマッチじゃ!!」
「ぉおおおおい待て待て待て!! なんつった、ばーちゃんいまなんつったよ!!?」
「名付けてお年玉デスマッチじゃ!!」
「うるせえよ!!!」
「(オトシダマデスマッチジャ……)」」
「小さく言えってんじゃねえんだよ!! なんで俺が正月からばーちゃんとオヤジとでギャンブルしなきゃなんねえんだ!!?」
「なんじゃイチカ、知らんのか?」
「何をだよ?」
「この地方、ギャンブル合法じゃぞ」
「知らねえよ!! そこの心配はしてねえわ!!」
「そうなのですか? 浅学ゆえ、存じませんでした。できれば詳しく―――」
「いい、いい、いい! 広げなくていいから!! 進まねえから!」
「いいからほれ、賽を振らんか」
「くっそ、なんだってこんなことに!!」
サイコロに従って、山から牌を引いていく。案の定というべきか、イチカの手は見事にばらばらで。
「くっそ、どうしろってんだこんなので……」
「イチカ、こういった勝負ごとで感情が見えすぎるというのは、褒められたものではありませんよ」
「うっ……精進するよ。え、あれ? てかオヤジ、どうやって牌見てんの?」
イチカの父は全盲である。両の眼が物理的に存在しておらず、およそ一般的な視界というものがないはずだ。
まして、この男は手牌すら伏せたまま、しかし明確に捨て牌を選び、手を進めている、ように見える。
「自分のテクニックを対局中に明かすわけがありませんよ。それから、イチカ、もうひとつ」
「え、なに?」
「右から二番目の牌は捨てることをオススメしませ……出してしまいましたね。ロン」
そう宣言すると、父は器用に伏せてあった自分の手牌を反転させた。理牌されていないためにわかりづらいが、見てみれば確かに、イチカの捨てたそれで和了している。
「んなっ!!?? 見えてんのかよ!!」
「術者同士の勝負ですよ。警戒が足りていませんね」
「ほう、やるのう」
感心したミコトの声色に見やれば、祖母は口笛でも拭きそうなほど喜色ばんでいた。ミコトがこのような態度を父に見せることは珍しい。よほどその術式が見事だったのだろう。
「発動も展開もまるでわからなんだ。お主、生来よりも見えておるのではないか?」
「お恥ずかしながら、常在というわけにもいかず、こうした余興程度のお披露目ですよ」
「はっ、どうだか」
「いや、じゃなくて」
術者同士の会話を見せ始めた祖母と父の会話に、イチカが待ったをかける。
「ん、どうしたんじゃ?」
「いやいやいや、手牌見たら販促じゃん」
「ほう、どうやって見たのかわかったんじゃな?」
「え、術式だろ?」
「証明できるのかえ?」
「……え?」
「イカサマを行ったと言うなら、証明してみせんといかんな。疑わしきだけでは罰することは出来ぬ。ならばどのようにしてサマを働いたのか、示してやらねばの」
「いや、だってオヤジが自分で―――あれ?」
言ってはいない。術者同士の勝負だと言っただけだ。右から二番目を切るなと言おうとしただけだ。術式を展開し、手牌を覗いているなどとは一言もない。イチカもまた、術式が働いていたことを知覚できていない。
故に、観測の段階では、術式により不正行為を働いたという証明は成り立っていなかった。
「気づいたようじゃな。イカサマを主張したくば、その場を抑え……ほう?」
言いながらも、ゲームは進行している。次局分の手牌を引き終え、親番となったミコトが自分の手牌に目の色を変えた。
「どうしたんだよ?」
「んむ、和了っておる」
「……は?」
ばらららとウェーブを描くようにミコトの手牌が傾けられ、その中身が晒される。その手は確かに完成していた。
「天和、じゃの」
「ほう、お見事です」
「――――――ッ!!!」
ここにきて、イチカはようやく悟ったのだ。これが思いっきり能力麻雀であることに。イカサマを行っていることは間違いない。それを証明できさえすれば覆せる。だがその手法は物理的証拠を掴ませるものではなく、術式による超常のそれ。
祖母と父は、イチカよりも術者として遥かな高みにいる。そのふたりが、まさかお年玉の額を決めるなんてくだらない遊びに全力でイチカを負かしにきている事実に、正月そうそう慄いた。
「くそっ、やってやるよ! チョンボ食ってお年玉せしめてやっからな!!」
覚悟を決めるしかない。敵は術者。自分も術者。相対したのなら、そうするしかない。最早イチカにとって、日常とも言える闘争の―――
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ちーん。
イチカが白くなっていた。
どうにもならなかったからだ。
上位の術者が全力で狩りに来ているそれに、対抗手段が何一つ見いだせなかったからだ。
いや、そもそも労働をしている成人男性が未だにおばあちゃんとおとうさんからお年玉もらっているのがどうなのか、とか、そういうことはおいておいて、イチカは手も足も出ぬまま、からっからの焼き鳥にされたのである。
「修行が足りんのー」
「全くです。今年は、いつもより課題を増やすべきでしょうか」
「それがええかもしれんの」
言い返せない。言い返す言葉がない。術者同士の勝負となった時点で、相手の術式に検討もつかぬというのは致命的なのだ。
「片付けたら、なんぞ飯でも食いに行くかの。誰かさんに渡すべき銭が余ったんじゃ。ぱーっとやるかの」
「ぐぬぬぬぬぬ」
「いや、正月じゃし、店が開いておらんかの?」
「調べてみましょう。どこか良い所があれば、そこで」
父が、軽く手探りをして、捕まるものを見つけてから立ち上がる。その仕草に、イチカは違和感を覚えた。
「あれ、オヤジ、見えてねえの?」
「はい、見えませんよ。知りませんでしたか?」
「え、あれ? 術式は???」
「はは、何を言っているんです。そんな簡単に見えるようになるなら、苦労はしていませんよ」
じゃあ、どうやって。
疑問を口にする前に、父が部屋を出ていく。
結局、父が、血統としての瞳術を持たぬ、婿養子の術者だという父親が、どのようにして息子を煙に巻いたのか、イチカには分からずじまいだった。
- お年玉デスマッチ完了
- GM名yakigote
- 種別SS
- 納品日2023年12月09日
- ・鹿王院 ミコト(p3p009843)
・鹿王院 ミコトの関係者
・鹿王院 ミコトの関係者