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うそつきリリーと赤い竜
登場人物一覧
「あれ、たみこじゃん」
と、ムラデンが言ったのは、ファントムナイトの少し前、10月も終わりに近づこうかという休日の日の事だ。
フリアノンのローレット支部。ファントムナイトのお祭りに向けて、飾りつけなどの準備が進む中、従者竜ムラデンがそこにやってきたのは、なんというか、気まぐれにすぎない。
竜たる彼がいつも人間の街に入り浸っているわけではないが、しかし昨今の世情を考えれば、ムラデンがこういった場に顔を出すことも、珍しいかといえば嘘になるだろう。ついその前も、ローレットに協力を依頼したばかりでもあった。
さておき、そんなムラデンが「たみこじゃん」と声をかけたわけであるから、そこにいたのは水天宮 妙見子であるわけだった。でも、その水天宮 妙見子は、なんだかちょっとおどおどとしているように見えて、
「何? 調子悪いの?」
と、ムラデンが首をかしげる程度には、些か様子がおかしかった、ともいえる。
「え、ええと、そうではない、のです、ますよ!」
と、笑って返す妙見子であったが、ムラデンは不思議そうな顔をしながら、
「ま、いいけど」
と、嘆息した。
様子がおかしい、という事に、気づいた者もいるかもしれない。当然である。なぜなら彼女は、水天宮 妙見子ではなくて、Lily Aileen Laneであったからである!
なんでこうなっているのかといえば、冒頭からさらにすこし時をさかのぼる。フリアノンのローレット支部、ファントムナイトの飾りつけなどの手伝いをしていたLilyは、ちょうどもらったばかりの衣装を眺めていた。
その衣装が何かといえば、妙見子のおさがりの服だった。厳密に言えば、それをLilyサイズに仕立て直したもので、ご丁寧にウィッグも用意されている。
たみこママは大切な人であり、憧れの人であった。そのおさがりを欲しいといったのは、Lilyからだったであろうか。妙見子にしてみれば、慕ってくれるLilyに悪い気はしなかったのだろう。快く承諾してもらえて、それで今。
「予行演習に、着てみよう、かな」
サイズ調整などは完璧に済ませてあるが、実際に着てみないことにはわからない。いや、これもいいわけだろうか。Lilyは『わくわくしていた』のだ。あこがれの、ママの衣装に。
着替えシーンなどは割愛するが、とにかくサイズ直しは完璧で、特に問題なく――ちょっと和服の帯の締め方とかに困ったことは困ったけど――着ることができた。そうして、すぽっ、とウィッグを被ってみれば、鏡の前にはどう見ても、『たみこママ』がいる。
ふふ、と笑ってくるっと回ってみれば、可愛らしい妙見子の姿があっただろうか。身長も、Lilyの方が小さいのだろう。ミニたみこである。
思いのほか妙見子であったので、ちょっといたずら心がわいた。もしかしたら、誰か――妙見子と勘違いするかな、なんて。可愛らしい、子供心であったし、このかっこうを、披露したいという気持ちもあった。実際、見た目だけなら、充分以上に似せられていた。きっと、特に親しくないものなら、気づかないかもしれない。
そういうわけで、Lilyたみこはローレット支部のメインフロアに飛び出してみたわけだが、そこで遭遇したのがムラデンであったのだ――!
「……なんか疲れてるの?」
怪訝そうな顔で、ムラデンが言う。
「働きすぎじゃない? なんか表情筋おかしいし」
「おかし……?」
Lilyが、んぐ、と唸った。
「そ、そんなこと、ない、のです、ですよ」
「そうかぁ?」
ムラデンが首をかしげて見せた。こほん、とLilyは咳払い。
「そんなことより、どうですか?」
そういって、くるっと回って見せる。
「似合って、いませんか?」
「服が? いつものでしょ?」
ムラデンが、む、と眉をしかめる。
「……なに? また太ったの?」
「太ってません!」
むー! と、Lilyが膨れるのへ、ムラデンはケタケタと笑った。
「いやいや、ごめんごめん、たみこよりは軽いだろうさ。いや、この言い方も怒られるかな。
さておき、こんなところで何してるの? ファントムナイトの手伝い?」
「そう、なのです」
その言葉に、Lilyは笑った。
「ムラデン、も、どうです?」
「手伝い? んー、僕も忙しいからなぁ」
ふむ、と考えるように、ムラデンが言った。
「まぁ、キミがどうしてもって言うなら、手伝ってあげないでもないけど」
「ど、どうしても、って」
あわわ、と狼狽えるLilyに、ムラデンはケタケタと笑った。
「なんだい、やっぱり歯切れが悪いな。たみこはもっとこう、言い返せるだろ?」
「は、はい! やりかえせます、よ!
え、えっと、いじわる……!」
「へぇ、今頃気づいたの?」
にこり、とムラデンは笑ってみせた。
「僕は意地悪だよ? ニンゲンに対してはね。ずっとそうだったじゃん?」
むむむ、とLilyが口をつぐんだ。ムラデンが顔を近づける。瞳の中を覗き込むような距離で。
「ほんとにどうしたの? 風邪でもひいた?」
心配げに覗き込む瞳。思いのほかの距離には、Lilyと言えどドキドキしないはずがない。
「え、えと、えと」
あわあわとしたまま、Lilyは混乱して、言葉を紡いでしまった。
「む、ムラデンは、たみこママのこと、どう思ってるんですか!?」
「どうって、そりゃ」
ぺしっ、と、ムラデンはLilyの額を指ではじいた。
「面白い友達だよ。
でもね、Lily、そう言うのは良くないぜ?
興味本位って奴なんだろうけど、たみこにも怒られる……いや、あれは笑って許しちゃうタイプか」
ふふ、と笑って肩を竦めて見せる。一瞬、ぽかん、としたLilyは、すぐにびっくりした表情を浮かべた。
「気づいて、いた、のです!?」
「そりゃそうだよ」
ムラデンがケタケタと笑った。
「誰がどう見たって、違うもの」
「もしかして、最初から?」
「そうだよ?」
事も無げに、ムラデンが言った。
「でもほら、一生懸命やってるっぽかったからさ。乗ってあげた方がいいのかなぁ、ってね?
優しいだろ、僕?」
「うう」
Lilyが、唸った。
「いじわる、なのです」
「そうだよ? 今頃気づいた? これさっきも言ったな……。
それで」
ムラデンが言った。
「どうすんの? Lily。ファントムナイトの準備。手伝ってほしいんだろ?」
そういうムラデンへ、Lilyは小首をかしげた。
「手伝って、くれるのですか?」
「手伝わないとは言ってないだろ。それに、キミにはストイシャもお世話になってるからね。お礼だ」
やれやれ、と肩を竦める。
「ニンゲンの願いを、たまに稀に気が向いたときに何となく叶えてあげるのも、上位主たる竜のお仕事だからね。
ま、大船どころかドラゴンの背に乗ったつもりでいなよ。で、何をするの?」
「えっと」
得意げに言うムラデンに、Lilyは言った。
「壁に貼る、飾りつけを、紙から切り離す、のですけれど」
そう言うのへ、ムラデンは妙な顔をした。
「……大丈夫かな。なんか、僕って雑らしいんだよな……」
「……爪で切らなければ、大丈夫、なのです」
なんだか弱点を見つけたような気がして、Lilyは笑った。
結局、その後は、ムラデンと一緒にファントムナイトの準備を手伝った。
案の定、ムラデンは雑で、それなりに大変だったのだが、それはまた別のお話である――。