SS詳細
バレットレイン・イン・ザ・レイン
登場人物一覧
空が泣いていた。
冬の終わり、春告げ頃の浸み入るような冷雨の中を、十数人の男が駆けている。荒々しい足音が、均された土を水音と共に蹴り立てた。
そこは詰まれたコンテナやスクラップ、残骸が並ぶ廃倉庫街。切れかけの魔術化合街灯がじりじりと明滅する。
「野郎を絶対に逃がすな! ここで逃がしゃあ明日海に沈むのは俺達だぞ!」
おおっ!!
雷同する荒くれ共の声。彼らは一人の男を追っていた。背景など、男達の面相風体を見ればすぐに分かること。スネに傷持つ三白眼の凶相が居並び、その手には
その彼らが、命を懸けてでも逃がすまいと追うものとくれば――それは巨大な利益に繋がるものか、圧倒的な武力に繋がるものか……或いは、その両方かである。すぐに想像が付く話だった。
空が泣いていた。
絶えることなく。
或いはそれは、これから起きる事を哀れむ故なのかもしれない。
ジリッ、と街灯の灯りが揺れた瞬間、
「いやはや。これほど集まられると、どなたと踊ればいいかも分かりませんね」
唐突に声がした。男達が声の方向を反射的に振り向いた時には、空中にキラリと銀のライターが放られている。
――ッきん、
そのまま地面に弾けた銀が――次の瞬間、凄まじい轟音を立てて爆発する!
「うおおっ?!」
「――!」
矢面にいた三人がまともに破片と爆風を喰らい、声もなく吹っ飛んだ。おそらく即死。
「や、野郎ッ! ふざけやがって――」
「巫山戯てなどいませんよ。初手からの最大火力、」
律儀な返答と同時に、コンテナの影から出て、爆煙燻る雨中に躍るトレンチコートの影。街灯の光を孕み、眼鏡が怜悧に光る。
「動揺の隙に射程内への侵徹、奇襲」
「ナメんなッ!!」
突っ込むトレンチコートの男に、荒くれ共のサブマシンガンが火を噴く。焼けたフルメタルジャケット弾が男目掛けて降り注ぐが、弾丸が届く前にバンッ、と音を立てて黒い花が咲く。花? ――否。それは傘。黒い傘だ。突如として男の手許で広がった傘が、次々降り注ぐ銃弾を弾き飛ばして散らしてのける!
「なぁッ……?!」
「狙いが単調ですね。情報目当てならば殺せない、下肢狙いは妥当ですが。――故に防ぐのも容易」
男は傘を取り回し、傘の布地越しに光るマズルファイアの位置へ切っ先を向け、――傘に備わっているべきではないものを引いた。
銃声! 傘のシャフトに仕込まれた銃が激発、次々と放たれる弾頭が荒くれ共を薙ぎ倒す。
「クソがぁッ! 死ねェええ!!」
突撃する男を恐れるように横っ飛びに跳び、回り込んで銃撃を浴びせようとした敵の一人を、左手に抜いていた拳銃をダブルタップ。頭と心臓を破壊して射殺。
誰も男を止められない、
彼はそのまま、残り五名となり浮き足立つ敵群の間に割り込むように吶喊、
「
踵を軸にスピン。畳んだ傘とオートマティックハンドガンの
「……ば、バカな……ウソだ、こんな……こんなことが、」
ただ一人の生き残り。最初に荒くれ共を鼓舞した頭目らしき男が、怖じけたように後退る。
「て、テメェ、一体何者だ……!」
「何者もなにも。ただの歯牙ないファンドマネージャですよ」
濡れたレンズを厭うように目を細めて、男――『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は真っ直ぐに左手の拳銃を頭目へ向ける。計ったように、残弾は一。
今日の最後の一発も、行く先は自分の元ではないようだった。
「この一発は差し上げましょう。――どうやら、私が使うにはまだ早い」
「う、うおおおおっ!!」
頭目が破れかぶれに振り上げた銃口が寛治を睨む前に――寛治の手の先で、.四五口径の死神が吼えた。最後のマズル・フラッシュが世界を漂白する。
銃弾の行く末を見るまでもない。ホールドオープンしたオートマティックのバレルの延長線上で、後頭部の爆ぜた男がどうと倒れ伏す。
今夜のゲームも彼の勝ち。
泣き止まない空をあやすように、男は一人踵を返す。