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an ordinary day
登場人物一覧
●グッドモーニング
ドラマ・ゲツク(p3p000172)の朝は早い。
日が昇る前から動き出す。太陽が地平線に頭を出した頃合いに、ぬくいベッドからするりと出て、部屋に灯したランプを頼りに動きやすいシャツとズボンを選び取る。今はちょうどジメジメしているから、肌触りの涼しい麻がいいかもしれない。
ランプを消して住処を出ると、邪魔な白髪をポニーテールにして、まずは軽く準備運動。屈伸などを足の筋を伸ばしてから走り込む。基礎体力をつけるための大事なことだ。
小鳥や小動物に挨拶を兼ねて、だいたい一時間ほど走りこんだら、息を整えてから次は木剣を持って素振り。
ドラマには必要なさそうに思えるが、ローレット・トレーニングでギルド・ローレットのギルドマスターに自衛のためと教えを受けた後、ほぼ毎日のように日課のようにこなしている。おかげで体力も少しついた気がするし、以前より対象の動きが見えるようになった。……気がする。いや、重たい本が以前より軽くなったから“気のせい”ではないだろう。
無心で素振りをしていたように見えたが、ぼんやりと浮かんだレオンの顔に少しだけ素振りの軸がブレた。ドラマはそれを振り払うように木剣を振るう。
顔も熱くなるのを感じるが、きっと最近暑くなってきたせいだ。
パタパタと顔を手で仰ぎ、素振りを500回続けるために集中するのだった。
湯で汗を洗い流し、外行きの服装に着替える。赤いフード付きのマントに赤いワンピース。寝汗を一度流した肌は気持ちがいい。
日課を終え、汗を洗い流し、外行きの服装に着替えたら、今度は早朝の市場へと出かける。
出店で細長いパンで魚肉や獣肉を挟んだ、濃い味のものや。白い饅頭で肉や野菜などを包んだ饅頭。座って食べるのなら、細麺冷麺に透き通った魚の出し汁とコンブ、塩を使った優しい味のもの。
あとは少し離れれば、お洒落なカフェや喫茶店が見えるはずだ。
ドラマが目に付いたのは、お洒落なカフェのテイクアウトだった。味の濃いのはあの人が好きそうだな、と思って。
直後、(あの人ってだれ!?)と1人混乱するドラマ。跳ねる胸。
なんとか冷静になった状態でカフェの鶏肉とサラダのオリジナルソースのサンドウィッチを受け取ると、共に注文したアイスティーシロップ増し増しでテラス席へ。
朝食を手早く片付けると、仕舞わないうちにと市場の元に。
ぐるりと一周するドラマの目には、どれも退屈で通りいっぺんで──未知にあふれていた。
「これは珍しい形ですね。持ち歩ける天球儀でしょうか」
何度か見たことはあったが、手にれるほどではないと判断して、ドラマは次なる日課へ。
ギルド・ローレット。
色々な意味で困っている人たちと、解決する術を持つ者たちの間を取り持つ窓口になっている。いろんな意味で。
ドラマは一覧としてボードに打ち込まれているものを眺めた。オーク退治、失せ物探し……今日はどうやらハズレだったようだ。
その際、なんとなしに誰かの姿がないかとギルドを見渡したりしてしまっている気がするが、他意はない。
チラっと金髪が見えた気がしてキョロキョロするが人違いだった時の落胆など……ないない。
ゴーン、ゴーンと昼の鐘が鳴る。
ドラマは少しだけ後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、行きつけのカフェへと向かう。
木陰に造られた店内で、店の天井は青い葉っぱで埋め尽くされている。それが落ちてくるのも、吉兆の1つとされてそれを目的に通うものもいるという。
ドラマはもちろん店自体に惚れ込んだほうだ。
持ってきた本を読みながら、いつものと注文してきたものが運ばれてきた。
季節のフルーツたっぷり、苺、マンゴー、夏みかん、ゴールデンキウイ、生クリームもたっぷりのったパンケーキだ。
紅茶はフルーツの邪魔にならない銘柄。コクが深くはちみつをたらせば、ひと時、幸せな気分になる。
(あの人は何をしてるのかしら)
そんな日常では引っかかるような言葉は、そこでは穏やかに流れる時間によって流された。
昼食の腹ごしらえをすると、ドラマは今度は王立図書館へ向かった。
国王直々に閲覧許可を得ている王立図書館。
適当なジャンルから適当に数冊ランダムに選んだ。
その中には異国の言葉がほとんど。これを読むドラマがこれほど言葉に深く踏み込んでいるか、知っているものは少ない。
ここで過ごすのは、数時間。しかしドラマにとっては圧縮された数時間だ。人が一冊読破するのに2、3日要すれば、ドラマは1日、いや半日で済むこともあるだろう。
日が沈むのを横目に見てから、ドラマは本を片付けてから再びローレットへ。
ちょうど図書館が閉館時間になったのもある。
ローレットでは先ほどと同じ通り、自分に合った依頼と新規の依頼の確認だ。
重ねてになるが他意はない。
残念ながら目ぼしい依頼はなく。そんな日もあります、と心の中で励まして。
最後にもう一度ローレット内をぐるっと見回してから、ドラマは次の目的地へ。
朝に立ち寄った市場はまだ賑わっていた。
昼間立ち寄った、長いパンで魚肉を挟んだものを買い、あとは笹の葉でご飯を巻いた蒸しご飯。
次は馴染みの書物を取り扱う店を訪ねた。
「何かいい本はありませんか? それと、書籍関係の仕事は」
「ああ、お世話さん。あるよ」
「両方?」
「もちろんだとも」
恰幅のいい中年の店主は、ドラマの読書遍歴を知っていた。その上での仕事の斡旋だろう。
久しぶりの本の入荷と仕事に胸が踊る。
ドラマの書籍の仕事とは、主に古い書籍の修繕、もしくは写本の作成。そして魔導書の解読がそれにあたる。
無辜なる混沌には優れた翻訳機能、混沌肯定『崩れないバベル』が存在し、言葉、文字が異なっても伝える気があれば、伝わる。つまり意思が働く。
しかし得てして魔術師と言うものは自身の成果を記録として残すものの、自身、または同輩以外には伝わりにくく、その秘奥を隠す。
それを文脈のパターン、筆者の傾向、癖等から解読し、注釈を加える。
そうやって読めない本を読めるようにし、価値を与えるのも立派な仕事なのだ。
「はい、これ珍しい本。こっちは依頼の本。たくさんだけど持てる?」
「っ鍛えてます、から」
最後にいいことあった。と笑顔をこぼし、ドラマは3冊ほど分厚い本を抱え、住処へ帰った。
荷物をとりあえず作業台に乗せて、食べ物だけ別にする。今夜はこの仕事をしよう。とドラマは笑っていると。
ギフト『インソムニア』を起動させた。
ドラマはそれを使用することで眠りをほとんど必要としなくなる。
外界が寝静まったフクロウの音が鳴く夜こそ、ドラマの時間なのだ。