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愛の在り処
登場人物一覧
ローズクォーツという石を知っているだろうか。
薄紅色をした水晶の仲間で、愛情・美しさ・優しさの象徴とされ、恋愛成就の加護があるとも言われている。
そんな愛の石をコアとして作られたレガシーゼロという名の機械体。
それが『アリカ』だった。
生殖能力を持たないレガシーゼロに性別はないが、アリカの素体は女性を模して造られていた。
人間の肉体ほどの精密さではないが、その胴体には胸の膨らみがあり、どことなく腰回りもくびれているように見える。
コアに使われている石の意味も相俟って、おそらく
そうして目覚めた彼女は誰に教わるともなく自らを『あたし』と呼称し、外見相応の女の子のような思考回路を持ち、あどけない少女のような仕草をし、まるで本物の人間のように振る舞う
しかし当の彼女は自分のマスターを知らない。
何を望まれて女性を模倣して造られたのかも、何を目的としてこの世界に生み出されたのかも、彼女は何ひとつ知らないのだ。
そして彼女自身も、それを疑問視することはなかった。
好奇心旺盛で感受性の高い彼女は五感を通じてあらゆることに感動し、感激し、ただただ生きることを謳歌していた。
――だからこその失念であったともいえる。
あるとき彼女はローレットから受けた依頼で、壊れ掛けのゼロ・クールとそのマスターに出逢った。
どんなに優れた魔法使いでも、老朽化したゼロ・クールを完全に直すことは出来ないのだという。手足のような部位は交換が出来ても、心臓ともいえるコアだけは替えが効かない。
日に日に動きが鈍くなり記憶が抜け落ちていくゼロ・クールに、そのマスターは心を痛めながらも家族のように接していた。
ゼロ・クールのほうは廃棄を望んでいたようだが、マスターはけして首を縦に振ることはなかった。
――そこで初めて、アリカは自分のマスターのことを考えたのだ。
自分はマスターを知らない。それだけでなく、知ろうとさえしなかった。それはなんて、残酷なことだろう。
生きているのかさえ分からないが、生きているのならば、会いたいと思うのが普通なのではないか。
自分はこんなにも元気であると、日々の生活は楽しいと、自分を生み出してくれてありがとうと、伝えに行くべきではないのだろうか。
(こういうの、親不孝っていうのかな)
そういえば。
どうして自分は自分の名前を知っているんだろう。
どうして自分の誕生日を覚えているんだろう。
マスターのことはなにも覚えていないのに、どうして自分自身のことだけはデータのように
考えれば考えるほど、出て来るのは疑問だけだ。
けれどそれでもアリカはそれを『哀しい』だとか『寂しい』だとか思えもしなかった。
(だって、それならどうしてなにも残してくれなかったの)
マスターの手掛かりとなるようなものは残されていなかった。
自分の体を隈なく調べてみたこともあるが、製造番号や製作者の名前のような刻印も見当たらなかった。
記憶の端から端までを探してみても、マスターに関するものはひとつも見付けられなかった。
(……探さないで欲しいの?)
造り終えて満足してしまったのだろうか。
それとももう、この世から去ってしまったのだろうか。
分からない。分からないけれど。それでもなおこの胸が痛まずにいられるのは――。
(あたしに寂しい思いを、させないため?)
移り変わる季節は美しくて、旅の先で出逢う人々は優しくて、人間の作る食べ物は美味しくて。
マスターのことなんて考える時間もないくらい、毎日を慌ただしく、けれど楽しく過ごしてきた。
そんな日々の過ごし方が、間違っていたとは思わない。
だってこんなに世界は愛で溢れていて、まるで世界が自分を歓迎しているみたいで。
(それが、答えでいいのかな)
自分の子どもが幸せに過ごしていることを、良く思わない親などいないだろう。
きっと自分がマスターのために出来るのは、自分が幸せで在り続けることだけだ。
(……それで充分だよね)
依頼から戻って来たアリカは、早速キッチンでお菓子を作る。
今までは、ただ食べることが楽しくて、もっともっと色んなものを、と研究するようにしていたことだった。
けれどもう、それは自分だけの楽しみではない。
お菓子を食べて「美味しいね」と言ったときに、「そうだね」と返してくれるひとがいる。
自分が作ったお菓子を食べて「美味しい」と言ってもらいたい相手がいる。
それはとても素敵で幸せなことなのだと、今のアリカは知っているのだ。
だから彼女は今日もお菓子を作る。
生まれた理由も生きる理由も、きっと埋め込まれたローズクォーツの