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山賊と聖女
登場人物一覧
預言者ツロの居場所を探している。そう告げるグドルフを前にして聖女ルル――カロル・ルゥーロルゥーは「山賊、何か手伝って上げようか」と声を掛けた。
彼女が共に行動しているのはグドルフと同タイミングで遂行者になった少女か。金色の髪をした彼女は神妙な表情をしているが、気のせいではないだろう。
「聖女サマか」
「ちょっと訳アリの聖女様よ」
グドルフは彼女が聖竜の一件以降は遂行者の集いにも顔を出していないことには気付いて居た。訳アリとは、彼女自身にも何かの変化があったという事だろうか。
その辺りの理解は及ばないが彼女と対話することは無駄ではない可能性がある。茶会に参加したイレギュラーズを殆ど無事に返しているカロルのスタンスを今一度確認して起きたかったのだ。
「聖女様、ちょっと話せないか」
「あら、私はルスト様が一番好きだからおまえの愛の告白は受けられないけど、ちょっとなら構わないわ」
カロルは微笑んでから手を振りかざした。神の国内部での転移だったのだろう。気付けば薔薇庭園へと誘われている。
ガゼボには何時も通りのテーブルや椅子が置かれている。テーブルの上に飾られた花瓶の中身は空っぽだ。グドルフがそれを見ていれば「もう誰もここに来ないから」とカロルはそう言った。
「誰も?」
「薔薇はサマエルが飾ってくれていたの。……おまえ達と戦いを始める前までは、本当に普通の生活だったのだけど。
まるで人間みたいで、友達や家族のように騒ぎ合って、笑い合ってただけだったのだけど、それもお終いだからね」
カロルはテーブルの上に透明な容器を取り出した。その内部には何かの破片が収納されている様子が見える。
「これは?」
「
つまり、これは私の力の源、私の命の源。……これこそが私の盟約。私が力を手にしている理由。こう言うのが見たかったのでしょう、密偵さん」
カロルがにこりと笑えばグドルフは面食らった様子で「は?」と問うた。
「密偵だと――?」
「おまえってすごい口が悪いし、態度もマジで悪いし、山賊って感じ凄いんだけどね。おまえの仲間っておまえを諦めてないでしょ。
ってことは、おまえは裏切り切れてない。あの
「名乗らない」
からからと笑ったカロルは聖遺物容器である神霊の淵をテーブルに置き去りにしたまま「これは命の核よ」と続けた。
「ルスト様との盟約。神の国で私達が死なない理由。有象無象のクズ魔種より強い力が得られ、強大なる帳の核ともなる遂行者の証よ。
誰よりも強くなって世界を滅ぼす大いなる一歩ともなるわ。ルスト様の指示に従うという強制があったとしても……これは私達の神意の遂行に必要不可欠なの」
カロルは愛おしそうにそれを撫でた。人間ならば心臓の半分でも入っているだろうか。カロルは人手はないからこそ、自らの核を入れ込んでいるのか。
「……なんで言った?」
「知りたいと思ったからよ」
グドルフは嘆息してから「カロル」と呼び掛けた。目の前の女の金の眸は楽しげに細められる。まるでグドルフの言葉の先を承知しているとでも言う様に。
的を騙すには味方から。イレギュラーズとの戦闘にも一切の容赦をしない。ツロや遂行者の信頼を勝ち取り何らかの能力を確保しておきたい。
それがここぞというタイミングで反旗を翻す切欠になる筈だからだ。
(……神霊の淵を俺も手にすれば、強大な力が手に入るか。ルストの言うことを聞かなくちゃならないだろうが、その盟約の中でも微かになら――)
グドルフの考えをお見通しだとでも言うようにカロルは笑みを絶やさず「私は、おまえの味方じゃないわよ」と言った。
「……何?」
「そんなこと考えてるんでしょう。おまえが何を考えて居ようともツロがおまえの企みを知って、お前を何時か叩き潰す可能性があるって。
それで、わざわざ私に声を掛けたんでしょ。後ろ盾にはなれないわ。理由は簡単よ。私、馬鹿な女だから、恋をしているの」
ルスト様と呼ぶ声音は愛おしさを滲ませている。まるで雛鳥が親を求めるような刷り込みであろうとも、彼女にとっては大切な感情なのだろう。
グドルフは嘆息してからカロルを見る。
「見たんだろ? 奇跡を。感じたんだろ? 可能性を。俺が欲しいのは最良の結果だけだ。その中にはお前と聖竜の未来もある。それだけさ」
「いらないわ」
カロルは首を振った。グドルフはもう一押し、『試してみたい』と言わんばかりに彼女を見た。
「ルストサマの為かよ」
「ええ」
「男心をわかってねえなあ。男ってのはな、すぐ手に入るもんにゃ価値を感じねえ。逃げるやつを追いかけてるほうが燃えるモンさ。
慌てるくれえに困らせてやりゃあいい。愛しのルストサマの、意外な一面を見てえとは思わねえか?」
グドルフがやれやれと言わんばかりに肩を竦めれば「山賊のくせに恋愛にはマメな男なの?」とカロルがからからと笑い始める。
「でも、私はおまえの事が嫌いじゃないわ。傲慢で、強欲で、おまえは目的のためならば自分の事なんて捨てられる。
私はおまえだけじゃないわ。大名も、あいつら……庭園に来た奴らも、皆嫌いじゃない。あいつら、幸せそうで腹立つけど、嫌いじゃないの」
嫌いじゃないからこそ、一度は逃がして遣った、とでも言いたいのか。グドルフは「続けろ」とカロルに言葉の先を促す。
「薔薇庭園で殺し合いをしたって、誰も得しないわ。傲慢な女は、あいつらを籠の外に逃がしたって勝てると思っている――って設定」
「設定だと?」
「うふふ。私だって死にたいわけじゃないわ。生きたいし、恋をして、幸せになりたい。
けどね、コレは分かってるわ。アレフの……私の聖竜の力を私の為に何て使っちゃいけない」
「なんでだ?」
「負けるからよ。聖竜は何時だって私の気配を感じるわ。私がルスト様の傍に居たならば、お前の求める勝利に近付くかもね」
カロルは「気紛れよ、女の子ってそっちの方が良いらしいから」と微笑んだ。
グドルフはカロルの笑みを見てからようやっと理解する。
『カロルがルストの傍に居た場合』、遂行者が秘密裏に動く各国への帳を降ろす最終の『準備』から敢て神の国に打撃を与える事が出来るのではないか――と。
聖竜の力を有する者と協力すれば、神託の少女の持ち得る可能性の力やエンピレオの薔薇やコンフィズリーの聖剣など様々な力をカロルへの道を辿りルストの元へと打ち込むことが出来る。
この空間では神を自認する冠位魔種へ『外』から打撃を与えるならばそれしかない。
つまり、カロルをとるか世界をとるか。カロルは『友情』で世界を選ぶようにとヒントを与えてくれたに過ぎないのだろう。
(これは――)
直ぐにでもローレットに伝えねばならないか。グドルフがチラリと見ればカロルは微笑んだ。
「告げ口しても構わない。イレギュラーズに手紙を送りたいなら、少しだけアレフの力を貸してやる。後で言いなさいな。
それからね、ツロはこの時間なら大神殿の廻廊に居るわ。いってらっしゃいな」
カロルはお茶会はお終いよとクッキーをグドルフの口に突っ込んでから笑った。
「山賊と恋愛できそうにないから、此処でお終い」
「おい」
嘘よと笑ってからカロルは薔薇の庭園から男を追い出した。