SS詳細
贈る花よりも温かく
登場人物一覧
●
冬の気配が迫るある日の事、穏やかな朝日が差す部屋の中でセシル・アーネット(p3p010940)は目を覚ます。
カレンダーを見れば、日付は11/15を示している。
それはセシルの生まれた日であることを示していた。
「おはようございます、セシル様」
セシルも良く知る使用人が扉を開いて頭を下げる。
「ありがとうございます……皆は?」
「ご両親は来客の準備をされています。兄君達は夕食までにはご帰宅の予定です」
「そうなんだ」
使用人の言葉に少しだけのしょんぼりと不思議な感覚があった。
今日はセシルの誕生日だ。毎年、お祝いしてくれる。
愛されていることを――愛されてきたことを再確認する日だった。
普段と違いは少しばかり珍しい。
「坊ちゃま、本日のお召し物についてですが、こちらでいかがでしょうか」
そう言って用意されたのはどこかお出かけでもするような衣装だった。
「あれ、どこかに行く用事はないはず……」
「はい。ですが……そろそろご到着のはずです。お着替えが済みましたら、参りましょう」
そう重ねられて、セシルは頭にはてなを浮かべるしかなかった。
「おはよう、セシル君。素敵なお洋服だね」
朝日の光を後ろにして扉を抜けて入ってきた少女はセシルを見て微笑んだ。
ふわふわもこもこのコートを上に羽織り、下はブーツとストッキングか何かを着込んでいるのだろうか。
腕には手提げ袋を通している。ほんのりとお化粧でもしているのだろうか、いつもよりも綺麗に見えた。
「フラヴィアちゃん……? ど、どうしてここに?」
「えへへ……サプライズ、みたいな?
セヴェリンさんがセシル君のご両親とお話があるみたいでね? 一緒に来たんだ」
そう言われてみれば、彼女の背後には白髪混じる偉丈夫が立っている。
「セシル、私たちはセヴェリン卿とお話があります。2人は遊んできなさい」
ふと気づけば隣には両親がいて、ぺこりと頭を下げてセヴェリンを案内していく。
「ねえ、セシル君のお部屋はどこ? 案内してほしいな!」
そう言って差し出された手は少しだけ冷たかった。
「うん、いいよ! それじゃあ案内するね」
握り返した手を引いて、セシルは歩き出した。
●
マーシーをデフォルメしたようなトナカイのぬいぐるみや、フィアそっくりの白ウサギのぬいぐるみ。
マロンそっくりのドラネコのぬいぐるみはぷにぷにふわふわで抱きしめて眠ると心地よい。
それ以外にもたくさんのぬいぐるみたちが部屋の中にいる。
「わぁ……ここがセシル君のお部屋?」
辿り着いた先の扉を開けば、フラヴィアが驚いたように声をあげる。
「う、うん」
いざ部屋に入ってもらってから、セシルは今更になって緊張が過り始めていた。
気になっている女の子が、自分の部屋にいる。
目を輝かせ、楽しそうに部屋の中を見て回る様子は年相応の女の子だった。
セシルはその様子をベッドの縁に腰を掛けてみていた。
「動物さんのぬいぐるみがいっぱいだね……可愛い!」
「ありがとう……えっと、それじゃあ、何して遊ぼうか……」
照れくさい気がして、セシルは思わず頬を掻いて笑いかける。
「えっとね……その前に渡したい物があるんだ」
そういうフラヴィアが少しだけ緊張したような、心配そうな表情を浮かべた。
「……これ、誕生日プレゼント」
少しだけ悩みながら、腕に通していた鞄を両手でこちらに差し出してきた。
「その、気に入ってもらえるかは分からないんだけど……」
「ありがとう!」
袋を開いてみると、そこには綺麗にラッピングされた長方形の箱が1つ。
「……開けてもいい?」
「もちろん!」
丁寧にラッピングを剥がして、出てきた長方形の箱の蓋を開く。
「……マフラー、だよね?」
オレンジ色のマフラーには所々でデフォルメされた動物達の刺繍が描かれていようか。
「本当はオレンジ色の薔薇で花束を作ろうと思ったんだけど……
普段から使える物の方が良いのかなって」
「ありがとう、フラヴィアちゃん! 大切に使うね」
「うん、たくさん使ってくれたら嬉しいな。あの、巻いてもいいかな?」
「いいの?」
「うん」
手渡したマフラーを受け取ったフラヴィアが近づいてきて、くるりと首元に巻いてくれる。
「……どうかしたの?」
後ろに手を回そうと半歩近づいてきたあと、不思議そうに少女が目を瞬かせた。
「うぅん……なんだか、いつもよりも綺麗だなって」
いつものフラヴィアが幼い可愛らしさの方が大きいとすれば、少しだけ大人になったような、そんな綺麗な感じに見えた。
「そうかな、えへへ……ちょっぴり、使用人の人にお化粧をお願いしたんだ。
綺麗になってたのなら、嬉しいな」
ほんのりと頬に朱がさしたように見えるのは、お化粧が故だろうか。
「セシル君も、マフラーとっても似合ってるよ!」
「……ありがとう」
眩しいぐらいに優しい笑顔を向けられて、セシルは思わず顔をマフラーに埋めてみる。
「ふふ、喜んでもらえたみたいで良かった」
にこにこと笑いながら、フラヴィアが隣に腰を掛けた。
「それじゃあ、何をして遊ぼっか」
こてんとフラヴィアが首を傾げて問いかけてくる。
柔らかく、穏やかにフラヴィアが笑っている。
「本ならあるけど……それ以外だと、お話するぐらいしかないかも」
絞りだしたセシルにフラヴィアは柔らかな笑みを湛えるままだ。
「それならお話ししようよ」
そう首を傾げたフラヴィアがちらりと腕にはめたブレスレットを見る。
「あ、そうだ。マーシーだっけ? あの子はふだんどこにいるの?」
「マーシーなら外だよ。見に行ってみる?」
トナカイのマーシーはセシルのお友達であり、戦場ではソリを引いてくれる大切な戦友だ。
「うん!」
「他の子たちも、家の中では飼えない子は外にいるから、見に行こう!」
ベッドから降りて、フラヴィアの手を引いて外へ。
少しだけ驚きながらも、確かに握った手が握り返された。
●
どれくらい経っただろうか。
念のためについてきた使用人が控える中、2人で動物たちと戯れていた時のことだ。
「フラヴィア、帰るぞ」
「セヴェリン卿? ……あれ、もう暗くなってきてるみたいだね」
フラヴィアに言われて顔を上げてみる。
いつの間にか外の景色は夕暮れに近くなっているように見えた。
「セシル君と一緒にいると、時間が早く感じるね」
「……フラヴィアちゃん、僕もだよ」
「ふふ、良かった。私だけじゃなくてセシル君もそう思ってくれてて嬉しいな」
そっと立ち上がったフラヴィアは楽しさの余韻を示すように軽やかな足取りで歩き出す。
セシルは思わずその後を追っていた。
「門までお送りします」
セシルはそう思わず2人を追って声をかける。
少し微笑ましい眼で両親がこちらを見ているような気もして、不思議に思いながらセシルは門までついていった。
「……また明日――かは分からないけど、ばいばい。ちょっと早いけど、おやすみなさい」
少女が名残惜しそうに微笑み、手を振りながら立ち去るその姿が見えなくなるまで、セシルはもらったばかりのマフラーに顔を埋めながら手を振り返していた。