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何度でもオレンジティーで乾杯を
登場人物一覧
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飛びきりだいじなお嫁さんの誕生日。となればやはり零は浮かれて張り切ってしまうわけで。
「うん、作りすぎた。確実に……」
決して広いわけではないけれど綺麗な庭だ、と我が家ながら思う。それはもちろんアニーが頑張ってハーブや花を育てているからで。その努力があってのものだからこそ誇らしいし、特別な思い出ばかりで彩られている。一緒に苗を買いに行ったり、種を見に行ったりしたのだったか。
そんな小さな庭で、ティーパーティー風のお祝いがしたいと思ったのだ。冬だから少し寒いかもしれない。だけど温かいブランケットと紅茶は美味しいし、温かいものをのんびり外で食べるなんていうのもなかなか乙なのではないだろうかなんて考えて。
ただ料理があたたかくないとこの前提は前提にすらならない。それにやっぱり大好きなお嫁さんの誕生日。ということで師匠に頼み今日は仕事を早めに切り上げてキッチンでパーティーの仕込みをはじめるに至れたというわけである。
ようしと腕まくりをして料理をしてから数分後。
「零くん、何か手伝えることあるかな?」
やっぱりひょっこり顔を出したアニー。どうしても落ち着かないようで、そわそわとエプロンを着て手伝う準備は万端だと言いたげな顔である。
「んん……!! 主役に手伝わせるわけには、いや、でも、アニーも落ち着かないよな、わかるよ……!!」
「えへへ、わかられちゃった。ね、お手伝いしてもいいかな?」
「くっ……! よろこんで!」
「うん、へへへ。やったぁ」
メニューも実はバレている。というよりも二人で考えた。好きなもの、美味しいものを食べたいし、どうせならちょっぴりパーティっぽくできたらな、なんて考えて。多すぎると食べきれないからこそ程よい量のパーティー料理をチョイスしたのだ。
「じゃあサラダの葉っぱをちぎってもらってもいいかな?」
「うん、勿論!」
アニーに仕事をお願いした零。アニーの母から教わったミニキッシュ、サンドイッチ、プチケーキやタルトのレシピをそれぞれに眺めて。
「あ、かあさまの字」
「そうそう。知ってる味もあったほうが楽しいかと思って」
「まさか連絡してくれたの?」
「うん。いくつかレシピをお伺いしてたんだけど、嫌だったかな」
「ううん、むしろ嬉しいな。こうやって作ってたんだ……」
後ろから覗き込むアニーの瞳は母の字を追う。もう零には母親に触れることも一目見ることも叶わない。ならばせめて、この世界で、遠くとも暮らしているアニーの両親とアニーには、せめて。
そんな意図が伝わったのか、はたまた年の功か。同封されていた義母からの手紙には、『貴方の家族の味にもなると嬉しい』との文字が綴られて居たのだったか。
(……やべ、泣いてる場合じゃないんだけどな)
つんと鼻の奥が痛くなるのは、メルヴィル家のそのあたたかさの輪のなかに自分が居ると気付かせてくれたから。だから義母と義父の想いに恥じないためにも、アニーを幸せにするという約束は果たさなければいけない。ぐっと決意が固まったのでその勢いのままゆで卵を潰して、メルヴィル家秘伝のたまごサンドを作ることにした。
(なんだか気合入ってる)
レタスをゆっくりちぎりながら覗き見た彼は表情をくるくる変えていた。それが微笑ましくてふと笑みがこぼれる。瞳を潤ませていたのでほんのり心配していたのだけれど、次に見たときはえいやとフォークでゆで卵を潰していた。かわいいものである。
アニーにとってはいつまでも忘れられない味。零にとってはこれから忘れられなくなる味。とびきりのサプライズはまだまだあるけれど、これもそのひとつ。サプライズその1はまずは成功とみて良さそうだ。
パーティーっぽさは熟考したがやっぱり見た目と形から。金の縁にオレンジのラインの入ったかわいらしく温かみのあるカトラリーを揃えたのである。フォークやナイフ、スプーンは新品の金色。ちょっぴり良いレストランのような雰囲気に。それからティースタンドに盛り付けていく。
真新しいカトラリーには愛情たっぷりハンバーグ、アニーの育てたバジルが乗ったピザ、家庭菜園のトマトで作ったカルパッチョを乗せて。とはいえ外でのパーティーにそれだけでは寒いからとチーズフォンデュも用意してみた。
「よし、できた……!」
「わぁ、美味しそう!」
「アニーが作ってくれたサラダもおいしそうだな、お腹がすく……!」
「ふふ、私ももうぺこぺこだよ。持っていこっか」
「うん、頼むよ。あとはケーキと紅茶を持っていくんだけど、こればっかりはサプライズにしたいんだ……ってことで、先に座ってていいから!」
「わかった! 楽しみにしてるね」
口頭で伝えてしまってはサプライズではないだろうというのは二人には通用しないようで。相手を驚かせたい、喜ばせたいという気持ちがあればきっとばれてしまっていてもサプライズになるのである。たぶん。
楽しみにしていてくれると言ってくれたからには期待はずれな結末で終わらせるわけにはいかない。男子三日会わざれば刮目してみよ、君の夫はこんなにも君を愛しているのだ。
この日の為に用意したケーキと紅茶はオレンジをモチーフに。アニーの地元に伝わるオレンジの片割れからひらめいたものである。結婚記念日に植えたオレンジの木はちょっぴり身長が伸びた。まだ実をつけるには遠そうだけれど、いつかはきっと美味しいオレンジを実らせることだろう。
オレンジのパウンドケーキにクリームを塗って、チョコプレートを飾ったシンプルと言えばシンプルなケーキ。だけどあんまりごてごてしていてもパーティーには重すぎる。結局のところ、二人の好みが優先されているのだってご愛嬌。からからとワゴンを押してみたりなんかして、主役のもとへと恭しく登場させてみたりなんかして。
「じゃじゃーん!」
「わ、ケーキだ……!」
「お店には負けるかもしれないけど、一応! その……手作りしてみたんだ」
「そうなの? 食べるのがすっごく楽しみだなぁ、ありがとう零くん」
小さな庭にて。いつもは片づけてしまっている机と椅子を引っ張り出して、おしゃれにテーブルクロスをひいてみたりなんかして。木を傷めないようにハッピーバースデーのガーランドを飾って。華やかにできたわけではないけれど、心と丁寧さだけはたっぷり詰め込んだつもりだ。
その主役たる姫君は椅子に座って、瞳を輝かせている。それがとても、幸せで。
「喜んでもらえたならよかった」
「うん。すっごく楽しみにしてたんだよ、えへへ」
「……よし、それじゃあ、アニーの誕生日会を始めよう!」
「おー!」
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「ん~~美味しい!」
「だな、アニーが作ってくれたぶんもすっごく美味しい……!」
「えへへ、よかった。サンドイッチ、ちゃんとうちの味になってる。これもすごく美味しい」
「よかった……! 失敗してたらどうしようって少し不安だったんだ。お義母さんには感謝しないとな……」
ご迷惑でないだろうかと不安だった。けれどそんな不安もかき消すくらいにアニーが笑ってくれるものだから、幸せ者だなと思う。こうやって笑ってくれるアニーの顔が見られるだけで幸せだ。
料理に関しては本当に、持ちうるすべてのつてを使ったといっても過言ではない。師匠に店の手伝いの要請をしたところからもそうだが、料理をするのも準備をするのもひとりだけではきっとできなかった。
こんなにも縁に恵まれているなんて幸せ者だしありがたいことだな、と胸の内がじんとあたたかくなる。
「にしてもちょっと張り切りすぎちゃったかな。一回じゃさすがに食べきれないかも」
「パーティだからなあ。でもちょっとずつつまんだら保存しやすいものだけにしたから、なんとかならないかな?」
「そうだね、そうかも。美味しく食べちゃえば全部セーフだよ!」
こういうとき、アニーの性格にいつも救われてばかりだなと思う。案外心配しいなところがあるなと気付いたのはアニーとの交際が始まってからだった。
この格好じゃおかしくないか、アニーには嫌われないか、親御さんに粗相はなかったか、もしかして今変にみられているんじゃないか、なんて。そんな気にしてもどうしようもないことばかりを1から10まで気にしてばかりいて、不安な顔ばかりしていて。
だけれどアニーがいつも笑って「だいじょうぶだよ」と言ってくれるから、そんな心配も拭われたのだったっけ。だからと言ってあれは7回目のデートの時、左右の靴下がばらばらでデートに向かってしまった時ばかりは頭を抱えて赤面してしまったのだけれど。
アニーのいい影響ばかりを受けている。悪い影響と言えばアニーに会いたくてたまにぼんやりしてしまうことくらい。
今日も今日とて奥さんが可愛いのでよし。
「ねえねえ零くん」
「ん、どうした?」
「キスしたくなっちゃった。いい?」
「そんなの、YES以外にないって……!」
とんでもない爆弾を文あげられたってアニーだから許せる。ああ、愛しい。
唇が触れて。ふと目が合った時に、何回もキスをしているのになんだか照れ臭くなって。それなのにもっともっとキスがしたくなる。自分は果たしてこんなにもよくばりな人間だっただろうか。
キスをするって不思議だ。
愛しさが伝わって幸せになるのに、より一層その幸せを感じたくってキスをもっともっとしたくなる。己の幸せが伝わればいいなと思ってキスをすることもあれば、悲しい言葉や嫉妬を隠してしまうためにすることもある。
美味しいものを食べた時は相手の唇からその美味しさが伝わったりもするし、おめかししたアニーのグロスがうつってしまったこともあったっけ。
「……幸せだなあ」
「うふふ。零くんよりもわたしのほうが幸せだよ!」
「あっ幸せ比べだな? 俺だって大好きなお嫁さんとこんなに一緒にいるんだから、負けてないもんね!」
「どうだろう? わたしはこんなに素敵な誕生日パーティをしてもらってるから、もっともっと幸せだけどな~?」
得意げに笑うアニーのいとおしさたるや。
そう笑ってくれているのが嬉しいのに、その余裕を崩したくて。それならば、と。
「じゃあ、アニーにサプライズの時間にしようかな」
「え? まだあるの? もうないと思ってたよー!」
「ふふ。実はもうあるんだ」
椅子から降りて、アニーの背中へと回る。
まるでプロポーズのようだなんてひとり笑う。けれどもう今はカレシカノジョじゃない。特別な夫婦という関係だ。
「目を閉じて?」
「う、うん。わかった」
そっと目を伏せたアニーの髪をのけて、そっと首につける。
「……誕生日おめでとう、アニー。愛してる」
「これは……ネックレス?」
「うん。鏡を見てみる?」
「うん、みたいみたい!」
そういうと思って。ワゴンにじつはひっそり手鏡を忍ばせておいたのだ。
はい、と手渡したアニーの首元に輝くは、オレンジのバラが咲いたネックレス。
ネックレスには、「あなたのことを心から想っています」「ずっと僕と一緒にいてほしい」の意味を。
オレンジの薔薇には、「幸多かれ」という、意味を込めて。
……オレンジの片割れたる、君へ、最上級の愛と幸を込めて。
可愛くラッピングした箱をアニーに渡せば、嬉しそうに抱き着いた。
「あ、アニー?!」
「嬉しい、しあわせだなあって思ったら、つい身体が勝手に……えへへ」
「それならよかった。アニー、愛してるよ」
「私も! 零くんのことが大好き。愛してる!」
今日は愛しい君の誕生日だから。世界一幸せな俺のお姫様になってもらわないと困るのだ。
誰にだって特別な日があって。君にとってはそれが今日。俺の愛しいアニーへ。世界一の愛情をこめて。
永遠に、愛してる。
「ねえ、零くん」
「ん? なあに、アニー」
「いつも、ほんとうに。ありがとう零くん。私がこうして幸せに誕生日を迎えられるのも零くんがいるからだよ」
「急に改まって……照れるな。俺の方こそ、いつもアニーがいてくれるから、毎日幸せなんだ」
「それでね、今日はね、ちょっとだけ私も大胆になろうかなって思って。耳を借りてもいい?」
「え? うん、それはいいけど……」
あのね。私。いつか零くんとお父さんお母さんになりたい。
……赤ちゃんが、ほしいな。零くんの。
ひそかにささやいたアニーの得意げな表情と言ったら。
零を真っ赤にしてしまうには、それはそれは十分なものだった。