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僕の心は、君の温もりを求めて
登場人物一覧
晴天の空、太陽は出ていても吹きすさぶ寒風は季節の移り変わりを感じる。
コラバポス 夏子(p3p000808)は仰いだ天から注ぐ太陽光を手で遮りつつ、目を細める。
「(流石にそろそろ羽織る物が欲しい季節だなぁ)」
なんのことはない、紅葉が広がる現在から雪の季節へ向かう道程なのだ。今まで着ていた服では、これから更に下がっていくであろう気温に対抗するには些か防御力に不安を感じてしまう。
厚手のコートが無いわけじゃない。引っ張り出そうと思えば直ぐだろう。
「(まぁでも……そうじゃないんだよね)」
今持っているのも比較的最近に買った、筈。毎年トレンドを追ってコーディネートしているでもないし、まだまだ現役だ。
それでも。
「(折角だし、一緒に買いに行ければなって思ってたんだけど)」
誘えば喜んで一緒に選んでくれることだろう。互いに手袋を選びあっても良い。彼女に似合うアクセサリーを贈っても良いかもしれない。
たまには健全なデートも悪くはない。
いやいや、何時も至極真っ当な男女としてのお付き合いをしていますよ?
そう誰に向けたかもわからない思考へのツッコミも、当たり前だが誰も反応はしてくれない。
気づいたら足を止めていたようで、自分が何のために何処に行こうとしていたのかを思い出す。寒くなってきて逸れていたが、先ずはそろそろ決めておきたい事があるのだ。
「(なんだろか。僕に何も言わず、家にも居ない。今までそんな事なかった……訳でもないけれど~)」
「うぅん、はてさてどうしたものか」
思考の末、意識せず声に出していたのを横切りそうになったご婦人が怪訝な表情で見やりながら通り過ぎる。
今の女性綺麗だったなぁと思いながら再び足を動かす。不審者として通報なんてされたらたまったものではない。直ぐに切り替わった脳内は、パッと今まで通った飲食店や、彼女お気に入りの服飾店を浮かび上がらせてくれる。
「(とりあえず、行ってみるかな~)」
風が流れ、夏子の左手を撫でる。何時もある温度が無いと、こんなにも寒く感じるんだな。隣に居るのが余りに自然だったものだから。
彼はまだ、寂しさを理解していない。
●
「う~ん、最近はいらしてないですねぇ」
「あ~、なるほどなるほど。大丈夫です、ハイ!」
幾度か世話になっており、気さくで可愛い店員さんが好印象だった服屋。
もしかしたら買った服が入らなくて恥ずかしいから自分の前に出てこれなかったのかな~。気にしなくて良いのに~。
結構失礼な推理をするが、夏子もそれが正解では無いとは薄々感じてはいた。ダメ元で聞いてみたが、やはり空振りであったようで。
「恋人さんにサプライズプレゼントとかです?」
仲睦まじく来店し、ヘラヘラと声を掛けてくる夏子に何時もジト目を向けて頬を膨らませる可愛らしい女の子が珍しく一緒ではない。興味本位が勝って聞いてしまったが、軽快な言葉で返してくれていた彼は僅かに平時とは違うトーンで、咄嗟に自分の心を隠す動作で。
「いやいやいや、そんな大層なことじゃなくて……ハハハ」
それは慣れないというより理由がわからない焦燥感に困っているのか、その場に居るのがなんとなく居たたまれなくなって礼を述べて離れる。
タッタッタ。
タン、タン……。
小走りが段々と速度を緩め、歩行になる。ため息をついて壁に寄りかかると、此方を気に留めることもなく人間達の群が行き来しているのがわかる。
「(もしかして知らない道に出て迷子になっていたり? いやいや、まさかそんな)」
ないと思いながら群衆を目で追う。
―――夏子さん! もう、探したんだから!
ひょっこり、そんなこと言いながら出てきてくれないだろうか。
「(わざと怒らせているわけじゃないんだけれど。あの膨れた顔もかわいらしいから、ね)」
居る筈も無いかと再び歩きながら、自身がの腹が空腹を訴えている。なんやかんや此処まで結構歩いたのもあるし、腹ごしらえせねばと近くの軽食を売っているショップに寄る。此処もよく来ていた店で、美味しいと言ったサンドイッチはこっそり彼女のレパートリーとなって、こっそり弁当の時に混ざっていたりするのだ。
「(素知らぬ顔で勧めてくるけど、感想聞きたがってるのが丸わかりだったり)」
テイクアウトのサンドイッチを受け取る時、さりげなく聞いてはみたが此処にも来ていないときて、期待はしていなかったが気持ちは落ちていく一方だ。
紙袋を持って、よく二人で訪れる公園まで歩みを進める。長めの階段を上り、落下防止の柵の手前に設置されているベンチに腰を下ろす。
先程まで歩き回っていた街を一望できるお気に入りのスポット。夕焼けのが見える時間、よく二人で眺めながらじゃれ合っていた思い出を浮かばせながら、買ってきたサンドイッチを頬張る。
「うん、おいしい」
言葉と裏腹に物足りなさそうなニュアンスなのは、自分でも気づいていない。
「さてと、仕方ない、仕方ないけど行くしかないか」
正直避けていた。考えている通りの結果になったのなら嫌だなという現実逃避でもある。
だってそれは自分ではどうにもならない。手を伸ばしても掴めないと、否が応でも理解せざるを得ないから。
まだ、その執着の正体を彼は知らない。
●
ギルド・ローレット。待合室には他に誰も居らず、項垂れて本日何度目かの溜息をついても気にする存在は無い。今の夏子にとっては好都合だ。こんな姿は誰にも見られたくないから。
嫌な予感とは当たるもので、聞いてみれば直ぐに求めている者の所在は教えてくれた。
遂行者。情勢自体はローレット経由である程度把握はしていたが、よりによって敵対していた奴等の元に居るなんて。
「いやまぁ、わかってる。わかってるけどさ」
顔を上げ、虚空を見やる。
「我々の任務上、危険はつきものだけど、約束したばっかだよ……タイムちゃん?」
つい名前を口にしてしまう。呼んでも返事をしてくれない、心の隅に生まれていた不安が肥大化しているのを自覚する。
迷子になっているかもしれないとか、こそこそ内緒で何かを準備しているとか。
そうなって欲しくなかったから理由を探していた。
「何があっても帰ってきてくれるって聞いたのは君じゃあないか~」
その当人が手に届かない所へ行ってしまったのだから、この行き場の無い感情の発散の仕方も分からない。
振られてしまったのならまた新しく女の子を探しに行くか、酒場にナンパしに行けば良い。仕方ないと次へ向かえたのだ。
今までは。
自身の中の暖かい何かが、それを拒んでいる。誰かじゃない、今自分が求めているのは一人だけなのだ。
時間が経ち、ローレットを出るとすっかり夕焼けの陽が顔を覗かせていた。結局、今どうするべきか正解は出なかったけれど、確実にそうだと思える事はあった。
「まだ一緒に、思い出作りたいなぁ」
ささやかな、それでいて一人を強く想う願い。
●
どのくらい待っただろうか、数日? 覚えていない。
その潤ませた瞳、震える唇、幾度見てきた顔。そんな彼女に向かって。
「手袋買いに行かない? 寒いからかな、手が冷たくてさ」
いつものように、でも、ちょっとばかり君を求めて。
僕はこの感情の意味をまだ―――。