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燃えるように秘めた夢を
登場人物一覧
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リュコスはある少女の下を訪れていた。
お茶会のメインから少しばかり離れ、どこか羨むような雰囲気もある優しい視線を向ける少女の姿をした遂行者。
「マルティーヌ……」
「リュコス、向こうはいいの?」
頷いて見せれば、マルティーヌは短く「そう」とつぶやいて。
「君とはなしがしたくて残ったんだ」
「そう……気になる事でもあるの?」
リュコスの言葉に驚いた様子も見せず、不思議そうに首を傾げたマルティーヌから座るように促され、リュコスは向かい合うように席に着いた。
「私の本当にやりたい事……ね」
リュコスの問いかけに、マルティーヌは目を伏せた。
「遂行者としての私以外ならってことよね……」
言いよどむマルティーヌはどこか照れたように、焦れたようにはにかんだように見えた。
「柄じゃないと言わないでね?」
やがて、すぐそばにいるリュコスにしか聞こえないほどに小さな声でマルティーヌが口を開いた。
「もちろんだよ」
「私は……あの子は、ただの女の子だった。
だから、遂行者だとか、聖女だとかそういうのに目をつぶったら。
私のしたいことなんて1つだけ――私は、一度でいいから誰かを愛してみたかったわ。
誰かに恋をして、誰かを愛して、ドレスに身を包んで結婚式にだって出てみたかったの」
恥ずかしそうに、そう目を伏せ気味に語ったマルティーヌは、はたはたと自分の手で顔を扇ぐ。
目を瞠ったリュコスは、言葉を告げられなかった。
小さな、健気な一人の少女の夢、報われてほしいと思う。
ささやかな夢は、同時にとてつもなく難しい。
『遂行者』マルティーヌと添い遂げる事は、彼女が遂行者である限りどう転んでも待ち受ける『滅びの運命』を許容することに他ならない。
(だからそれは『一緒に死んでほしい』っていうのと変わらない。
マルティーヌは、『遂行者』だから悪いことするけど……ほんとうはやさしい人。
そんな君がそんなことを本気で望むんだろうか)
それを見越すように、諦観に彩られた笑みを浮かべマルティーヌは笑う。
そんな顔をさせなくていい理由を探すのもリュコスがここに来た理由の1つだった。
それなのに――叶えることができたって、彼女は何の疵もなく笑えるのだろうか。
「……でも、そんな物はただの夢よ。私だって、こんなこと叶えるべくもないことをわかってるわ。
私に恋をして、私を愛してくれるような素敵な人には生きていてほしいもの」
キュッとなる胸で言葉を選ぶリュコスの反応に気付いたのか、マルティーヌの方からそう切り出された。
どうしようもない矛盾と詰んだ未来を見据えて、マルティーヌはそう静かに語る。
方法ならあるかもしれないと、そう声に出そうとして、どこか諦めたようなそんな目をしてほしくなくて。
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「それとも……リュコス、貴方は私のために一緒に来てくれる?」
頬杖をついて、微笑むようにマルティーヌが言う。
「それは――」
ぼくが叶えるよ、と。
たったそれだけの言葉で、きっと済むかもしれない。
応じるには何かがつっかえた様に上手く言葉にできなかった。
何かが胸の内に確かに存在していて、たったの一言が言えなかった。
「――なんてね。冗談よ」
その僅かな間に、彼女が立ち上がる。
冗談めかした声色とは裏腹に、何かを諦めたようにマルティーヌは笑っていた。
「貴方はいい子ね……リュコス。もう戻りなさい。
あぁ、そうだ、その前に……リュコス。この衣装どう思う?」
そう言って、マルティーヌが一枚の写真を取り出した。
それはドレスを映した写真だった。
随分と際どいというか、身も蓋もなく言うと露出がすごいドレスだった。
思わずちょっとだけ目を瞠ってしまうのも仕方あるまい。
「やっぱりどこか変かしら……」
「ううん……そういうわけじゃないけど……」
思わず先程とは違う意味で言い淀んでいると、マルティーヌは不思議そうに首を傾げてからまた優しい笑みをこぼす。
「不思議な子ね……まぁ、いいわ。私ももうこの庭園には戻らないから――まだ会えたら嬉しいわ」
そう言い終えて、視線を巡らせたマルティーヌはそのままどこかへと立ち去った。