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ある秋の日の冒険譚

登場人物一覧

リスェン・マチダ(p3p010493)
救済の視座

 枯れ葉色の季節は風が物悲しく、本能は肥えよ蓄えよと駆り立てる。人間の側で暮らすならそうそう飢えて凍えることはないのだけれど、動物たちは忙しなく森と家とを行き来して冬支度に勤しんでいる。
「……少し、外へ出ましょうか」
 彼らを間近で見ていたら落ち着かなくなってしまったのだろう。折角の散策日和が勿体ないですし。わざと声に出して立ち上がるリスェンに、一緒に日向ぼっこをしていた飼いドラ猫・マンツァオが『これだって秋の楽しみ方』とばかりに短く鳴く。
「ごめんなさい。お留守番をお願いできますか?」
 返った低い声は『しょうがない。気を付けて』だろうか。再び目を閉じた愛猫のすっかり温まった額を撫でてあげてから、リスェンは心地好い窓辺に別れを告げた。
「? ナルちゃん?」
 身支度をするリスェンが裾が引かれる感覚に視線を落とせば、今度は彼女の相棒とも呼べる羽リスの姿があった。目配せひとつ、それから扉まで先導する仕種を見るに、どうやら自分たちと木の実集めに行くのだと思ったらしい。きゅい、と鳴く声は急かすようで、可笑しいやら愛らしいやらで笑みが溢れる。
 頼もしいお供がいるならきっと素敵な冒険になるだろう。そんな期待と、誰かを救うための備えをポシェットに詰めて——いつものマントをしっかり羽織ったリスェンを、マンツァオの尻尾がゆらりと見送った。

 残暑まで厳しかった分、木々のお召し替えも急ピッチだ。赤や黄の中にまばらな緑のコントラストで彩られたなら、見知った道すら宝の在処へ続く特別なものに変えてしまう。
 そう思えば、定位置であるリスェンの肩ではなく彼女の前を歩く後ろ姿といい、ピンと立った立派な尻尾といい、今日のナルはまるで騎士だ。幼さを残したまま群れを離れ、故郷とは違う森に移り住んだ当初は戸惑いも大きかっただろうに。名前の由来である英雄譚の登場人物にも負けない堂々ぶりは、出会ったあの頃よりも随分と凛々しく見えた。
 そんな相棒は途中合流した雨獺、霧狐たちと共に栗やどんぐり、きのこをはじめとした秋の味覚を次々と探し当てている。彼ら自身の取り分もしっかり確保した上でリスェンの籠にも分けてくれる気遣いは紳士的ともいえた。慣れ親しんだ土地の動植物に関してなら彼女にも知識はあるけれど、毒を選り分ける動物の嗅覚と機動性には敵わない。
「これだけあれば、保存食にも困らなそうです」
 綺麗な栗は甘露煮に。虫食いは刻んでポタージュであったまりたい。ペーストにしてタルトも美味しそう。きのこご飯、マリネにバターソテー、汁物なら何がいいだろう。アケビなどの果物はジャムやドライフルーツ、そのままおやつにしてもいい——冬に向けて膨らむ食欲は、なにも野生動物だけのものではないのである。

「わぁ。まだこんな場所があるとは思いませんでした」
 籠が半分ほど埋まった頃、動物たちに導かれて辿り着いたのは色づいたコキア、コスモス、秋薔薇などが一面に広がる丘だ。リスェンの驚く顔に尾を揺らして得意げな案内人たちは、見晴らしのよい丘の上から傍を流れる小川や木陰にも足を運んでは時折立ち止まる。側に生えているのはどれも薬効のある植物だった。
「群生地に連れて来てくれたんですね?」
 霧狐たちが声を揃えて鳴く。正解らしい。水の跳ねる音に振り返れば、小川の岸辺では雨獺が獲った魚を露店のように並べていた。じぃっとリスェンを見つめるつぶらな瞳が『どれがいい?』と尋ねている。助けたお礼なら、もうとっくに溢れるくらいもらっているのに。
「……ありがとうございます」
 きっと季節の変わり目に弱りがちなリスェンを心配してくれているのだ、と言葉がなくともわかる。貴重な実りの在処を明かすのは彼らの仲間入りを許されたと同義だろう。忍び寄る冬の気配の中でこんなにもあたたかい。
 ふわりと綻んだリスェンだが、突如、その耳に笛のような鳴き声が刺さった。声の主は別の雨獺だ。スクッと立ち上がり、その目は遠く森の奥を見据えている。天候の崩れを敏感に察知する彼らの習性にも似て、しかし接近しているのは雨雲ではなかった。
「苔熊……?」
 木々の合間から姿を見せたのは、巨大な体躯に似合わず非常に温厚な種類の熊だ。その性質はこんもりと背負った濃緑の苔が表している。本来ならばもっと標高の高い山中に生息しているはずだと訝しむリスェンの前で、ナルが翼を広げて威嚇する。霧狐たちも同様に彼女を囲む陣形を取り始めたことで疑念は確信に変わった。
 苔熊が、グルルと唸る。そこにあるのは明らかな敵意、害意。あの巨体で突進されたら。岩も砕くような爪が擦りでもしたら。大きな牙に齧り付かれたら——瞬時に駆け巡る死の予感はリスェンに杖を握らせる。自分だけではない。小さな仲間たちが晒されればひとたまりもない。守らなければ。でも、誰も傷つけたくない。守らなければ。どうしたら——上体を屈めた獣が地面を蹴る。ドッと迫る圧を全身で感じながら魔法使いは真っ直ぐに構えた。
「……ッ!」
 杖の先から放たれる魔力の煽りを受け、ぶわりと翻るマント。彼女の信念が編み込まれた力はぶれることなく駆け抜け、祝福の鐘の音が苔熊を包み込んだ。

 例年になく厳しい暑さで消耗したところをより上位の魔物にでも襲われ、逃げ延びてきた、というのがリスェンの見立てだった。暗色の毛皮で目立たなかったけれど、姿勢を低くしたおかげで赤黒く染まった背中の苔に気づけたのが幸いだった。
 リスェンの魔法と収集していた薬草による治療を受けた苔熊は穏やかさを取り戻し、魚や木の実も持たせてやれば何度も何度も振り返りながら森の奥へと消えていった。あとは自然に任せるだけだ。
 そうして難を逃れた一行は現在、天然の温泉で癒されていた。といっても小動物サイズなのでリスェンは足湯なのだけれど、じんわりと伝う熱で強張った体が解れていく。隣で浸かっている鉱石カピバラから溶け出したミネラルで効能も上がっていそうだ。
「ふぅ……わたしはもっと視野を、経験を増やさないといけませんね」
 終わってみれば、苔熊の怪我に気づけずに迎え撃つ選択しか取れなかった未来が一番恐ろしいと思えた。考え込むリスェンの指に触れ、自慢の尻尾をしっとり濡らしたナルがきゅうと鳴く。
「今日はお疲れ様でした。助けてくれてありがとうございます、小さな英雄さん達」
 むふん、とナルと一緒に胸を張る雨獺と霧狐を見て、リスェンは心の底から思った。これがわたしの守りたいものだ、と。

 留守を預かったマンツァオが『遅い』と彼女たちを出迎えたのは、日が落ちる頃のこと。それから暖炉が灯った家の中、集めた薬草と食料を仕分けたり、下処理をしたり。夕飯を済ませた後は換毛期の花ウサギ兄弟から採れた毛玉でマスコット人形を作ったり、と長いはずの秋の夜はあっという間に更けていった——

  • ある秋の日の冒険譚完了
  • NM名氷雀
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月19日
  • ・リスェン・マチダ(p3p010493

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