SS詳細
他愛無い、愛の話/A love story
登場人物一覧
「おぉクウハよ、項垂れてしまうとは情け無い」
「るせェよ幸潮」
「HAHAHA」
白藍色の女はそう笑って皿に盛られたツマミを口に運んだ。紫フードの男は傍若無人に振るう姿を見て呆れまじりに杯を煽る。
「しかし誰もこねェな……開けてる意味あんのか」
「そんなもんどうでもいいだろ!?」
時間を忘れ二人が談笑する此処は常時開店休業気味のカフェ、ルースト・ラグナロク。カウンターの奥の棚には酒瓶が並んで、冷蔵庫にはワインが見えるけれど……あくまでもカフェ。革張りのソファーとローテーブルからなるボックス席へ、二人は身体を沈み込ませる。
「ふぅ……」
ストロー越しにマンゴージュースを流し女は思考変調。口腔を抜ける甘ったるい香りに酔いながら息を吐く。ゆるり時の流れに身を任せ──
「あぁ、そうだ。オマエは最近はどうなんだ?レイリーとよろしくやってんだろ?」
「──ぶっふぉぁっ!?」
突如投げられた問いに引き戻される。空にマンゴー色の虹が掛かる。顔を赤く染め、何かを誤魔化すように言葉を捲し立てる。
「は、はははっ、はははぁぁぁ???なんだァお前急にぃぃぃ???なぜレイリーの名前が出るんだおぉぉん???」
狼狽える。『意思生命体』である筈の『夢野幸潮』が、べしべしと机を叩き、待てやと指を刺して、大袈裟に狼狽えて。藪をつかれた蛇が如きオーバーリアクション。
「カワイイ姿を晒したり、デートに行ったり、敵の前で大胆な愛の告白をしてたりよォ、すげェ楽しそうだろ?だから聞きてェんだよ──」
いたずらごころを満たしたクウハは歯向かってくる幸潮の頭を抑え、口角を上げ、目を爛々と輝かせ、心底からの愉悦を以って問いかける。
「──今、どんな気持ちだァ?」
歪む。破顔する。茹蛸のように。沸き立つ頬の色はクリティカルヒットの証。
「うぅぅるっせぇぇぃぁぁぃっっ!!」
幸潮は白い外套を旗みたいに翻し手を振り払う。クウハも格付けは済んだと満足気に腰を戻す。
「ハハハ、図星なんだろォ?ほんとカワイイよなァ…………はァ」
しかし。その表情には。
「あ"?煽るんなら煽るのでハッキリしろやオラ。蹴るぞ」
どこか行為にそぐわない
「顔を隠すな。はぁ……煽れる事は煽られて問題ないことだけにしろって……言ってはないか。ま、いい。なんだ?ドリンク代の分は聞いてやる」
頭起こし指を伸ばし指回し。糖分を仮想身体に浸透させて先を促す。
「……金とんのかよ」
クウハは酷い態度の変わりように苦笑する。だが晴れ晴れとした愉快なる笑いと共に幸潮は言う。
「そりゃあ当然だろう。我はこの店の店主だぜ?多少のがめつさはあって然るべきだ。さぁ、語れ。汝の背負いし物語を」
足を組んで艶めかしく。先程までの怠惰は失せて。問いかけるその姿の後ろには。神秘的な、或いは外宇宙的畏敬を呼び起こす
「はぁ、なんだ?神の御前にて懺悔せよってか?悪りぃが俺の信仰は神よりタチの悪い魔性に捧げてんだ──」
「お?悪魔がいいか?OK今姿を」
「──ぁぁぁもう面倒だなお前ェェェ!!!」
▼机に5のダメージ
「いや今のは隙を見せたクウハ側に責任があると思う」
「黙れァ!」
会話の主導権を奪われると脆いクウハに意趣返しを終えて幸潮は一息。これで痛み分け。貸し借りは一旦ゼロに。真面目にはより真面目を、誤魔化しには退路絶ちを放てば楽に終わる。
「でだ、クウハ。
「わァったよ……」
開いた膝の上に膝を置き、胸の前で手を組んで顎を乗せ。クウハはばつが悪い表情のまま語り始めた。
「幸潮が……レイリーと付き合うように、よ。俺にも……居るだろ?」
「いるな。それで?」
一度受けたダメージはもう喰うまいと手を振って次を促す。
「俺は『悪戯幽霊』……所詮悪霊だ。そんなヤツが人間と、しかも誇り高い軍人と、結ばれて……幸せになれると思うか」
その言葉に含まれるは自己否定。星は遥か空にて輝けるから美しく。其を地に墜とす事は何よりも望んだ自分自身が認められない。ならばと輝く星に魅せられて手を伸ばし羽ばたいたって、足元に絡みついた腐りきった
「オイオイ、それを我に相談するか」
苦笑を漏らす幸潮。同じ穴の狢だが、なんて言ってやりたいが。"だからこそ"クウハは助けを求めたのだろうと一つ真面目な顔をした。
「いいか、クウハ。我が教えは一つだ」
服装も『
「……言えよ」
「『汝、己が信ずる意思に従え』。それが
左手に持つ本が一人でに開く。右手から万年筆が浮かぶ。語る口はさも当然のように仰々しく。迷える霊を悪なる道に導く。
「──ハ」
それができれば苦労はしない。出来る事ならもうやっている。
「アイツを傷つけるかもしれねェだろ……」
輝ける星はそれでいて繊細。我欲を以て手中に収めたとしても、彼女は喜んでくれるのか。
「俺はロクデナシだ。いざとなれば……死地にも飛び込む。飛び込まずにいられない。それがアイツにどれだけの不安を与えるとしても」
「そうだな」
「だからよ……アイツは、やっぱり……狂気や争いとは無縁な誰かといる方が、幸せだと思うんだ」
「そうか、そうか」
クウハの独白を一頻り聞き届け、清楚なる聖職者は閉じた目を開く。
「で、汝の望みは何処に?」
クウハの
「嫌悪、恐怖、遠慮、多いに構わない。だが私は臆病者の言い訳を耳に入れたとて語れるのは唯の慰め。『ご苦労様』とでも言われたいのか」
「それ、は」
口は言い淀む。
「ならば唯の慰めを幾らでも送ろう。傷が化膿し腐り落ちるまで。苦悩の壺に押し込まれ、下限なき深みにて上限なき苦しみを抱えたままな」
「……言える、かよ……」
唇を噛み締めた。
「この場に居らぬのにか?関わりなき私の前には無遠慮に吐いたというに、惚気は聞かせたくないか。ふ、悪戯好きの臆病者にはなんともお似合いの態度だ」
「こ、っの──!」
心を逆撫でされた。
「そしてひとたび火がつけばそうして肉体言語にて訴えかける。クウハ、汝は……何がしたい」
怒りの炎が激るクウハは幸潮の胸倉を掴み、睨みつける……が、赤紫の瞳は絶対零度のよう。凍てつく視線が『存在混濁』を以て問いかけた。
「なぁ?」
見上げている筈なのに幸潮に見下されている。その事がどうにも腹立たしくて。
「言わなくても……わかるだろ……っ!」
どうしても、素直になれないのに。
「いいや、言わねばわからんな」
帰ってくるのはただの冷笑のみ。
「こん、のぉ…!」
この繰り返しから、抜けるためには。
「それでも、それでもなァ──」
「──俺はずっとずっと一緒に居てえよ!命運尽きるまでな!そばに居て、ただ語り合って、深い契りを交わしたい!」
「漸く言ったな、その言葉を」
「言ったぞ、言ってやったぞ。なぁ、これで満足か、あァ!?」
とめどなく溢れ出る激情の詩に、幸潮は愛しく微笑む。
「ああ、満足とも」
『悪縮魔羅』に変化し、伸びた足にて大地を踏んで。
「悪魔と成り果てた甲斐がある。一人の愛を形にできたのだから」
「っせェ、なァ!?」
間を空けず抱擁。雛鳥を親鳥が暖めるように。
「此の
「……そういうとこだぞ。というかいいだろ、離れろ」
たった一時でも感動した自分がバカだったとクウハはそれを突き放す。幸潮も笑っていつもの『固定観念』に戻る。これでいつも通り。
「ハハ。さぁ、往け。混沌の終わりはもう近い。思い残しのないように、汝の意思を貫いてこい。カップル割は考えておく」
そう言い残して幸潮は食器を片付けて去った。
「おう……またな」
残されたクウハも、間髪開けずにルースト・ラグナロクを後にしたのだった。
おまけSS『それはそれとして/A bonus』
「で、ずっと裏で聞いてた卮濘さんはどう思うんですかね?
「……なんで私に聞くの?」
「お前執着の感情入れてるだろ」
「まーそうだけど…」
「ほらほら言え言え、
「…………クウハが幸せなら、OKです」
「「…………」」
「もっと面白い答え言えよ」「つまらない」
「お前らマジ殺す」