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美男と美獣
登場人物一覧
男には、割と避けては通れない話題がある。
モテるか、とか。
モテるか、とか。
モテるか、とかだ!
「俺の方がモテる」
と――非正規雇用が言った。
再現性東京の、とあるカフェの一角である。
テーブルをはさんだ対面にはヴィルメイズの姿があって、食後のコーヒーを口にしつつ、頷いた。
「モテる、とは」
「それはもう、女の子とかに」
ふん、と非正規雇用が唸る。
「女の子とかに、だ! ヴィルメイズさん、確かにお前はかなりイケメンだが、俺もそう、イケメンだ」
なんでこんな話になったのか、よく覚えていない。たぶん、本当に、どうでもいい話から飛び道具のようにこの話題に飛んでいったのだろう。
「どちらがモテるか――勝負だ。
どうやら、少し顔が良いからといって調子に乗っているようだからな……」
「はて、勝負とは」
ヴィルメイズが言う。
「それに、特に調子には乗っておりませんけど。
まあ私が美しいのは確かでございますね」
「そういうところ~~~!!!」
非正規雇用が、がぁ、と吠える。
「とにかく、勝負と行こう!
ここでどちらが真のイケメンかハッキリさせ、あわよくば女の子をお持ち帰りする……!!」
「構いませんが……とりあえず私の美しさで女性のハートを掴んだらよろしいのですね〜」
にこりとヴィルメイズが笑う。勝負は、とりあえず今お店にいる通りすがりの女の子を、それぞれ口説いてデートに誘うというものだった。女の子がただただ可哀そうである。
さて、少しばかり時間がたてば、既にヴィルメイズは店の外にいた。なにせ、ヴィルメイズはイケメンなのである。父親のことをアカン感じに愛しているが、それはまぁ、地雷を踏まなければわかるまい。地雷を踏んだらもう即死するしかないのだが、さておき今日は、地雷を踏まずに、ヴィルメイズはずっとイケメンだったらしい。
ヴィルメイズは、とにかく店にいた女の子に声をかけて、
「すみません、道をお尋ねしたいのですが〜」
と爽やかに声をかけて見せた。ヴィルメイズは見た目はたいそうイケメンであるので、女の子は舞い上がったに違いあるまい。
そのままヴィルメイズは、女の子をエスコートしつつ、しかし街を案内してもらうという上級テクを披露した。女の子に、自分が誘導されていることを気づかせず、しかしヴィルメイズのペースに乗せているわけである。上級テクである。ヴィルメイズのくせに。
さて、非正規雇用はどうだろうか? 非正規雇用はイケメンである。なので、おそらく普通に声をかければ、なかなかいいところまで行ったのではなかろうか、と思われる。
こう書いたのは、非正規雇用が普通に声をかけなかったからだ。
「がおーっ!! おぜうさん……?
フルーツパーラーのパフェ食べに行かない!?」
ずどん、と壁をドンする非正規雇用。この時、非正規雇用はサバンナのライオンのごときであった。女の子の視界外から近づき、一気に距離を詰めた。女の子の逃げ道をふさぎ、壁をドンした。これは狩りである。非正規雇用が行ったのは狩りであった。ナンパは狩りであるかもしれないが、厳密には狩りではない。でも狩りの流儀に則った。
此処で非正規雇用が幸運だったのは、女の子が割と気弱で流されやすかったことにある。なので女の子は、目を丸くしながら、
「え、あ、はい」
と、言ってしまったわけだ。女の子がただただ可哀そうである。
「え、良いの?」
これには非正規雇用も割とびっくりした。が、こほん、と咳払い。
「ふ……やはり女の子といえば甘いものだよな……ありがとうございます」
腰を低く頭を下げつつ、ビビる女の子をエスコートする。そこは非正規雇用は紳士だった。
果たしてフルーツパーラーについてみれば、非正規雇用は思わずつばを飲み込むような光景が広がっていた。非正規雇用は甘党である。
「おぜうさん……パフェでいいですか……?
僕はこのメロンパフェを食べたい……」
「え、あ、はい」
女の子がこくりとうなづいた。とにかく席について、フン、と鼻を鳴らした。
「パフェか……甘い食い物など……すごい楽しみですね」
「え、あ、はい」
女の子が頷く。そうこうしているうちに、二人の前にパフェが並べられた。メロンパフェと、イチゴパフェである。
「どうぞ」
非正規雇用が言う。パフェにしたのは、一気に食べずに、話に花を咲かせるためだ。非正規雇用、こう見えてデートの心得はあった。
「フン……どうかゆっくり食べてほしい。そして、僕に話を聞かせてほしいな……君の話を……。
なにこのマスクメロンパフェ!? めちゃくちゃ美味しい!!」
がつがつと夢中で非正規雇用がメロンパフェを全力で食べ始める。
女の子は目を丸くして、でも、くすり、と楽しげに笑っていた――。
さて、ヴィルメイズである。ヴィルメイズは女の子にすっかり街を案内してもらって、そのまま「私の踊りを見てほしいのです」と思いっきり口説いていた。その約束を取り付けた後、少しばかりこじゃれた店で、ディナーなどを楽しむことにした。ちなみに、ヴィルメイズは一切お金を払うことなく、ここまでギフトの力を借りながら女の子に奢らせていた。ヴィルメイズさぁ。
「ふふ。今日は楽しかったですよ」
とはいえ、そうやってヴィルメイズが穏やかに笑ってみせれば、女の子はもう、ヴィルメイズの外見にメロメロなので、喜んで夕食代を払っている。ヴィルメイズさぁ。
「さぁ、まだ時間はあります。もう少しゆっくりしましょう。
コーヒーのお替りいいですか?」
まだタカる気だった。こくこくと女の子が頷く。
「そういえば。佐藤様、上手くいっておりますかね〜」
そもそも、これは勝負だったわけだが――どうやって勝敗を決するのだろうか。まぁ、今日もお腹いっぱいになったからいいか、とヴィルメイズは思った。
「フン……恥ずかしいところを見せてしまったな……」
非正規雇用がそういう。
とはいえ、内心「こういう子供っぽさが女の子の母性をくすぐるだろう。ギャップ萌えか何かで」と納得することにした。
ギャップ萌え。そう、ギャップ萌えである。女の子はなんか、そう言うのに弱かったのかもしれない。なんだかんだ、一生懸命で、でもなんだかずれていて、そして楽しい非正規雇用に、徐々に心を開いていたのは事実だ。実際フルーツパーラーでの彼女は楽しそうだったし、それに非正規雇用が気づいていたかは不明だが、女の子が非正規雇用に、恋とは言わないまでも、好意を持ち始めていたのだ。
ぶっちゃけると、このまま押せば友達くらいにはなれた。その後どうなるかはなんとも言えないが、実はここまで、非正規雇用は女の子に対して、上手いこと正解を示しつづけたのである。
「いいですよ。えっと……あるばいとさん……?」
女の子が小首をかしげて尋ねた。非正規雇用は思った。「おっ、これは押せば行けるな」と。
なので、女の子の背後の自動販売機をドンした。がしゃん、と音がして、自動販売機が派手に壊れた。がこんがこんと音を立てて、缶がごろごろと零れ落ちた。
「フッ、楽しかったよ……今夜は帰したくないから……。
終電破壊しちゃおうかな」
そう言ってキメる非正規雇用に、女の子はクスリと笑った。
その後、aPhoneを取り出して、緊急通報のボタンを押した。
「すみません、警察ですか」
ヴィルメイズが女の子と店の外に出ると、男がパトカーに詰め込まれているのが見えた。近くで女の子が泣いていて、自動販売機が煙を吹いていた。
「怖いですね~」
ヴィルメイズが、ナンパした女の子にそういった。
「放せ! 俺は非正規雇用だぞ!」
と、男が何かをわめいているのが聞こえたが、ヴィルメイズは無視した。非正規雇用を詰め込んだパトカーが発車するのを背中で感じながら、ヴィルメイズは空を見上げた。
再現性東京の再現された夜空は、今日も変わらず、綺麗な星空を演出していた――。
余談。この後、女の子がヴィルメイズの
勝利者は、どこにもいない。