PandoraPartyProject

SS詳細

勿忘色の君

登場人物一覧

しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き

 ラサでは珍しくない傭兵の娘だった。吹き荒ぶ砂に塗れながら、命を守る術を身に着けることが求められる。
 ブルーベルという娘は盗賊であった父親と、その父親を追掛けた傭兵気触れの女の間に生まれた少女だった。それ故に、身を守る術だけは学ぶことが出来た。
 学がない状態であってもラティフィ家に引き取られてからは幸せな生活を送ってきた事だろう。
 そんな彼女の出自を聞いたのは偶然のことだった。あまり多くを語ることのなかったブルーベルの出自を耳にしたのはしにゃこが故郷に戻った時のことだ。
「さっさと帰って来いボンクラ娘」などと相変わらずな母親の元に土産物を携えて返ったのは父が寂しがっていて気が狂いそうだと何度も連絡を寄越したからだ。
 持ち物の中には使い古されたポーチがあった。蒼い鳥が描かれ、Bellと辿々しい筆跡を何とかなぞっている刺繍が施されているものである。
「これ、何処かで拾ったのか」と母親は如何にも『遺失物等横領罪』を犯した娘を糾弾するような眼差しを向けた。しにゃこはと言えば手にしてから大切にしてきたポーチを母親がその様な目で見たことに無性に腹が立った――と同時に、どうして問うたのかが気になったのだ。
「貰ったんですよーだ」
「へえ。これ、ラティフィ商会の品だろ。このポーチの金具に紋章が刻まれてる。イイトコの嬢ちゃんが友達にでもいたのか」
 ラティフィと言えば『ブルーベル』や『リュシアン』の友人であったというジナイーダの生家だったか。何気なく「同じ品とかあるのか」と故人を偲ぶ様子で告げた娘を見てから母は何かを察したようにアポイントを取ってくれた。
 そうして知ったのだ。彼女が盗賊と傭兵の間に生まれた娘である事も、ラサの砂漠で己の境遇に苦しんでいたことも。何となく、自身と似た境遇にあったことを。
「このポーチをベルが君に?」
「はい」
 驚いた様子のラティフィ家の青年は「そうか」と愛おしそうにポーチを撫でた。それはジナイーダが用意した品であり、ブルーベルにとっては宝物だったそうだ。
 Bellと名前を刺繍したのもジナイーダであり、ブルーベルにとって最愛の『家族』であったジナイーダの品を自ら手放すというのはどうした事かと彼は問うた。
 しにゃこは思い出す。ああ、あれは、彼女を『討伐』しなくてはならないときだったか――

 Cちゃん、と。そう呼ぶようになったのはしにゃこの機転でもあった。ブルーベルは自らの名前を余り気に入っていなかった。
 だからこそBちゃんと呼ぶようにと促してきた。非常に人懐っこく、そして『子供っぽい』魔種だったと認識している。
 仲間達に囲まれ、継続する戦闘の中でブルーベルは自らを救おうとする友人を馬鹿だと呼んだ。そうやって魔種を救いたいと願う友人をしにゃこは否定できない。
 自らだって彼女に友情を感じていた。絵本のような英雄なら奇跡を起こすことを願っただろうか。命を擲ってでも救いたいと手を伸ばすことが出来ただろうか。
 だが、しにゃこは普通の少女だ。世界が滅びると言われてそれを受け入れる事は出来やしない。ただ、戦うことだけが自らに出来る事だった。
 精一杯――たった、精一杯の気持ちを込めただけだ。可愛い傘でしょうと笑いかければ彼女は「ンなもん戦場にもってくんなよ」と笑うだけなのだ。
「Bちゃん」
「なに、Cちゃん」
 何気ない戦いばかりだった。心の所在が、今だ宙ぶらりんだったのはしにゃこにも言いたい言葉が無数にあったからだ。弾丸の雨の中、彼女が肉薄してきた。
「何か言いたいことがあるんでしょ」
 うっすらと笑う彼女の笑顔にしにゃこは何も言えやしなかった。やっと会えた、とか、もう一度会えて嬉しいとかそういった事を言いたかった訳じゃない。
「馬鹿だって言ってましたけど、Bちゃんも馬鹿だと思うんですよ!」
「え、もしかして馬鹿にするために呼んだワケ?」
「へへーん、美少女に罵られるなら嬉しいでしょう?」
「……いや」
 首を振ったブルーベルにしにゃこは「言いたいこと言っても良いんですね」と問うた。
 こんな事を今更言ったって何にもならない。目の前の魔種が自らの信念を元に動いていることだって知っている――知ってしまっている。
 知っていたって友人を失うことを『普通の少女』が受け入れられるわけも無かった。
「友達じゃないですか」
「まあ、そうだね」
「戦いたいわけないじゃないですか」
「ま、当たり前だよね。だから、来て欲しくなかった。あたしは、だから言っただろ――殺させないでくれって」
 どう頑張ったって、殺し合う運命にあると彼女は言った。最優先にしたのは心の拠り所だった冠位魔種だった。
 恩人を見捨ててのうのうと生き延びることをブルーベルは望んじゃ居なかったからだ。しにゃこは唇を震わせた。
「ほんっとーに、むかつくんですよ。だって、仲良くなれそうだったのに……」
「『なれそう』?」
「そういう所! 仲良くなれたのに……結局こういう『こと』になるじゃないですか。
 知ってて、これなんだからむかむかするんです。美少女だって怒ることはありますよ!」
「うん」
 ブルーベルの眸が優しい色を灯した。楽しげな笑顔を浮かべるから――どうしたって救われない。
 これから色々と『夢見ること』は出来たはずだ。制服を着て再現性東京で遊んでアイスを食べて。その時は友人達と普通の学生生活を送るのだ。
 魔種じゃなくなったら何をしようか。仮装パーティーだと変な衣装に身を包んで笑い合ったり、クリスマスパーティーだと買い出しをするのもいい。
 コンビニの前でチキンを囓りながら「肉まんを一口頂戴」と取り合ったりだって出来た。他の国にも旅行に行って、思い出を増やして。
 ああ、それが出来ないのだ。
 彼女は魔種で、この場で『倒しきらねばならない存在』で。
「さっさと逃げればよかったじゃないですか……しにゃだってそうしてますよ。
 あとはなんか凄い人達がなんとかしてくれるかもしれなかったじゃないですか!」
「それじゃあさ、主さまは救われないんだよ。あたしはあの人と一緒が良いし、お前等が死ぬような目に遭うのはこりごりだよね」
「どうしてですか」
「は? 友達だからCちゃんもそんな事言ってるんだろ。あたしもだよ」
 ブルーベルを見詰めてからしにゃこは引き攣った声が出た。「そう、ですね」となんとか同意したとき、ほろりと一つ涙が零れた。
「……Bちゃん」
「Cちゃんって物持ちが凄く良く無さそうだよな」
「は!? 今、しんみりしてませんでした!? 何でいきなり!?」
「だからさ、どうせポーチとか直ぐに無くすだろうし。今持ってないだろ。
 ね、おさがりのポーチ、貰ってくんない? 宝物なんだよね。ジナイーダがくれてさ、ずっと持ってた」
「……え?」
「無くすなよ」
「無くしませんけど、これ、え……宝物なのに?」
 ブルーベルはゆっくりと振り返った。終わりが近付いてくる。イレギュラーズがやってくる。話して居る時間なんて、どこにもない。
 しにゃことだって戦っていながら、そんな『フリ』をして話して居るだけに過ぎない。時が流れていく、抗えない敗北の気配が背を撫でた。
「宝物だからだよ」
「……ッ、仕方ないですね! このポーチ、しにゃの趣味じゃないですけど貰ってあげます!」
「はは、一言多くない?」
 ブルーベルは思わず吹き出した。正直、いつだって女の子の嗜みとしてポーチは持っているけれど、今はなくした事にしておこう。
「Bちゃん、逃げたくてもどうしても戦わなきゃいけなくなったら、コレ見てしにゃも頑張りますよ!」
「逃げたくなったら逃げても良いと思うけどさあ?」
「え。今、しにゃ凄く決意表明した所なんですけど!?」
 複雑そうな顔をして頬を膨らましたしにゃこにブルーベルは楽しげに笑って見せた。
 そうだ、逃げたくなったら逃げれば良い。何をしたって問題ない。ブルーベルはそんなしにゃこの頬を両手で包み込んでから言った。
「何だか凄い人達がなんとかしてくれるかもしれないぜ。それじゃ、『またね』」

 そんな様子を思い出してからしにゃこは「これ、大事にしますね」と笑った。
 解れた部分や金具の噛み合わせの悪さもアフターケアをしてくれるらしい。
 そのまま懐に持ち続けていたが、それならばとポーチを開いて見た。中には丁寧に折り畳まれたメモが挟まっている。

 ――ばーか――

 感動のメッセージが入っているわけでもなく、ただ、揶揄うような言葉が一枚挟み込まれているのを見て「は?」としにゃこは呟いた。
 バカはどっちだと言いたくもなったが、彼女はもう傍に居ない。
 そんな現実に涙がひとつほろりと溢れた。

  • 勿忘色の君完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月19日
  • ・しにゃこ(p3p008456

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