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なんて事の無い時間
登場人物一覧
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「……」
ある日。それはもう何の変哲もない『蛇喰らい』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)のとある数日の話。
神出鬼没で来歴不明な放浪者……それが彼を紹介する上で語られる決まり文句。定住する事をせず、どの国にも属さず、この
そんな男がある日一人の少女を拾い上げた。少女はトルハ、覇竜でひょんな事から保護する事になった
バクルドがトルハが視線を向ける方へ見てみると、そこには廃品としてその土地のゴミ回収場所に立てかけられている自転車だ。
「……興味あるのか?」
「え?」
どうやらトルハは無意識に自転車を見つめていたようで、バクルドにそう話しかけられ驚いて居るようだった。
「お前さん、さっきからあれ見てるだろう?」
「ぁ、えっと……」
「別に悪い事じゃねぇよ。そうだな……丁度この街には暫くいるつもりだったし修理してみるか」
「え、本当?」
「暇つぶしみたいなもんにもなりそうだしな。お前さんも手伝え」
「うん!」
トルハが嬉しそうにそう返事をしたのだった。
「さて……」
バクルドはそう言って工具を準備するとトルハに声をかける。回収してきた自転車は致命的な程壊れているわけではなさそうだ。
「一応どんな状態か確認するぞ。トルハ、車輪と車軸を外せるか?」
「うん」
そう言うとトルハは自転車の座席部分に乗る。そうするとバクルドが車体ごと持ち上げてトルハに車軸を確認させる。
「車軸が折れてるな。後輪部分もパンクしてやがる」
「えと、じゃあ、これと、これ?」
そう言って二人は自転車を解体していく。そして解体して分かった事だがどうやらペダルが少し歪んでいたようだ。
「ん、ペダルを……こうか?」
そう言って自転車を修理していくバクルド。トルハはタイヤが外せない事に苦戦している様だった。
「こりゃ、お前さんにはまだ早いかもな」
そう言ってタイヤを外すとパンクしていた部分に空気を入れ、その後で古いチューブを新しい物に交換する。そして改めてチューブとタイヤを取り付けた。
「よし出来たぞ」
「わぁ!」
嬉しそうに声を上げるトルハ。
あれからだいぶ時間が経ってしまっていたが、自転車は大体直ったようだ。
「まぁこんなもんだろ」
「ありが、と」
「さて、修理も終わったし……それでお前さんはこれからどうするんだ?」
「んー……この自転車に乗ってみたい、な」
「そうか」
そう言うとバクルドはトルハの頭を撫でた。
「……ところで乗り方は知ってるのか?」
「え? 乗り、方……??」
どうやらトルハは自転車に乗った事が無いらしい。
「……まぁ、何とかなるだろ」
そう言ってバクルドが自転車に跨るとペダルを漕いで行く。そうして暫くすると自転車を止めてトルハにこう言った。
「トルハ、自転車に跨ってみろ」
「う、うん……」
そう言われたトルハは恐る恐ると言った様子で自転車に跨った。そしてゆっくりとペダルを漕いで行くがバランスが取れずにふらふらと左右に揺れ倒れる。自転車に乗った事がないのなら当たり前の展開である。
「うぅ……」
倒れたトルハが涙目でバクルドの方を見つめる。
「最初は誰でもそんなもんだ」
「でも、早く乗れるように、なり、たい……」
「そうか。なら今日から練習だな」
「……がんば、る」
それから暫くの間、トルハの自転車練習は続いた。
「あ!」
「うわ!」
「うぐぐ……」
何度も挑戦しては失敗を繰り返すトルハ。最初は少しバランスが取れる程度だったが、少しずつ乗り方を身につけていく。
「そうそう、乗れてるじゃねぇか」
「ほん、と!?」
トルハは嬉しそうにそう言った。どうやら自転車に乗るのに慣れてきたようだ。
そうして引き続き暫く自転車練習をしているとトルハは更にコツを掴んだのかフラフラしながらも漕ぐ事が出来ている。
「よし、サマになってきたな」
「うん! ねぇ、自転車って、楽しいんだね!」
そう言ってトルハは嬉しそうに自転車を漕いで行く。その様子をバクルドは穏やかに見守っていた。
「……良かったな」
それからトルハの自転車練習はもう暫く続いた。
そして数日後……。
「大分乗れるようになったな」
「うん!」
そう言ってトルハは嬉しそうに自転車に乗る。もうフラつく事もなく、バランスを取るのも慣れたものだ。子供だからかバクルドが思っていたよりも早くに乗れるようになったと思う。
「これなら……少し、遠く、まで……お使いも出来る、かな?」
「なんだ、そんな事を考えていたのか?」
「うん!」
「……」
そんなキラキラした目のトルハを見てバクルドは頭を撫でた。そしてこう続ける。
「じゃあ、試しに少し買い出しに行って貰うか」
「本当!?」
嬉しそうにそう言うトルハにバクルドは頷く。そして近くにあったメモをトルハに渡す。
「……これを買ってきて欲しいんだ」
そのメモにはトルハにでも任せられそうな簡単な品の名前が書かれている。
「うん、わかった!」
「場所はそうだな……地図を描いてやるから」
そう言ってバクルドは地図を描き始めた。その様子を見てトルハは目を輝かせる。
「よし、描けたぞ」
そう言って渡された地図を見てトルハは少し心配そうな顔をした。
「これ、解るかな……」
「お前さんなら大丈夫だろうよ。分からなくなったら誰かに聞けば良い」
そんなバクルドの言葉を聞いてトルハは少し表情を明るくしたのだった。そして……。
「……分かった! 頑張るね!」
そう言うなり自転車に飛び乗ると颯爽と駆け出して行った。
「……さて」
バクルドは少し心配そうにそう言ったのだった。
それから暫くするとトルハが歩いて帰ってきてバクルドは驚いた。
「お前さん、どうした? 何か問題でもあったか?」
自分達で修理した自転車だ、途中で壊れた可能性もある。怪我はなかったかとトルハを心配するバクルドの様子に少女は申し訳なさそうにしていた。
「……ちょっと、来て欲しい」
「……?」
何が何だか分からないバクルドがトルハに手を引かれるままついて行くと、そこには楽しそうに自分達が直した自転車に乗る子供がいた。その子供を見てトルハは笑顔でこう言った。
「お使いの帰り道、困ってる子がいた。だから、助けてあげたの」
「ほう?」
バクルドはそう言って感心したように頷く。そんな様子にトルハは嬉しそうだ。
「そしたら、自転車に興味津々で」
「いいのか?」
「……よく考えたら、放浪に自転車は……直ぐに駄目になっちゃう、から」
「……そうか、そうだな」
放浪するにあたって乗り物は一見役に立つ道具だが、それを維持する為には細かなメンテナンスが必要で、その為の部品調達もどの街でも出来る訳では無い。
そもそもプロが直した訳では無いのだ、その頻度はもしかしたら多かったかもしれない。そうなれば二人にとって自転車はいずれ荷物になってしまう。
トルハは自分にそう言い聞かせていた。
「……なら丁度いい、そろそろこの街を離れようかと思っていてな」
「……そっか。じゃあ支度しなきゃ、だね」
楽しそうに自転車に乗る子供を見届けた後、滞在していた宿で次の放浪の支度を始める。
次はどんな旅になるだろうかと、傍で楽しそうに準備しているトルハを横目にバクルドは穏やかに窓の外を見ていた。
自転車を教える──なんてこの歳でそんな機会が訪れるとも思わなかったが、親子みたいな一幕を経験したものだと思う。
なんて事はない数日だったが──彼にとって悪くは無い時間だった。