SS詳細
E・M・M・A
登場人物一覧
●Encounter
その姿を見たときに最初に思ったことは、この妖しい生命体は掴まってはいけない何かだ、ということだった。
時は太陽もまだ高く、正午の時を少々経た昼下がり――日差しの熱和らぎ始めるであろう八つ時。
耳をすませば遠くに人の賑わいも聞こえてくるであろうが、四方を高き建物に隠され、多数の人の眼から隠す。
日差しのみ差せど、人も通らぬ所謂裏路地に足を踏み入れてしまったのは、少々失敗と思わざるを得ない。
男性とも女性ともつかない恰好をした者、リウィルディア=エスカ=ノルン (p3p006761)は目の前に在る、どこかひんやりとした質感を持つそれが、液体とも個体ともつかぬ異様な存在感が。
いきなりに目の前にぺしゃり、と音を立て現れたそれは。
一言で言えば粘体生物(スライム)というのだろうか、しかし一際の異様を放つのは、それが見た目だけを見れば裸体の艶やかな赤髪の少女――ただし“上半身”だけが。
それも僅かな大気の振動にも頼りなく、まるで精巧に出来たゼリー菓子のように幻想的で、美しく――それでいて、臍から下の身体が決まった形を持たぬ不定形というのが、猶更に異様というものを放っていた。
そしてそれは、リウィルディアの存在に気が付くとどこか妖艶な微笑みを浮かべ、紅色の半透明な掌を伸ばしてくる――!
「ふっ!」
『きゃっ……!』
咄嗟にて取り出した両手杖の薙ぎ払いが、名状しがたき怪物の――この時知る由もないが、Melting・Emma・Love (p3p006309)なる怪物の伸ばした掌を弾く。
そのまま、刹那の疑似生命を以て形容し難い粘液の魔物を打ち払うべく、リウィルディアは忙しなく唇を動かし始め――!
●Massage
――激戦が繰り広げられると思っただろうか?
否、気が付いた時には呆気なく得物を弾き飛ばされ、粘着質な弾力を伴った掌が、しっかりとリウィルディアの身体を捕えていた。
『つかまえたの♪』
「くっ……!」
何故にここまで甘い言葉を響かせるのか、それすら考える余裕もなく。
ただリウィルディアの抵抗も虚しく、背後に回った紅いスライムめいたこの怪物は、女性らしさを感じさせる二つの膨らみを人間種の背中へと押し付けた。
「はうっ……!?」
服の布という隔たりを超えて染み込んでいくような湿潤と、人の持つ柔肌のそれとは異なれど、弾性と柔軟性に満ち溢れた膨らみの刺激が背中に張り付くその感触に、リウィルディアは堪らずに呻き声を一つ漏らす。
藻掻いても藻掻いても、既にその脚は不定形の下半身に捕らわれ、逃げることも叶わず、背後の粘体生物は腕のような形状をした部位を薄めの胸へ重ねる。
『とっても可愛いの』
耳元の甘ったるい囁きも伴えば、それは一目見れば仲の良い少女同士が戯れている光景に見えるだろう。
背後から抱き着いている少女が、粘液じみた不定形露わな姿で、抱き着かれている方が頬を僅かに染めて身体を震わせている、ということを除けば、であるが。
背中に感じる潤いの張り付きが濃くなっていけば、粘体生物はぐちょぐちょと粘液特有の音を立てて粘つく掌を蠢かせていく――もちろん、その掌が重なっているのはリウィルディアの薄い胸であるわけで。
急に訳の分からない形容し難い怪物に身体を捕らわれ、甘く囁かれるが故の緊張を解きほぐすような、冷たい弾力が華奢な身体を微かに震わせる。
『うふふふ……♪ 感じてるの?』
――その声に応えることも出来ず、布を超えた湿潤が胸の肌に張り付けば次第に頬も下に流れる血の色を伺わせ。
次第に僅かな隙間にも滑り込むように、柔軟なそれが今度は直接、鋭敏な肌に張り付いて。
「はぁ、はぁっ……!」
息遣いも徐々に荒く、吐き出す息に含まれる水分は、リウィルディアの理性を共に排出していくようであり。
滑りが塗りたくられるように這う粘体生物の掌に、最初は感じていた例えようのない不快感は次第に認めたくないある感覚に塗り替えられていくようで。
純粋にひんやりとした液状の這う様の心地よさもさることながら、幸福感という分泌物の生成を促すツボを刺激するような、弾力の質感は宛らツボへ口づけを落されるような感覚にも似て。
引き出されていく幸福感に脳が焼かれそうになりながら、リウィルディアは次第に呻くような声を絞り出していき。
『大丈夫? 痛くない?』
「ぁぅっ……!」
その囁きに違う、気持ち悪いよ、と答えたくても答えることも出来なくて。
ただ絶え間なく、切なさそうに擦り合わせる太腿の擦れる音は乾いた布の擦り合うそれから、湿潤を帯びた粘着質なそれへと変わっていく。
その湿潤の正体が、背後から抱き着いている粘体生物の持つ潤いなのか、はたまた……?
●Medicine
――この凌辱めいた胸へのマッサージは何処まで続いたのだろうか。
毒も過ぎれば薬となるというか、過ぎた快感は最早拷問というにも生温く。
滑りと弾力を備えた腕が、火照り始めた身体……その腹部より熱を奪うように、ひんやりとした質感が張っていく。
回された腕と這う掌は、なだらかで“割れ”を感じさせない腹部を這いつつ、柔らかいゴムのような縄が腰の僅かな括れに引っ掛かるか。
潤滑を伴った手指が、リウィルディアの腹部とズボンの間を広げるように引っ張っていけば、ぽたり、ぽたり――滴る粘液がズボンではなく、その下の履物と肌の触れ合う箇所に間を開けんと……。
「はぁっ……! い、いいかげ……んんっ!?」
『だぁめ……おとなしく、して?』
流石に“そこ”を開けられるのは不味い。
絞り出すだけでも僅かな鈍痛の走り始めた喉に、最後に許された力を込めて大声を挙げようと下腹を引き締まらせた刹那。
「んんんーーーっ!?」
開かれた口の隙間を埋めるように、紅い触手がリウィルディアの唇の間に割り込んだ。
噛み切ろうと思えば噛み切れる筈――頼りなく震える顎に力を込めて歯の門を閉ざさんとしても、固体にして固体にして固体に非ず。
リウィルディアの歯と上顎、ひいては歯茎や舌裏に纏わりつくように粘液の形を変えて。
それでいて、液体にして液体に非ずの固体の弾力が、巧みに歯と上顎を押し上げ強引に口を開かせる
『サービスドリンク……♪』
抵抗も虚しく流し込まれてしまったものは、とても甘く――排出という道を選べないほどに、口腔を埋め尽くされてしまったとなっては。
酸素を取り込む為選べる道は唯一つ、呑み込むこと――そしてそれが齎すものは。
「あ、あ、ああ……あ、んっ……ふ、ふふぅぅ……!!」
身体中から込み上げる、形容し難い体温の高まりと、紅く危険な愛の沼のような、スライムの身体に身を委ねるように脱力すること。
脳に抵抗の意志はあれど、鈍麻した身体はそれが伝わらず、ただ力だけが抜けて、意志だけは明瞭に。
「ひぁぁぁっ!?」
その時、ずるりという嫌な音が何より先に脳内に響いた。
続いて襲い掛かってくるのは、腰骨の辺りを這う粘着質な冷たい、液体の湿り気と腰の痙攣という僅かな抵抗すらも捻じ伏せる、グミのような質感が揉みしだく掌の甘い感触。
ここだけは、と祈り抗っていた場所に入り込まれることをみすみす許してしまえば、善意の愛撫は続く。
「んぅぅぅっ……はぁ、あぁん……ひやぁぁっ……」
『だいじょうぶ、だいじょうぶ……』
労わる様に強張った腰と太腿を、緩やかな滑りと弾力に満ちた滑りを使い分けながら、愛する者は優しく揉み解す。
下半身を覆う布は既に濡れすぎて使い物にならない――潜り込んだこのスライムの潤った腕に汚れて。
ただ愛する為の好意に満ちたその声だけは、甘く、甘く……時折、喘ぎの中に伺わせる渇きを補うように、十本、二十本と触手よりのドリンクを飲ませていく。
「んぶっ……ぐ……?」
それなのに、不思議と腹は膨れることもなく、何処に収まり消えていくのかという疑問も考えられず。
飲まされてなるものか、飲まされてはならないと心の中で行っていた抵抗は何処へ行ってしまったのだろうか。
気が付いたら、口の中に突っ込まれた触手をストローのように見立て、僅かな孔より漏れ出す彼女からの“サービスドリンク”を吸い上げるようになっていた。
触手が離れれば、リウィルディアの艶やかな唇と触手からの甘いジュースの、微かな唾液交じりの粘性が艶やかに繋ぐ。
脳に薄靄が掛かったように意識は混濁し、息も絶え絶えに、ただ紫の瞳の焦点は――。
『お耳も、おそうじ、ねっ?』
触手から垂れた魅惑のジュースに集中していると、今度は意識を覚ますような刺激が襲い掛かってきた。
それは、耳の穴へと入り込んで来た彼女の触手だった――おそうじ、の言葉の意味が示すものが、この状況で分からない訳もなく。
ただ、無邪気に――善意が故に何よりも恐ろしく。
耳にへばりついた垢を引き剥がす触手の、耳の通り道に張り付いては離れる粘液のいやな水音と、潤滑が迷走神経を容赦なく煽り立てる。
「ッ……ッ……!!」
引き剥がされた耳垢の解放感と、それに伴う微かな荒れを労わる様な潤滑が撫でまわす。
くすぐったさと快感の入り混じる拷問に等しい耳掃除に、胸と脚を強張らせ、身体を震わせれば弾力に満ちた潤滑が、柔らかく優しく揉んでくる。
ただでさえ入らない力が更に抜け落ち、立っていられるのは、この善意<故に危険>が自分の身体を立たせているから。
『お口の中乾いてきたね? まだあるから、もっと飲んでね?』
「っ、んっ……!!」
絶え絶えとなる吐息に含まれた水分が、また少なくなっていくことを感じれば紅い触手が喘ぐ声を黙らせるように塞ぎ。
太い一本から、数多の歯裏や舌先をなぶるように細く微細な何十本が口腔を煽り――甘味を鋭敏に感じる舌の先へ、触手の先端から甘く液体が滲み。
『もっともっと気持ちよくなるといいの』
囁きの振動は耳の穴に潜り込ませた触手から、直接鼓膜を叩くように。
狭い耳の穴を隙間なく埋め尽くすように膨らんだ触手の粘体は、耳穴に張り付き剥がれる水音を忙しなく奏で上げ。
紅潮する頬を慰めるように愛する者は、粘液の唇を頬に触れさせ、込み上げる熱を吸い上げるように冷たい質感で触れながら。
薄い胸を、そして鼠径部を這う粘液が、帯びられた熱を吸い上げて――また一つ、体の大きな痙攣を愛おしむように、這わせた粘液が張り付きと剥がれを繰り返しながら撫でてあげて。
「あ、ぁっ、ああっ……!!」
響き渡るは、やたらとよく通る様な甘い響き――道行く者が聞けば誘われるであろう、その甘美な響きの中に、儚き希望を宿しながら。
ここに一人、堕ちた獲物は些末な望みに掛けて、愛された喜びの歌を奏でていく……。
だが悲しいかな。路地を裏と隠す建物の横を過ぎる者は誰も知らない。男女ともつかぬ美貌の存在が、ただ只管に無邪気が故に恐ろしき怪物に愛さ<襲わ>れていることを。
●Again
(……僕、は)
路地裏を路地裏と為す、建物の囲いに狭まれた夜空が、リウィルディアの開かれたばかりの眼に飛び込んだ。
青黒い天幕に、星々の煌めきと月光の淡く温かな輝きが、光を失った濁った紫の瞳に照り返される。
形容し難い質感と予期も覚悟もできない触れ方に、幾度となく緊張を強いられ続けた身体は、仰向けの体勢から指の一つも動かすことを叶わなくさせて。
ただ、星空を見上げながら身体に――衣服に蒸発することなく残った、潤滑を孕む湿り気が纏わりつく。
そこに未だ冷たさを残す風が吹きつければ――
「うぁっ……!」
その身体に走る震えが寒気だけでなく、腹の内側より徐々に燃え上がっていくような熱に依るものを感じ。
(こんなの……!)
違うよ、違うよ……いくらそう考えても、頭に響くのは、甘く蕩かすような粘体の囁き声ばかり。
体中に受けた“マッサージ”と“耳かき”の不快感――否、最初は確かに感じていた筈のそれは思い出せず。
舌に残る微かな甘い……胃の腑から自分を燃え上がらせた“サービスドリンク”の味。
その全てが、今は最早思い出すだけでも甘く熱く……。
……そして時は過ぎ、また違う日、時刻にしてあの日と同じ刻と同じ場所。
『また来てくれたの。嬉しいの……今日もいっぱい愛してあげるの♪』
広げられた紅色の半透明な両腕に、また一つ愛を知った身体は埋もれていく。