PandoraPartyProject

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登場人物一覧

ショウ(p3n000005)
黒猫の
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋

 11月15日がやってくる。カレンダーには大きな猫のマーク。ペンでしっかりとチェックして、指折り数えて早数日。
 ちぐさは尾をゆらゆらと揺らして考え倦ねていた。そう、大好きなショウの誕生日がやってくる。ちぐさにとっては家族のような温かな人であり、その在り方に憧れた先輩でもある。
 実年齢というくくりではちぐさの方がうんと年上だが、それでも精神的な役割では父子のように接する二人。そんな『大好きなパパ』の誕生日を前にしてちぐさは「うーん」と呟いた。
「……大好きなショウのお誕生日……。特別なお誕生日……」
 呟いた。大好きな彼の誕生日を祝う機会に接することが出来た。それは何れだけ嬉しいことか。
 ならば、最高に幸せな一日にしたい。それこそちぐさの願いであってちぐさの目標でもある。
 5月22日には彼に会えたらうれしいと考えて居たちぐさはサプライズでショウが遣ってきてくれたことを思い出す。

 ――勿論、ちぐさの誕生日を祝いたかったんだ。オレのことだって何時も祝ったりしてくれるだろう? だから。

 そんなことを言って、ああやって嬉しいことをしてくれるのだ。本音だって受け止めてくれて、微睡みの淵で見た彼の表情の優しさを思い出す。
 思わず頬を緩めてソファーに転がり込んでから足をバタバタと動かしたちぐさはがばりと顔を上げた。思い出に浸っている場合はない!
「ショウのお気に入りのバーを貸切するとか……? ……うーん、もっと特別っぽいのがいい気がするにゃ」
 割と彼は何時でもそうしている気がする。バーを貸し切りにして過ごしても、日常の傍らでのお祝いであり『特別』感は薄れている気がする。
「海洋まで行ってシレンツィオリゾートのレストランでお食事とか……?
 空中神殿を経由すればすぐだし……でも、なんか弱い気がするのにゃ。
 僕がショウと過ごしたお誕生日は……色々あったけどすごく幸せだったのにゃ、あれに負けたらダメなのにゃ」
 シレンツィオリゾートは観光地だ。特別な夜景と、美しく雄大な海原を見ながらのディナーは楽しいが雰囲気にも飲まれてしまいそうである。
 それならば彼がそうしてくれたように自宅で二人で誕生日を祝うべきか――あの時だって、食事を二人で楽しむだけでもよかった。
「僕の家でもいいけど、料理のおいしさを考えるとちゃんとしたレストランとかが……」
 そう、あの時の食事を思うとショウのお陰である気がしたのだ。確かに食べ物の好き嫌いは過ごしている内に知れるがそれだけでは物足りない。
 料理をちぐさが作ったとしても、それはレストランの一流シェフと並び立てるわけもなく。
「再現性東京や豊穣なんかも……?」
 再現性東京の美しい夜景も、遊園地や水族館で遊び回ることも。なんなら、ショッピングモールを楽しむ事も悪くはない。が、それも特別感はないだろうか。
 ならば打って変わって自然の風景美を楽しむ豊穣郷で穏やかな時間を楽しむというのも悪くはないか。
 いやいや、ラサの砂漠でのんびりと旅行をしても良いし、鉄帝国でオーロラを楽しむ?
「にゃー、全然決められないのにゃ!」
 ちぐさは頭を抱えてからソファーへとまたも倒れ込んだ。クッションに顔を埋めてから足をばたばたと動かす。
「……ショウが幸せなのが一番にゃ」
「オレが?」
「にゃっ!?」
 勢い良く起き上がれば、今さっき遣ってきたばかりなのだろう買い物袋を片手に提げたショウが立っていた。
「ショウ! どうしたにゃ?」
「呼び鈴はならしたけれど返事がなかったから。これ、お土産だよ。ちぐさが好きかと思って」
 袋の中にはいくつかの焼き菓子が入っていた。調査に赴いた際に購入したのだというそれは白い粉砂糖が雪のようで愛らしい。
「わあ、ありがとうにゃ!」
 きらりと瞳を輝かせてからちぐさは体を起こした。珈琲を淹れてくるというショウに「ショウも一緒に食べるにゃ!」とちぐさは満面の笑みを浮かべた。
 ちぐさの珈琲は少し冷ましてこっそりと砂糖を入れるのがショウの気遣いだ。ブラックコーヒーを飲むよりも少しばかり甘くなったミルクコーヒーを飲む方が菓子には合っている筈だ。勿論、ショウは自身にも同じものを用意した。ちぐさを余りに子供扱いはしていないと示す為でもある。
「じゃあ食べようか」
「いただきますにゃ!」
 あーん、と大きな口を開けて焼き菓子を頬張るちぐさを見詰めてからショウは薄い笑みを浮かべる。
「そういえばオレが幸せなのが一番って?」
「むぐっ」
 思わず喉に詰りそうになった。ちぐさは慌ててからショウを見詰める。不思議そうな顔をした彼が困った様子で首を傾げた。
「大丈夫かい?」
「だ、大丈夫にゃ。その……あ、あー! ガイドブックを見てて。美味しいお店が一杯だなーって思ったのにゃ!
 ショウ、普段なかなか行く機会が無いけど行ってみたいお店ってあるにゃ?」
 誤魔化しきれなかったか。ちぐさは不安に思いながらもそろそろとショウを見た。彼はちぐさが慌てて取り出した混沌旅行ガイドをまじまじと見る。
 ショウのバースデイプランを立案するために購入しておいたこのガイドブックの存在が今やっと役に立った気がした。
「うーん、そうだね。ちぐさも一緒という前提でいいかな?」
「にゃ?」
 どう言う意味だろうと首を傾げたちぐさに「オレはバーばかりだからね、ちぐさと一緒ならディナーが良いだろう」と告げながらちぐさの口端の菓子の欠片を拭う。
「例えば、そうだね。幻想の王都にあるのだけれど、フォルデルマン陛下の贔屓のお店とかが気になるよ。
 ディナーコースがしっかりしていて少しばかり敷居が高いからついつい尻込みをしてしまうのだけれどね、ちぐさとそうした場所に赴いてみるのも良さそうだ」
「ふむふむ」
「カジュアルなら、海洋のリッツパークにある店舗はどうかな。コンテュール卿の一押しなのだそうだよ。カヌレ嬢がイレギュラーズに教えたらしい。
 出掛けるならリッツパークで散策しても楽しそうだね。秋は実りの季節だし、クリスマスマーケットを前にすれば色々と見て回るものも多い」
「ふむふむ」
「ちぐさが辛いものを食べてみたいならラサも気になるな。香辛料がたっぷりの串焼きなんかを食べ歩きながらサンドバザールを見て回るのも楽しい」
「ふむ……って、それだと僕が優先されちゃっているにゃ!」
 慌てた様子のちぐさに「違うかな?」とショウは笑った。ああ、だから『ちぐさも一緒という前提』なのか。それは嬉しいけれど、ちぐさは自身が優先されては妙な心地になる。
 嬉しいけれど、誕生日を祝いたいのに――ああ、でも、ちぐさは、ちぐさは、と考えてくれる事は本当に幸せで。
「むむーー」
「それで、何処にする?」
 ほら、ショウにはお見通しだ。ショウの誕生日を何処に祝うかを考えて居ることがバレバレなのだ。いまいちな店舗を選ぶよりは全然良いかと自分を納得させてから翌日のショウの誕生日は待ち合わせをしようと約束した。
 ショウの誕生日に折角ならばラサで食べ歩きをしながらサンドバザールを回ることに決めた。最終到達地点はパレスト家が御用達のレストランに決定だ。
 それまでも色々と買い食いをしながらバザールを見て回ろうとショウが提案してくれた。ちぐさは喜びながらクローゼットであれでもないこれでもないと洋服と睨めっこしている。
「ショウが寒いから気をつけるように言って居たから……あんまり薄着は止めるのにゃ! 砂漠の夜は凄く冷え込むにゃ」
 コートを用意して、出来る限りの露出を控えてから待ち合わせ場所に向かう。
 ショウをあっと驚かせるようなエスコートをして彼に喜んで貰うのだ。うきうきとした心地で歩きながらちぐさはふと気付いた。
「にゃ!? お店選びばっかりでプレゼント決めてなかったのにゃ……!? どうしよう……」
 そう。誕生日と云えばバースデイプレゼントだ。勿論、考えてなかった訳ではない。
 喜んでくれると嬉しい程度で選んでいたがそれではいけないとやる気を込め続けた結果が決めかねたのだ。絶対に喜んで欲しい、この日を記念と考えて大切に持っていてくれるような特別な品にしたい。
 そう考えて、考えて、ああでもない、こうでもないとして居る内に当日が来て仕舞った。勿論、着替えているときと待ち合わせに向かうときは幸せ気分で舞い上がっていたのだが、誕生日プレゼントを持ってきていないことに気付いてから気分は一気に下り坂である。
(ショウは一体何が欲しいのかにゃ……今から買いに走っても……? ううん、こんなに長く一緒に居るのにショウの欲しい物が分からないのにゃ……)
 彼は自身の所有する物品を何らかのステータスで喩える癖がある。それを把握しているからこそ「これは神秘防御力があがりそうだにゃ」と言って渡せば喜んでくれる気はするのだが――それでも、それでは普段と違いが無い。
 本当に好きなもの。本当に大切なもの。それから、彼が本当に喜んでくれるもの。
 それを満たせなくては特別な一日にはならないのだ。ちぐさはそれが思い当たらなかった。本当にこれだと思える品に出会えなかったのである。
「ああ、ちぐさ」
 声を掛けられてからちぐさは肩を跳ねさせた。結局、プレゼントは選べず終い。なんとか笑顔を作って「ショウ!」と呼び掛ける。
「お誕生日おめでとうなのにゃ」
「ありがとう。早速、出掛けようか」
 頷いてからちぐさはショウに差し出された手をぎゅっと握った。暖かくて、落ち着く掌。本当に大好きな掌をぎゅうと握り込んでからちぐさは俯く。
 ショウと過ごす事はとても嬉しいのに、申し訳なくって悲しくなってきた。元気も何時もと比べれば半減だ。
 ああ、けれど、ショウに気を遣わせてならないと。ちぐさは顔を上げた。己の元気のなさはきっと態度に出ている。
「ショウ」
「……どうかしたのかい?」
 彼が指摘する前に自分がそうだと気付けたのはきっと成長だ。ちぐさは手をぎゅっと握り締めてから「あのね」と声を掛けた。
「ああ」
「ショウへの誕生日プレゼント、決めきれなくって、用意できてないにゃ。
 ……折角の誕生日なのに。特別な品を用意するって決めてたのに、用意できてなくって……」
 後悔していると。苦しげに辿々しく紡ぐちぐさにショウは思わず吹き出した。あれだけずっと前から準備をして、彼が喜んでくれるようにと『作戦』を練ってきたのに。
 ここで大きな失敗だとちぐさは後悔していた。涙がじわりとにじんだ様子を見てからショウはついつい笑ってしまう。
「気にしないでくれよ」
「け、けど」
「今から何処に行く?」
「サンドバザール……」
 香辛料たっぷりの串焼きを食べながら色々と見て回る予定。ちぐさはそこまで告げてからはっとしたように顔を上げた。
「実は、欲しい物があるのだけれど、どうだろうか」
「そ、それ! お誕生日プレゼントにしたいにゃ!」
 ちぐさが慌てた様子で声を掛ければショウは「それは嬉しい」とちぐさの頭を撫でた。
 きっと、誕生日のプランを立てていることも、プレゼントを決めかねていることもバレていたのだ。
 テーブルの上に乱雑に置いていた様々な雑誌、ちぐさの趣味では無さそうなメンズグッズの紹介ペーパー。
 それらを見て勘付くなと言う方が難しい。それで気付かない『情報屋』はいないだろうとショウは小さく笑った。見習い情報屋はショウが全てお見通しだったことには気付かない。何せ、幸せで幸せで堪らないからだ。
「ショウは何が欲しいのにゃ?」
「そうだな。実はね、ちぐさとそろいのイヤリングかな」
「ピアスじゃないのにゃ?」
「……ちぐさの耳にはピアスホールはあったかな」
 そっと手を伸ばしたショウがちぐさの耳に触れる。ぴくりと耳を動かして「ぴあすほーる」とちぐさはたどたどしく呟いた。
「もしなかったら、オレが開けようか? けれど、消えない傷を作ることになってしまうかな?」
「……そ、それって……」
 痛くて恐いのか、という言葉が出る前に、何だか気恥ずかしくなってからちぐさは頬を赤らめた。耳をぴこぴこと動かすちぐさを見てからショウは笑う。
「お、お揃いのピアスってどんなのがいいのにゃ?」
「シンプルなものがいいな。小さな石が良いと思う。あまり大きなアクセサリーは大人は着けづらいだろう?」
 ショウは自身の耳を指先で撫でてから「シンプルなら何時でも着けていられる」とそう言った。
「にゃ、それを僕とおそろい?」
「そう。ちぐさと。ちぐさがイヤじゃなければ」
「い、いやじゃないにゃ!」
 まるで二人で一つのようで嬉しい。ちぐさは頬を緩めれば「分け合おうと思うんだ、ピアスを。一つずつね」とショウは言った。
「一つを? どうしてにゃ?」
「元々は一つだったものを分けて持てば、何れは一緒に居られるかなと。
 これから危険なことが沢山あるだろうし、ちぐさだって戦いに行く可能性はあるだろう。オレだって危険な場所に行かなくちゃならないだろうから」
「にゃ……」
 世界は滅びに面している。誰もが危険な戦いにその身を投じているのだ。ちぐさとて強大な敵を前に戦わねばならなくなるだろう。それはショウを護る為の戦いでもある。情報屋は身を投じ危険を顧みない。その命懸けの情報を生かして戦うのがイレギュラーズの役割なのだ。
 その作戦に失敗すれば更なる情報を求めてショウが死地に飛び込まねばならなくなる。だからこそ、一度で終えられるように努力をしなくてはならない。
(……僕もショウも、お互いを護る為に戦わないといけないのにゃ……)
 だからこその願掛けだとショウは言った。何れだけ危険な場所に行ったって、無事に帰ってこられるように。
 その意味合いで一つのピアスを分け合いたいのだという。人体に開いた穴を塞ぐようにして存在する願いの石は、決して離れないという意思表示のようだと彼は言う。
「ロマンチストだろうか」
「ううん、とっても素敵だと思うにゃ!」
 きらりと瞳を輝かせるちぐさの手を引きながらショウは「それはよかった」と頷いた。
 その品をこれからサンドバザールで二人で探そう。最初から用意しているプレゼントも良いけれど、一緒に選ぶ品も特別な意味を込めることが出来るだろう。
 こっそりとちぐさはもう一つプレゼントを購入しようかと考えた。彼が喜んでくれそうなちぐさが選んだ品だ。それはショウの好きなものというよりもちぐさがショウに持っていてほしいものという意味合いの選択でもある。
 先程共にバザールに辿り着いたときにプレゼント選びに迷ったと素直に告げたちぐさに「遠慮しないでおくれよ」と彼は言って居た。
 ちぐさが選んだ品ならば何だって嬉しいと彼が言ってくれたから。それならば、特別を詰めてちぐさの大好きを彼に渡すのだ。
「ショウ、楽しみにしてて欲しいにゃ」
「じゃあ食事の時に頂こうかな」
 その時まで、特別はお楽しみだ。

  • 特別を詰め込んで完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年11月15日
  • ・ショウ(p3n000005
    ・杜里 ちぐさ(p3p010035

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