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花の乱に我想う
登場人物一覧
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はらりはらりと舞う赤と黃。
さくりさくりと立つ木の葉の音。
紅葉を迎えた秋の野山の上空にはピーヒョロロと遠く鳴き声響かせる鳥が旋回し、秋の実りを迎えた木々の実を狙って動物たちは野山を駆け巡る。するりするりと器用に木々を登って小さな手を伸ばす栗鼠に、落ちた木の実を鼻先で木の葉をかき分けながら食む鹿。栗の実に手を伸ばそうとして引っ込める猿。――兎角、秋の野山には『実り』が山とあった。
「……殿」
「うむ」
であれば、自ずと人も実りを求めてやって来ようか。
馬上で片袖を抜いた一条 夢心地(p3p008344)は、両手で矢を掲げた家臣からそれをむんずと掴むと、
刹那、胸廓を開いた夢心地の指先から矢が離れる。
――ヒュンッ――ドスッ
夢心地から真っ直ぐに放たれた矢は正しく鹿の体へと穿たれた。
ピイィと断末魔の声を響かせて鹿は仲間たちを逃し、地へとどさりとその身を横たえる。
「殿、お見事」
「お見事にございます、殿」
「うむ」
家臣等から称賛の声が上がる。だが、『ほぼディルク・レイス・エッフェンベルグ』であればこの程度のことどうということでもない。
「鳥も狩りたいところじゃの」
ピーヒョロロロロロ。
「次は大鷹をご用意いたしましょう」
「そうじゃな、それがよいじゃろう」
そう遠くない内に鷹狩りをしようと顎を引いた。鷹匠等が仕込んだ鷹たちの披露の場を設けてやるのも、殿の勤めである。それに、鳶は良い。尾羽は矢羽の材料となるし、肉は鷹の餌となる。上空でわっしと大鷹が掴む様もまた見ものである。
「――殿」
「うむ」
鷹狩りへと思いを馳せながら馬を歩ませていれば、かさりという音とともに次なる獲物――兎の姿を捉えた。猟犬たちもしっかりと仕込まれているため、山の中に散っている家臣等の誘導が上手い。
(褒美を用意してやらねばの)
お気楽ご氣楽奔放自在に過ごしていようとも、殿は殿。
領地を持つ身である以上、この夢心地、やる時は確とやる男なのである。……たぶん。
程々の猟穫を得たら、後は眼前に獲物が飛び出してきたら狩る程度で、馬の揺れを楽しみながらの散策とした。
頬を撫でる秋めいた風は心地が良いし、木の葉の囁く音も、時折聞こえる動物たちの営みの音も心地良い。実に秋めいた行楽日和である。気ままに散策をしたくもなるというものだ。
木々が途切れ、視界が開けた。赤や黃に染まる木々を見上げていた夢心地の視線が降りる。
「む……」
広場めいたそこは、赤一色。
咲くは、一面の曼珠沙華。
曼珠沙華は『種なし』だ。人の手で植えられなければ決して生えることはなく、増やすのも球根を分ける分球である。なれば此処が一面の曼珠沙華の花園となるよう、植えた者が居るのだろう。
赤に染まったそこへ踏み込むのは躊躇われ、夢心地は手綱を引いてどうどうと馬を宥めた。
「見事よの」
これだけの曼珠沙華を増やすには相当時を要したはずだ。夢心地は瞳を細め、その光景を称賛した。
と、その時であった。
「殿、御髷が……」
木々が紅葉した木の葉を舞わせるように、はらりはらり。
夢心地の頭頂部でも、それが起きた。はらはらと散った『花弁』が、夢心地の黒髪に鮮やかな夏の日差しの彩りを添えながら、夢心地の肩へ、馬へ、秋色に染まる地へと落ちていく。
――通常ならば驚くべきことであろう。
だがしかし、この夢心地。斯様なことは幾度も経験している。春には
そしてたった今、天竺葵が散ったのだ。
――つまり。
つまりだ。
「次の花はなんじゃ?」
「は。彼岸花でございます」
「彼岸花と」
夢心地の頭頂部に新たに咲いたのは、赤い赤い曼珠沙華。
次の花が咲くタイミングも、何が咲くのかも解らぬ夢心地のちょんまげ花。
よもやと思うのは、この一面の景色くらいだろうか。
「季節を感じると咲くのやもしれぬの」
「流石は殿、深いお考えを」
「
「は。本日のお着物にもこの景色にも、大層お似合いでございます」
「うむ、ならばよい」
ほほと雅やかに笑った夢心地は、家臣等へと弓を投げ渡す。
「狩りはしまいじゃ。麿は散策を楽しむとしよう」
夢心地の声に「はは」と承諾の声が返る。空では変わらずピーヒョロロロロロと鳶か某かが鳴いており、さやさや歌うは木の葉ばかり。見渡す限り一面の彼岸花が咲く景色の中、夢心地はカサカサと馬に木の葉を踏ませて歩ませた。
(次の花は何が咲くのであろうな)
チューリップ、紫陽花、向日葵、彼岸花ときた。
最初は驚きもあったが、今ではもう風物詩が如く楽しみになっていると言っても過言ではない。
次は――頃合い的に次は冬の花だろう。
(冬、か)
だが、冬の花は少ない。ましてや
このまま冬が来て、もし咲かなければ――夢心地のちょんまげは枯れてしまうのだろうか。それとも元のちょんまげが何食わぬ顔でそこに生えているのだろうか。それは夢心地でも、夢心地の花が咲く度に困った顔をする侍医でも解らない。枯れるよりは咲いていてほしいものだが……。
(麿の髷は……)
夢心地は冬へと思いを馳せ、嘆息した。
「あなわびし……」
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「……ということがあっての」
ギルド・ローレットでそう話した夢心地へ「それじゃあさ」と返る声があった。
「『次』までにイメージトレーニングしておいたら?」
他人事だと思って(実際他人事)適当な口調で返すのは、劉・雨泽(p3n000218)。何度か夢心地へも依頼の斡旋をしているローレットの情報屋の男だ。
「いめぇじとれぇにんぐ、とな」
「そうそう。この花が咲いて欲しい~! とか念じていれば咲くかもしれないよ?」
ちょっと待っていてと言い置いて席を外した雨泽は、何かの本を受付の裏から持ってきた。
「これ、練達の植物図鑑なんだけど……えーっと、冬の花……あ、これとか……これとかどう?」
雨泽が開いてみせるのは、どれも大輪の花だ。
「どれ。……くりすますろぉずに……む。寒牡丹は良いのう」
髷ともなれば華やかであるし、夢心地の白粉顔も華やかに見せてくれよう。
後はねぇと頁をめくる雨泽の手元を覗き込み、冬の花も悪くはないのうと冬を想う夢心地であった。