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記念の人形の仕様はお決まりですか?
登場人物一覧
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人を間引き、程よいところで「勇者」に必ず倒される調整役。それが『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)の宿命。
「魔王」を討ち取る「勇者」。それが『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード (p3p000291)の宿命。
残された勇者も強大な力に圧し潰され、早晩自壊する。
そうならないまま、この混沌世界に来てから、早六年。
ルアナは一日のほとんどを眠って過ごしている。
混沌に召喚された時点で「勇者」としての人格を分離・内包し、心身共に退行し全てを忘れることによっての延命も限度が近い。
ルアナの中に眠る「勇者」に宣告されているグレイシアは、勇者の力の源がルアナの背にある紋様だと気付いた。
ルアナと「勇者」が可分なら、ルアナの負担を軽減――もしかしたら消すこともできるかもしれない。
その手段として、ルアナに似せた人形に勇者の紋様を施す事で、人形に勇者の意思と力を移す事が可能ではないのか?
グレイシアはその可能性に行き当たり、可能性に手を伸ばすことを決めた。
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「ここ――か」
幻想で開いている喫茶店の客の伝手からコネから御厚意から――。
もはやどこをどういう経緯か――二つ名において忘れる訳もないが――たどるのは面倒なくらいの過程を経て、グレイシアは今練達にいる。 日頃教鞭をとっている希望ヶ浜ではない。技術の粋をもって道理を捻じ曲げる店がずらりと並ぶ界隈の――やや奥まった辺り。淑女が眉を顰めるような区画だ。
そんな中にあるわりには紳士が立ち寄るに値する上品かつ重厚な外装だった。
ドアマンはグレイシアを丁重に案内する。
オートクチュール人形工房。
客の注文に合わせ、素材から相談に乗ってくれる、紹介なしではたどり着けない粋人のための工房である。
個室に案内され、店のシステムの説明、守秘についての契約など一通り。
条件は、グレイシアスを満足させるに足りた。
「幻想で買う事も考えたのだが……多種多様な人形を扱う練達の方が、良い物がありそうだ」
グレイシアスの言に、スタッフは恐悦に存じます。と、応じた。
「10歳のお嬢様に贈る、厄払いのお人形をご所望と伺っております」
主旨の伝言ゲームは成功していた。ここですれ違うととんでもないことになる。
「ああ。そのまま本人に似せるのも良くない」
人形への自己投影が過ぎると、最終的には完全分化させたいグレイシアスの目論見が崩れる。人形と自分は別のものという根底を最初に確立させなくては。
「この子をモデルとして、銀髪青目の可動する人形を作って欲しい。記念のプレゼントにする予定だ」
ルアナは金髪で赤い瞳を持つ。対となる色彩だ。
カメラに明るい笑顔を向ける少女の写真にスタッフはほっこりとした笑顔を浮かべる。
「賢明なご判断と存じます」
魔導士といったいでたちの者が応じた。
「内容の確認をさせていただきます。現在発生している者を人形に移すためのものでございますね?」
内容が核心に近づいていく。グレイシアスは厳かにうなずいた。
「カテゴリはいかがいたしましょう。鑑賞用の置き人形、遊び相手としての抱き人形。ご希望の可動につきましても、まず自律か多律か。自動人形か球体関節人形。抱き人形といたしましても、部分的に陶器を用いるビスクドール、粘土や布など、素材等でも変わってまいりますので――」
次々提示される選択肢。
「この子に人形を持たせ、そちらに今この子にかかっている負荷が移ればいいと思っているのだが――」
写真の笑顔を指でなぞるグレイシアに店のスタッフが頷いた。
「それでしたら抱き人形がよろしいかと――」
「人形と相応の接触が成功率を上げるのに必須となります」
特異な存在の属性を移すなら、類似性が必要だ。一時的に移しても器に強度がなくては元の木阿弥となる。
「ここで問題になるのが、デフォルメです」
スタッフは、重々しく言った。
「前述の事項から、似せるに越したことはありません。等身大。瓜二つに作ることも可能です。ですが、リアルドールを10歳の女の子が手元に置き、人形に好感を持つかとなると別問題となります」
それは、グレイシアにもよくわかっている。
勤め先の学園でも図工室の彫像や標本室の人体模型が動いても、生徒指導室にある没収されたマスコットやフィギュアやアクキーの怪談はない。
等身の高いリアルドールは眺められることはあっても、手にとられることはないだろう。
抱きしめたり一緒に寝たりスキンシップを取ってもらわないと困るのだ。形代との霊的結びつきの件で。
「かわいらしい感じで、手触りも柔らかい方がいい。今は横に寝かせてやることになるだろうから」
陶器などでは冷たかろう。
「で、その後はどのように?」
グレイシアが何か言うたびに微笑むスタッフの問いにグレイシアは疑問を覚えた。
「どのように――とは」
「術式自体は俗にいう『わが命、メダイオンにあり』という――属性分離術ですね。この場合は負荷を人形に移すことになります。前段階として、その媒体も判明しているということですので人形本体にそちらをプリントすることになります」
グレイシアはうなずいた。やはり、この方法で間違っていなかった。
「その後、定石では人形は絶対に安全なところに隠すか完膚なきまで破壊するかどちらかです。隠す場合は最適な金庫、迷宮などのあっせん。壊す場合、お嬢様に呪術的バックラッシュがないように調整するアフターケアもプランに含まれます」
至れり尽くせりである。悪い魔法使いがたくさんいる世界ではこういう防衛策も発達するのだ。
「それには及ばない。人形は――おのずから防衛を始めるだろう」
スタッフはそれ以上追及しなかった。客のプライバシーに踏み込みすぎると深淵に一直線に落ちることもある。
「さようでございますか」
勇者の力を分離したら『勇者』も人形に定着するだろう。人形もルアナの肉体も自分の意のままに動かないものを動かすことに大差はなかろう。おそらく。
支障があるというのなら、動く人形を制作すればいいのだ。
もともと相応に出来がいいものを用意するつもりだった。
「やはり――人形は可動できた方が良いだろうか」
グレイシアは当初の予定を改めて呟いた。
「通常ですと首、腕と足の付け根が最低限。駆動域を人並み、軟体、人外に増やすことも可能です。オプションとして暗器収納サービス。関節は別として、瞼、口、腹部、背、内臓パーツも各種ご用意できまして――」
グレイシアスの前にさらにリーフレットが積まれる。
ここは練達。作ろうと思えば医療用生体パーツ満載のアンドロイドも作れるのだ。
「――一度持ち帰って検討しよう」
『勇者』にもそれなりに希望を取っておいた方が面倒はなかろう。後から遠回しに嫌味を言われるのも業腹だ。
「問題は、改修の時期です」
そうだ。そもそも布人形の予定だった。ある日突然自分で動き出すからくり人形にモデルチェンジはいかがなものか。
「よく似たものにすり替えなど手段はありますが、お子様にとっては愛着を持っていた人形を一時的にも『失くす』という点で――」
大好きなおじ様が出会って六周年の記念とくれた。特別なお人形。
ある日、突然どこかに消える。一日のほとんどを寝て過ごす自分のそばから。
『どうして?』
何と答えたらよいものか。
あるいは、何も問わず、一人で人形を探し始めるかもしれない。
事態を説明しない限り、ド修羅場である。そして、説明などどうしてできよう。
『ルアナのお人形は今日から自分で歩き出すようになったよ。さらにしゃべるんだ』
その、グレイシアの想いを汲むには、十歳の心はあまりに幼い。
元の布人形がよかった。と言われたら? 同じ仕様の人形は用意できるだろうがそのものは無理だ。
初めに言ってしまうか?
『ルアナの呪いや余分な人格を吸い取るための人形だ。暫くしたら改造してしまうが、それまではかわいがってくれ』
ルアナに通じるだろうか。わかってくれるだろうか。
沈思黙考に入るグレイシアをスタッフは辛抱強く待つ。
魔王は、フルカラーのリーフレットを手に取った。ズシリと重い。もはやカタログだ。
「必ず人形は作る。しかし、作戦を練り直してこよう。これは記念のプレゼントなのだから」
「勇者」ではないルアナと「勇者」に更なる幸せな未来をプレゼントするために。
注文仕様書は、それは分厚いものになるだろう。
最良の人形はもちろん、素晴らしい思い出をルアナ――「勇者」も含めて――のために。
ああ、『知識の蒐集者』である魔王に不可能などあろうはずがない