PandoraPartyProject

SS詳細

いただきますぷらすいち

登場人物一覧

フーガ・リリオ(p3p010595)
君を護る黄金百合
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇

 こんなに緊張したのはいつぶりだろうか。
 軍楽隊の入隊テストのときか。はたまた初めて王と王妃に謁見したときか。
 それと同等かもしくはそれ以上かは分からないが、フーガ・リリオ(p3p010595)はとにかく緊張していた。
 さっきから喉はカラカラに乾いて仕方ないし、少しでも渇きを癒そうとボトルの蓋を開けて中の水を雑に流し込むこと早十回。
 その蓋を開ける手にすらじんわり汗は滲んで、若干震えている。
 今トランペットの演奏をしたならば、称賛と拍手の代わりに罵詈雑言が飛んでくることだろう。
「フーガ、大丈夫ですか?」
「えっ、ああ……ごめん……どうしても緊張しちまって」
 落ち着かないフーガを見かねた佐倉・望乃 (p3p010720)が彼を下から覗き込んだ。
 
 そもそも何故フーガが覇竜のとある一軒家の前に居て、これほど緊張しているのか?
 答えはこの一軒家は望乃の実家であり、今日ここに来たのは望乃の家族と初めて対面する為だ。
 昨年のシャイネンナハトの際、望乃に結婚指輪を渡しプロポーズを受けては貰えたが、やはり花嫁になる女性のご家族への挨拶なしにというのは筋が通らない。
 ということで『お嬢さんを私に下さい』と言いに来たわけなのだが。

(望乃のご家族だ……温かくて、優しいご家庭に決まっている……わかっちゃはいるけど……)
「ああ、緊張する……! 髪は整えたつもりだけど、やっぱ顎髭とか剃ってくるべきだったか……!?」
 頭をガシガシと掻いているフーガに望乃は可愛い人と微笑んだ。

「ただいま」
 そう言うと奥からドタドタ忙しない足音が聞こえてきて、だんだん大きくなった。
「あっ、おねーちゃんだ! おかえりー!」
 ぱぁっと花が咲いたような笑顔で望乃の弟達が駆け寄ってきて望乃へ抱き着いた。
 自分を慕ってくれる弟達に微笑みつつ、望乃は人差し指を立てる。

「ただいま、お迎えありがとう。でも、おうちの中では?」
「あっ、はしっちゃいけないんだった。ごめんなさい……あれ? おにーちゃん、だあれ?」
 てへ、と舌を出した弟の一人が望乃の隣に佇むフーガに気が付いた。
 目を丸くしてフーガを見上げている。少し照れるなと思いつつ、フーガは屈んで、望乃の弟達と目線を合わせた。
「おいらはフーガって言うんだ。お姉ちゃんの、婚約者だよ」
「こんやくしゃぁ?」
「こんやくしゃってなぁに?」
 キョトンと首を傾げる仕草があどけなく、その愛らしさにフーガは笑った。しかし幼子にどう伝えたものか。
 フーガが顎を擦っていると、望乃が助け舟を出す。
「お姉ちゃんはね、このフーガお兄さんと結婚の約束をしているんだよ」
「けっこん?」
「一緒に幸せになるってことだよ」
 姉が幸せになる、ということは良いことなのだと理解した弟達はわーっと手を叩いて喜んだ。
「おとーさんと、おかーさんにもしらせてくる!」
 勿論、望乃の両親は望乃とフーガの事は知っているのだが、止めるような野暮はしない。
 代わりに望乃とフーガは互いの顔をみあってクスクスと笑み零した。
 数分後、弟達に手を引かれた望乃の両親が二人の前に現れた。忘れかけていた緊張が再度戻ってきて、フーガは背筋を伸ばす。

「おお、君がフーガ君か。娘から話は聞いているよ」
「遠路はるばるようこそおいでくださいましたね」
「い、いえ! お気遣い、痛み入ります」
 朗らかな笑みを浮かべて手を差し伸べてきた両親の手を、緊張で手汗が滲んでいないことを切に祈りながらおずおずとフーガは握り返した。
 幸い両親は笑顔を浮かべたままでフーガはほっと胸を撫でおろした。と、同時に笑った顔がやはり望乃によく似ており親子なのだな、と思った。
「さ、玄関で立ち話もなんだから居間の方へ」
「喉も乾いたでしょう、お茶を淹れますね」
「あ、ありがとうございます」
 居間に移動する為にフーガ達は廊下を歩く。外観から思ってはいたが、家族が多いだけあって望乃の家は大きく部屋を繋ぐ廊下もフーガの知る物より長い。
 その旨を望乃の両親へ伝えると、覇竜は家族人数が多い傾向にあり一般的な造りなのだと教えてくれた。
 一つ、大切な人の故郷の事を知れてフーガは胸の内が温かくなった。
 
「一度、フーガ君とは顔を合わせて話してみたいと思ってたんだ。本当に嬉しいよ」
「この人ったら、いつ来るのかな。もう少し格好の良い服の方がいいかな、なんてずっとそわそわしていたんですよ」
「か、母さん! そんなこと言わないでいいだろう!」
「フーガもね、すっごく緊張してて『顎髭、剃ってくるべきだったかな』って心配してたんだよ」
「もっ、望乃!」
 気まずさからフーガが目を逸らすと、同じく気恥しそうに目を逸らした望乃の父親と目がった。
 自然と苦笑いが漏れ、また一つ空気が和らぐ。そして、二人の表情かおがあんまりにもそっくりだったので、望乃と望乃の母親は「そっくり」と笑い合った。
 居間に着き、望乃の父親に促されフーガは一礼してから椅子へ腰かけた。
 それを見届けてから、望乃の父親も同じように座る。
 望乃の母親が茶を淹れる為に、キッチンの方へ向かうのを見て望乃が声を掛けた。
「お母さん、私も手伝うね」
「あら、ありがとう望乃」
 とぽとぽとお湯を注ぐ心地の良い音が聞こえてきて数分後、望乃の母親と望乃が茶と菓子を乗せた盆をそれぞれ持ってきた。
 フーガは茶に特別詳しいわけでは無いが、ふわっと漂う茶葉の香りに目を細めた。
「そのお茶、いい匂いがしますね」
「あらっ、お分かりになります? 今日が楽しみで、えいって奮発しちゃったんですよ」
「お母さんね、お茶が好きなんです」
 上品な女性だとは思っていたが、嬉しそうにはにかむ顔が望乃にそっくりでフーガは微笑ましくなった。
 いただきます、と軽く会釈してそっとティーカップに口を付けるとさらりとした飲み心地で、ほのかな甘みが口の中に広がった。香りは良いのに全くくどくなく、喉が潤うのがよくわかった。
「ああ、これはいいお茶ですね。とても美味しいです」
「お粗末様です」
「お菓子はね、お母さんの手作りなんですよ。私が子どもの頃からよく作ってくれたんです」
「へぇ、望乃の思い出の味なんだな」
「うん、私、これ大好き!」
 はぐっと望乃が一口サイズの団子を頬張った。もちもちと美味そうに咀嚼する様が小動物を想起させフーガは「可愛い」と胸の内で呟く。
 盆を片付けてきた望乃の母親も、夫の隣へ座った。

「さて、お菓子とお茶もいいが……フーガ君、今日は他に用件があったんだろう?」
 やりとりを見守っていた望乃の父親が優しく、でもどこか緊張したような声で切り出した。
 勿論忘れていたわけでは無いが、とうとう本題に入る時が来た。茶で潤した筈の喉が再度急速に渇きを訴える。
 再度ティーカップに口を付け、一息ついてからフーガは静かに望乃の両親へと向き直った。
「はい」
 望乃もスカートを直し、再度フーガの隣に座る。
「単刀直入に申し上げます」
 ごくりと喉がなり、心臓が早鐘を打つ。落ち着け、落ち着けと自分に何度も言い聞かせてフーガは言った。
「お嬢さんを、望乃さんを自分に下さい」
 ゆっくりと顔を伏せた。緊張は隠しきれていないが、堂々とした声だった。
 意を決したように、望乃も両親へ向き直った。
「お父さん、私フーガさんと幸せになりたいの。この人じゃないと、駄目なの」
「望乃……」
 娘のこんな表情かおを見たのは何時以来だろうか。
 望乃の両親は互いに顔を見合わせて、頷いた。
「娘は、望乃は身体がとても弱かったんです。何も悪くないのに、迷惑をかけてばかりだと泣いたこともありました」
「人の役に立ちたいのだと、ローレットへ向かった時とても心配で、寂しかった」
 ぽつぽつと語る両親の言葉には娘への愛情が滲んでいた。
「でも、貴方のような素敵な方に出会えた。これもまた、運命なのでしょう」
「今日、フーガ君と話して娘が一緒になりたいというのも、よく解りました」
 数秒の静寂の後、 望乃の父親が深々と頭を下げた。

「娘を、望乃をよろしくお願いします」

 それはフーガ・リリオという男を信頼したからにほかならない。
 僅かに震えているその声には、目に入れても痛くない愛娘が、自分の手を離れてしまうことへの寂しさが滲んでいた。
 承諾の言葉に、思わずがばりと身を起こしたフーガだったが父親のその姿を見て、再度口を固く結んだ。再度頭を伏せる。

「必ず、世界で一番、幸せなお嫁さんにします」
 其処には確かに、漢同士の約束があった。
 暫く二人は顔を伏せていたが、やがてどちらからともなく、ゆっくり顔を上げた。
 緊張から解放されたからか、フーガの腹からぐぅと腹の音が鳴った。
 もう少し空気読んでくれよ、オイラの腹。
 と、恥ずかしそうにフーガが頬を掻いているのを見た望乃はくすりと笑み零す。
 そして、娘と同じように笑んだ望乃の母親が「はい」と手を叩いた。
「さぞ、お腹も空いたでしょう。ごはんにしましょうね」
「あのねー、ぼくもねー、てつだったんだよー!」
「おやさい、ありゃった!!」
「みんな、お手伝い出来て偉いね」
 褒めて褒めてと飛び出し、駆け寄ってきた弟達に望乃は目を細めながら頭を撫でてやった。大好きな姉に褒められて弟達はむふーとご満悦の笑みを浮かべている。
 テーブルの上に大皿に盛られたご馳走が所せましと並び、暖かで優しい匂いが広がった。
「おいしそー!」
「あ! 食べる前になんていうのか、お姉ちゃん言ったよね?」
「あ!」
 我先にとご馳走に齧り付きかけた妹を望乃は優しく宥めた。
 てへ、と舌を出した妹は手に握ったフォークを一旦テーブルに置く。
「それじゃあ、手を合わせて」
 望乃が隣に目を遣れば、フーガと目が合った。フーガは柔らかく微笑んで、一つ頷いた。
 それに頷き返して望乃は口を開いた。

「いただきます」

 今日から一つ「いただきます」の声が増えた。

  • いただきますぷらすいち完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2023年12月08日
  • ・フーガ・リリオ(p3p010595
    ・佐倉・望乃(p3p010720

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