PandoraPartyProject

SS詳細

鋼のこころ

登場人物一覧

ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘
ンクルス・クーの関係者
→ イラスト

●鋼のシスター
「もうこの村は駄目だ。この干ばつが過ぎた後には何も残らない。この世に神など居はしないのだ!」
 日照りの中、男は嘆いた。植物も枯れはてかけた村の中心で、嘆きと共に抱えていた鍬を地に降ろす。
 男が口にせずとも村人は諦めていた。もう成す術は何もないのだ。誰かから水を奪おうと生きながらえる時間はすでに限られている。
 誰もが諦めを口にしはじめた時、その少女は現れた。

「……神様は居るよ? 私の存在がその証拠」

 さぁ、共に祈りましょう?
 枯れ果てた大地を潤すような静かな微笑み。砂を帯びた風にはためく修道服。
 その姿に心打たれた人々が、一人また一人と跪き、天に願いを込めていく。
 村人すべてが祈る中、ぽつり……ぽつり。恵の雨が優しく降り注ぎ始めた。

 後に人は語るーーその姿こそ、神のみ使いであったのだと。

●鋼の司書
「次はそちらの棚を。『AIM』、調査のほどは如何でしたか?」
 遠隔操作機体が図書館の廊下を滑るように飛んでいく。少し離れた場所にある棚を調査させ、送られてきたデータにトラクス・シーは眉を寄せた。
「また並び順が乱れていますね。整頓して本を使うよう、あれほど注意を促しているのに……一体どちらの方でしょう?」

 果ての迷宮第十層に枝葉『境界図書館』。特異運命座標イレギュラーズには、そんな風に思われているようだが……繋がる前から彼女の生活はここに在った。
 高機動砲撃戦闘機として完成されているトラクスは、この図書館の司書兼守衛を務めている。
 未だ自称の域は出ていないが、最近増えた境界案内人は、素直に彼女という存在を受け入れているようで。
「ご機嫌よう、守衛さん。あらあらとっても怖い顔」
「ロベリア様、ご機嫌よう」
 そのような顔をするつもりは無かったのですが……と僅かに俯くトラクスだったが、ピピピと通知が鳴り響けば、すぐに気持ちを切り替え眼鏡のヒンジに手を触れる。片側のレンズに映し出されたレーダーには、赤い点がゆっくりと移動する様が映し出されていた。
「用が出来ましたので、これにて失礼。行きますよ『AIM』」
「行ってらっしゃい」
 返事をする間に視界から消えてしまったのは、"高機動"の名を冠する彼女らしい。『境界案内人』ロベリア・カーネイジは優雅に手を振りトラクスとAIMを見送ってーーふと、思い出したように首を傾げた。
「そういえば、そろそろ彼女が帰って来る頃だったかしら?」

「君に任せてよかったよ。おかげでこの本も収蔵出来そうだ」
「私は思ったままを口にしただけなんだけど……お役に立ててよかった」
ーーいた。
 トラクスが座標に辿り着くと、そこにはホコホコと湯上りの匂いを漂わせ、パジャマ姿の『鋼のシスター』ンクルス・クー(p3p007660)が立っていた。タオルを肩にかけ、濡れ髪のままふんわり笑顔で境界案内人と話している。
「くちゅん!」
「風邪を引くぞ」
 声をかけられた瞬間、ンクルスの表情がぱっと華やいだ。
「さっきまで行ってたライブノベルがね、雨乞いの依頼だったんだ」
 どうやら助けるのに一生懸命で雨具の類を忘れたらしい。お風呂でさっぱりした後に、依頼主の『境界案内人』神郷 蒼矢へ本の様子を伺いに来たという訳だ。
「そのままでは風邪をひく。私が乾かしてやろうか?」
「いいの? あっ、でもまだお仕事が……」
「後の事は任せてよ。僕も風邪を引かないか心配だからね」
 笑いながら本を棚へと返す蒼矢だったが、そこは本来戻すべき場所とは全くと言っていいほど違う棚だ。
「--『AIM』」
「ぐはっ!?」
 本を棚へ納めきる前に、丸型のボディーが蒼矢の横っ腹にタックルをかます。
「行くぞンクルス」
「ええぇ、蒼矢さん悶絶してるよ?」
「彼にはこの後、『AIM』の監視の元、収蔵した本をあるべき場所へ戻す業務が待っている」
 邪魔するのは得策ではない。そう説得されるとンクルスもコクリと頷いた。『AIM』がついているなら境界案内人の仕事もきっと捗る事だろう。
「また何かあったら呼んでね!」
 小突かれ続ける境界案内人は、返事をするどころではなかったそうな。

●その絆の名は


「最近のンクルスと特異運命座標イレギュラーズの近状は?」
「う~ん? 特に変わった事は無いかな?」
「なら安心だな」
「パンツ売ったぐらいだよ?」
 タオルドライで髪を乾かしていたンクルスの手が止まる。
「それは、どういう……?」
「新品のパンツそのままじゃダメなんだって。人の文化って不思議だよね」
 深く話を掘り下げてみれば、なんと無辜の混沌フーリッシュ・ケイオスではパンツが財貨の代わりを成す事もあるらしい。そのルーツが気になるトラストだったが、ンクルスもあまり知らないようでーー出来れば今後も知らぬままであって欲しいものではあるがーー気を取り直してドライヤーをかけていく。
 熱風を受けたンクルスの髪は天使の輪が出来るほどに艶やかで、洗い立ての石鹸の香りを漂わせながらフワリと小さく揺らめいた。
「前髪が伸びてきたな」
「それはあるかも。ちょっとだけ切ってみようかな?」
 これくらい、とンクルスが指で示す長さは微々たるものだ。
「それだけなのか」
「うん。トラストと同じくらいがいいかなって」
 目覚めて間もなく、2人は寄り添いあうように生きていた。
 後継機と先代でフォルムも戦い方も異なるが、姉妹のようにずっと、ずっと。
 これからもそれが当たり前だと思っていたーー彼女がが空中庭園へとばれるまでは。

 境界図書館を守るために共に在り続けられないのはトラストにとって残念な事ではあったが、
 こうして今も姉のように慕ってくれるのは不思議と悪い気はしない。

「--ありがとう」

「トラスト、何か言った?」
 小さな呟きはドライヤーの音でかき消されてしまったようだ。きょとん顔で見上げるンクルスの頭を、トラストがぽんぽんと優しく叩く。
「私もンクルスと一緒に髪を整えようかと」
「お揃いの髪型って事だよね? それ、いい! すごくいいね!」
 ンクルスが花のように笑う。つられて微笑むトラストだったが、髪を乾かし終わった後は、身体がぽかぽかして心地よくなってきたのだろう。手持無沙汰に椅子の端を掴んでいたンクルスの手が、口元へと当てられた。
 ふぁ、と欠伸をして目を閉じかける。今にも眠ってしまいそうだ。
「今夜はこのまま私の部屋に泊まっていけ。どうせその姿では無辜の混沌フーリッシュ・ケイオスに戻れはしないだろう?」
「やったー! ……って、実はそのつもりで着替えてたんだ」
 悪戯っぽく舌を出すンクルス。依頼が終わった後に出会えるかもしれないと思ったら、甘えずにはいられなかったのだ。
「本当はちゃんと、私も独り立ちしないといけないって分かってるんだけど……」
 駄目かな? と首を傾げる彼女に、トラストは緩く首を振る。
 己よりも汎用性・拡張性を高めたンクルスのように、自分の気持ちを上手く届ける事は難しい。
 それでもはっきり分かるのは、こうして頼られる事が嫌いではないという事だ。
「寝る前に、メモリーのウイルスチェックしてやろうか」
「歯磨きと同じくらい大事だよね!」
「等価ではないが、どちらもするように」

 はーいといい返事を返すンクルスの手を引いて、トラストは図書館の中を歩いていく。
 どんなに遠く世界を隔てて離れても、こうして会える。何度でもーー陽だまりのような、この笑顔と。

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