SS詳細
温かなもの
登場人物一覧
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肥沃な平原部を主要な領土とし、
また、神と呼ぶべき大いなる意志への信仰心が強く超常的力への畏怖と憧憬の強い幻想は魔術技術的な素養が強く、そちらの方面でも発展を遂げている。
そんな幻想の街はずれのとある森の中、整備された道を奥へ奥へと進めば静かな湖畔に辿り着く。その湖畔の脇に建っている建物、クォーツ修道院が佇んでいた。修道院の周りには家畜小屋があったり、畑が広がっていたりと、人の生活を感じられる。その修道院の中からは子供達のものと思われる賑やかな声が外まで聞こえてきていた。
「わ、私なんか行って……その、だ、大丈夫かしら……」
「大丈夫、大丈夫! ほら、こっちですよ!」
そんな修道院の入口へ近づく少女達。一人はこの修道院に住む最年長リア・クォーツ(p3p004937)。この修道院唯一の
もう一人の不安げな表情を浮かべる少女は普段ラサ傭兵商会連合にその身を置いている
「リアさんの話ではシスターさんが遊びに来てと言う事だけれど……その、わ、私……こう言う所は初めてなものだから……っ」
「そんなに不安がる事はないですよ! 皆エルスの事、明るく迎え入れてくれます。さぁほら着きましたよ!」
「…………こ、ここが……」
修道院の扉の前に立つErstineはきゅっと目を閉じる。友人であるリアが住む場所……と思うと、自分なんかがその領域に入っていいものなのかと酷く胸が高鳴っているらしい。
「シスター、シスター・アザレア、いらっしゃいますか! お客様です! この前話していたエルスを連れてきましたよ!」
躊躇っているErstineを他所に、リアはいつもここへ帰る時のようにその扉を開けた。
「おやまぁ……リアから聞いてたお嬢さんだね、こんにちは。ようこそクォーツ修道院へ。私はアザレア。このクォーツ修道院の管理をしているよ」
「ぁ、わ、私は……Erstine・Winstein、です……」
「おや緊張してるのかい? 大丈夫だよ、リラックスリラックス」
「そうですよエルス、ここは緊張とかいらな──」
「お帰りリア姉ちゃ──ん?」
扉の前でシスター・アザレアと話をしていれば、アザレアの背後からひょっこりと顔を出した少年はここの子供達の一人・ドーレだ。
「あ……こ、こんにちは……」
「あ……こんにちは。突然お邪魔してごめんなさいね……」
ドーレは突然の来客に驚いたのかそう挨拶をして、Erstineは微笑みながらそう返す。その小柄な見た目に反して綺麗な微笑みを浮かべる彼女に、ドーレは綺麗なお姉さんだなと内心ドキドキと胸の高鳴りを覚える。
「おやおやおやぁ? ドーレも吃る時があるんですねぇ?」
「う、うっせー!! いきなりでびっくりしたんだ!!」
「ふふふ、そういう事にしてあげましょうかー?」
「だから、ちげーって言ってんだろ!!」
リアがくすくすニヤリとからかうように笑ってみれば、ドーレは違う違うと慌てて意地っ張りに否定を繰り返す。
その光景をアザレアはいつもの事だと微笑ましげに、Erstineはきょとんとよくわからなさそうにしながらも微笑みを浮かべていた。
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「さぁさぁ二人とも、言い合いはその辺にして。丁度皆のおやつを焼いていたところだったんだ、Erstineさんも食べておいき」
両手をぱんぱんと叩くアザレアに、Erstineはえ? と小さく声を零した。
「突然伺ったのに私まで……い、良いのかしら……?」
「何言ってるんだい、お客様はどんな時でも持て成すものさ……それがこのクォーツ修道院でのあり方だよ」
「そうですよエルス。ですから遠慮しないで!」
「…………ありがとう、リアさん。アザレアさん」
二人の温かさにErstineは少し作っていた微笑みから、自然と表情が柔らかくなる。緊張が少し緩和されたのだろう。
リアとアザレア、そしてドーレについて行くように修道院の扉を抜け奥へ進めば、多目的な広めの部屋へ辿り着く。そこには既に美味しそうなおやつの数々が大きめのテーブルに並んでいて。
そのテーブルの周りを囲むように椅子に座っていたのは、この修道院に住んでいるのであろう子供達のようだ。
「え、だ、誰々その人! お客様?!」
「リアお姉ちゃんのお客様だー!」
そう言って始めに近寄ってきたのは、少し不安げな表情のレミーと興味津々な様子のソラ。
「私はErstine・Winsteinよ。突然お伺いしてごめんなさいね……?」
二人の様子にErstineは申し訳なさそうに微笑みを浮かべながらそう名乗る。
「Erstine……あ! リアお姉ちゃんが言ってた名前!」
「エルス、エルスって、リアお姉ちゃんのお話に出てくる人!」
「あーーーー!! ディルクって人が好きなお姉さんね!?」
「へ?!」
「あーーーー!! ファラ、ファラ! よ、余計な事を言ってはいけません、いけませんよ!!」
様々な反応を見せる子供達の中で、ファラと言う少女から聞き捨てられない名前が聞こえてErstineは酷く驚いて。
リアもまさかこの場で言い出すとは思わず慌ててファラを宥めようとするが。
「だってだって、リアお姉ちゃん言ってたじゃない! ディルクって人の事が好きなのに素直じゃないんだって!」
「わ、わーー!! やめろーー!! ファラーー!!」
「リアさん……」
「わーーエルス! ごめんなさい!!」
言うつもりはなかったんだけど流れで! そう頭を下げるリアに、Erstineは溜息をつきつつおかしくなってくすりと微笑む。
「どんな流れだったのかはわからないけれど……言ってしまったものは仕方ないわねぇもう。た、但し! 好きとかじゃなくて……その、そ、尊敬なんだから、ね?」
「ええ、ええ、わかってますとも! 尊敬、尊敬!」
「あはは! そこもリアお姉ちゃんが言ってた通りだー!」
「ファラ!!」
「…………」
リアが話を締めようとしたもののファラがそうからかうように笑って。Erstineははぁと深くため息をついた。
「おやおやErstineさんもリアと似たようなものなのかい? この子にも言ってるんだけどね、こう言うのは積極的になったもん勝ちなんだよ」
「ア、アザレアさんまで……」
「ちょ、バ! シスター!!」
リアの素直になれない恋心に少し似ていると感じたせいか、まさかのアザレアまで話に加わってきて。Erstineは何とも言えない表情のまま、リアもただただ焦りの表情を見せて。
そう突然の来訪者にも関わらずアザレアと子供達は笑顔を見せていたが、二人にとっては酷く居心地の悪い空気感になってしまっていた。
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「やっぱりこの人数にもなると洗濯物は結構あるのね……」
「悪いねぇ手伝ってもらって」
「そうですよエルス、ゆっくりしててもいいのに……」
「いいえ、突然の訪問にも迎え入れてくれた事と……あとはおやつのお礼だから……お手伝いさせて?」
「Erstineさんが良いなら、とっても助かるけどねぇ!」
おやつを食べ終えて昼下がり。冬にしてはカラッと晴れたものだからと洗濯を干すことを決めたアザレア。リアとErstine、そして子供達もその手伝いをする事に。
「きゃははー! シーツマントー!」
「私のシーツの方が大きいマントよ!」
「リアお姉ちゃん、エルスのお姉ちゃんも、一緒に遊ぼー!」
すると子供達は直ぐに飽きてしまったようで、洗濯物のシーツをマントのようにして遊び始めてしまった。
「これじゃあ洗濯物も捗らないよ、二人とも行ってきておくれ」
「わかりましたっ」
「ええ、わかったわ」
アザレアはそう苦笑を浮かべながら、リアとErstineを子供たちの方へ行くようにと促した。
リアはいつもの事だと思いつつ、Erstineはこれもお手伝いになるわよね! と言った様子で子供達の元へ向かう。
「今日は何をして遊びましょうかね……シーツマントはダメですよ、もう一回洗濯しなきゃいけないですから」
「えー!」
「えー!!」
ブーブーとブーイングを受けるリアがうるさーい! と子供達と戯れる姿に、Erstineはまたおかしそうに笑った。
「エ、エルス? どうしたのですか?」
「ふふ、なんでもないわ。……ただ、ただね。リアさんと子供達が遊んでる姿を見てたら……羨ましい、なんて……思っただけなの」
「羨ましい……?」
このクォーツ修道院には、Erstineが前の世界で一ミリたりとも感じた事も無かった温かさで満たされていて。これがきっと人の温もりなのだろうと、そう思えば……自然とそんな言葉が出てしまっていた。
「私は……ね、前の世界ではこんな風に遊んだり、思い合ったりとか……その、なかったものだったから……」
「エルス……」
「ふふ、リアさんが素敵なのはきっと……この修道院の方々のおかげなのね」
「す?! コホン。ま、まぁ……シスターには良くしてもらっていますが! まぁたまに拳骨が飛んでくる時も……」
「拳骨……?」
アレはとっても痛くてですね……と語るリアを見て、Erstineはきっと相当な痛さなのだろうと察した。
「でもこの修道院の温かさは自慢ですよ……」
「ええ、最初は不安だったけど……でも、皆さんいい人達ばかりで……その、また来てもいいかしら……?」
「……! 勿論ですよ!」
おずおずと聞くErstineにリアは満面の笑みでそう頷いた。