SS詳細
指切りげんまん
登場人物一覧
●うつらうつら
「タイムちゃん? ……ターイムちゃん?」
「ん、夏子、さん?」
うつらうつら、コラバポス 夏子 (p3p000808)の膝に頭を預けていた恋人――タイム (p3p007854)が身じろいだ。呼吸と一緒に動く睫毛の影の可愛らしいこと。その持ち主こそがタイムちゃんですってよ、なんとまあ、それでタイムちゃんは夏子の恋人なんですってよ、ああ、なんてことだ……と、益体のないことを考えたりしている。まどろみのなかでも自分の名前を呼んでくれる様子にじんわりと暖かい気持ちがこみあげてくる。
夏子は同衾の幸せを果てしなく噛みしめ、しっかりと咀嚼しているところだった。
それはそれとして……。
最近、タイムがどこか上の空なのが、気になるところではあったのだ。
「あれ、なに…」
「なんでもないケド。疲れちゃった? あ、運動したからお腹すいた?」
「もう。ううん、違うの。大丈夫」
「お水は?」
「飲む」
「はい、ドーゾ」
無理させちゃったかな? と思ったが、そういうわけでもないらしい。頬の血色はよく元気そうだった。ああなんでも買ってやりたい気がするな、と思って、いや、ちょっと違うかもしれないと思いなおした。そうだけど、そういうのもあるけど、ちっともそれだけじゃないのだ。
(そいや最近、タイムちゃん、食べる量減ってない?)
そうしたらタイムちゃんが減ってしまわないかい?
それはよくないよな、と思う。美味しそうにお食事を食べる様子が好きなのだ。
「ありがと」
頬を触るとすべ、とする上に、ぷにっとする。なんてことだ……。まずい、髪の毛がさらさらと華奢な肩にかかっていて、最高の景色だなと思って、気が付いたら掌で髪の毛をすくっていて、それはもう、無意識のうちだったりした。
「くすぐったいよ? もう…」
これはもう、不可抗力というほかない。
「タイムちゃん、紅葉狩りとか、どう?」
「へ? もみじ? 急に?」
「あー。だってほら秋だから?」
「へんなの。でも、いいね」
だって、絶景っていいよね。
きれいなタイムちゃんを見てたら、つい思い浮かんだ、ということにしよう……。
●秋はすぐそこまで微笑んで
二人が手をつないでやってきたのは、人里からは少し離れたなだらかな丘である。
色づき始めた美しい木々が風にそよいでいる。ふかふかとした土のような、やわらかい秋のにおいがする。
絶句するような派手さはないけれど、いい感じだ。
ハイキングにはうってつけ、さりとて深い森のように迷う心配もない。もうすぐ雪に閉ざされて、立ち入りを禁じられるとっておきの場所である。そんな場所を知ったのは、夏子の社交術のおかげだ。といってもナンパではなく買い出しの最中、おしゃべりなご婦人と出くわして、相槌を打っていたら教えてもらったのだった。
「だからね、あの」
「わかってるから」
ちょっとお喋りしてただけであってね……いや今回はほんとにそう。とはいえ、ご婦人と話してたら、お店の後ろから旦那さんが出てきて、あらネクタイがどうとかで仲睦まじい様子を見せて、それから「お二人で楽しんでらしてね」なんて言われたものだから、セーフ。タイムもちょっと言ってみただけである。
「そのあたりの景色がすこぶる良い」というくらいの頼りない評判だったけれども、なんとなく悪くないような気がした。心当たりに近づけばタイムが、「あ、ほら、こっちみたい」と、導かれるように小道を進みはじめるのだ。
予定よりもずいぶんと早く着いた、と思う。
きれいな空気を目いっぱい吸って、しばらく、木陰のキノコを探してみたり、落ち葉を集めてみたりして、秋を堪能したあと、ごろっと寝転がる。
「おっ、タイムちゃん。頭に、落ち葉がついてる。あららー」
「とって?」
「仰せつかまつり」
「ふふ。……あれ? どうしたの」
「ああー、ほら、見てこれ、まっかっかになりかけてる。タイムちゃんに照れてるってさ。ほらー、なーんて、秋だね」
夏子が冗談を飛ばせばタイムはくすりと笑ってくれるのだった。幸せそのものではないか。そよ風のように心地よく、耳をくすぐっているような声だった。
「タイムちゃん、笑ってくれてよかった」
「あれ?」
「いや笑ってるけどね」
「ん~?そんなに元気さそうだった?
そんなことないよ。楽しいし、どんぐりだって沢山拾ったし」
見てみて、とポケットにたくさん入れたきれいなどんぐりを、得意げにタイムは見せびらかしてくれる。ほらみて、帽子がついているやつ、こっちはつやつやで、こっちは大きいやつ、と……その様子が何とも言えずまたくすぐったい。
「はい、夏子さんにもあげる」
しかしうっかり夏子は足のほうを目線で追ってしまっていたらしい。
「いや、男としてみておかないとね? もうすぐ寒くなるし。ま、いくらでも見れますけど」
ごまかすような言葉が口をついて出たのだが、タイムはちゃんと夏子の真意を悟ったようだった。
「どったの? まだ怪我痛む?」
「怪我なら見ての通りもう何ともないわ。ほら」
あちゃあ。
夏子は楽しいときに楽しくないことなんて、まあ、たぶん、人よりは考えないほうである。
それでもやっぱり、恋人が自分をかばってけがをした、なんていうのは身にこたえる記憶だったりするのである。
もう二度と経験したくないようなビターな思い出だったりする。
タイムが、腕を広げてくるりと回る。長く、ふわりと髪が揺れる。そよぐ黄金色の小麦のような髪が広がっていく。
ケガは大丈夫そう。
でも、やっぱり、たぶん大丈夫じゃない。
(いつもならにこーってなって、ゴキゲンで、夏子さん、見てーって、なるもんね。お弁当もぐもぐしてさ…)
話しかければ笑って答えてくれるけれど、どこかぼんやりとしているのだ。
「話きこか?」
ああ、自分の言葉はなんだか、悲しくも、軽く聞こえるかな…って思ったけど、タイムは真剣さをちゃんと汲み取ってくれたみたいだった。
「…むむ、そっかあ。わたしのこと、ちゃんと見てるんだ」
「そりゃあもう、ね」
タイムは何か言いたげに、でも何も言わず、隣に座りなおす。口を開きかけては閉じて、その様子がまた可愛らしかったけれども、話の腰を折らないように、夏子は耐えた。真剣に髪を弄ぶだけで待った。
何か話があるらしい。
そのくらいは夏子にもわかったのだった。
(じゃあ待とう。とりあえず待つ)
「えっと、ね。
レーヴェンヴァルトの森でのこと、色々考えてたの」
「おおう」
「でも夏子さん何もなかったようにしてるけど、もう怒ってないかなぁ、とか。
なかなか言い出せなくて。
あの時は沢山心配させちゃって、ごめんね。
やっぱりちゃんと謝っておかなきゃって」
それでようやく、腑に落ちる。
「あぁ~… タイムちゃんも、森での一件を気にしてたのかぁ その節は確かに…」
「やっぱり、その、気にしてる?」
「そりゃあ、うーん、えとね」
あのときは、確かに、珍しく夏子が怒ったのだった。
「んんー、怒髪天を衝き 怒り心頭に発した!! みたいなトコあったケド
約束したからね だからもう良いの 大丈夫。ほんとうに大丈夫。良いの良いの…」
(怒りを自覚した事はあんま無いケド
あの時は確かにそんなんがあった)
今はスッカリ収まってるケドも 珍しい感情だったなあ、と思うのだった。
「その日の失敗より二人の今後ってなモンですよ ね へへっ」
タイムは、目を丸くしてじっとこちらを見ている。あらら、ご期待は違う返答だったかしらと考えているとかる~く胸をつつかれた。
「なによう、本気で悩んでたのよ!
よく眠れないし、ご飯だってなんだか美味しくなかったし」
「そんなこと。えっご飯も? そりゃ一大事よ」
「……わたしのこと嫌いになっちゃったらどうしようって」
「ええ?」
そんなこと、あるはずがない。
だって今だって大好きだ。いとおしくていとおしくてしかたがないのだ。
(僕の事を好きな女性を嫌うワケないのに)
怒っちゃったの そんなにショックだったのかな、…と夏子は内心反省した。
「モチロン 嫌いになんてならないよ 僕嘘ついたこと無いでしょ~?」
嫌いになんてならない。そう。なるわけがない。
夏子が請け負うと、ぱっとタイムの表情が綻んだ。
「そんなことない?ほんと?信じてもいい?」
(おっと)
勢いよく抱き着いてくるタイムをしっかりと受け止め、体温と柔らかさを堪能する。いい匂いがする。
嫌いになんてならない。信じてもいい、これはホントだ。嫌いになんてなるわけない…。
「……うん。よかった。
えへへ、やっとすっきりした」
「そっか」
それで、嫌われないかって真剣に悩んでたのかと思うとそれはそれはなんというか、むず痒い気持ちにもなった。ああ、でも、たしかに。怒ってたのは確かで……。夏子は少し考える。
(う~ん ちょっと意地悪かなぁ?)
「…あ~ でも 約束はちゃんと守って欲しいなぁ …信じても良い?」
弱みに付け込んでいるようで悪いムーブかもしれない。
と思いながらも、である。譲れないものもあるのだ。
付け込んで、それでタイムちゃんがケガをしないなら結構じゃないか、と開き直って、思いを伝えるようにぎゅっと抱きしめる。強く、真剣だぞ、こっちは、とぎゅむぎゅむと。
「もう。約束…。ん-」
お互いに欲しい言葉は分かりきっている。でも、やっぱり嘘をつきたくはなかったのだ。
「夏子さん、何があってもわたしのところに帰ってきてくれる?」
「うん」
なぜか即答した。
でもそれに至るまでにウンウン唸って考えたことがたくさんある。あった。とにかく努力はする。死ぬ気で全力できっと帰る。きっとじゃだめなのか。そうなのか。ああ、と後から考えて、「でもまあ、うんって言っちゃったし」と理屈のほうが追いかけていく。
(タイムちゃんのところに帰るってんなら、タイムちゃんがいないと、だめで、そう)
「絶対?」
「絶対」
タイムの青い目が夏子を覗き込んでいる。真剣そのもので、宝石みたいで、青空みたいで、とにかくなんでもかんでもこの世の良いものみたいだった。そういう真剣さは、自分にはないものかもしれない。ああでも、泣かせたくないな、嫌われたくないな、なんてらしくないことを考える。さっき、タイムがくれたどんぐりはいちばんいいものだって言わなくても分かったりもした。そんなにさ、いいもんもらうと、やっぱり襟を正すというか、背筋が伸びるというか、ともかく、そういう気持ちになったりもする。
「絶対に絶対?」
「絶対に絶対」
はぐらかすのは簡単で、多分得意な部類だ。
難しいことはわきによけておいて、今が楽しければいいじゃない、ダメ?
なんていう予防線はとっくに超えているような気がする。
絶対かあ、どうなるかわからないじゃない、生きてたらいろいろなことがあって……とかいう言い訳っていうのもあったりして、そのあたりも踏み越えて、それでも絶対と答えるだけの覚悟はすでにあったらしいのだ。そうしたいとは思っている。
「絶対に絶対に絶対?」
「絶対に絶対に絶対…あれ、信用ない?」
それでもようやく、ようやく。
ここにきて、タイムはこの上なくにっこりと微笑んでくれた。
「それなら大丈夫。ちゃんと守れるわ」
ああ、大丈夫なんだ、そうか、大丈夫か。大丈夫なんだな、と理屈というよりは駆け引きでもない、なんだかわからない部分で理解したような気がする。そうか、自分が絶対に絶対に絶対に大丈夫なら、大丈夫なのか。そうか。
タイムは、晴れやかな顔で笑っている。
「すっきりしたらお腹空いてきちゃった!そろそろランチにしよっか。
それとも、もう少しこのまま?」
(…タイムちゃんがスッキリしたみたいで
ソレはソレでとても良いんだけれども…)
「ランチも良いんだけど 本当に元気になったなら ソレをベッドで 一緒に確認したいんだけど?」
「な、夏子さーん??」
だって本当に柔らかくて陽だまりみたいであったかい。もー、という割には押しのけようとする力は弱く、すぐに夏子の両腕に収まった。
おまけSS
「なんで急に雨が降るの!?」
「そりゃもう幸運の女神が微笑んでますよって、ねぇ?」
女心と秋の空。いや、女心のほうはすっかりと晴れやかな気持ちだったのだがあいにくと天気が崩れてしまって、中断して宿に駆け込まざるを得なかったわけである。
「ちょうどよかったよ。これはお返事を聞かせてもらわないとっていう天の思し召し」
「もう、もうー!」
タイムをかばいつつ、ばっちりびしょぬれになった夏子は、あーこれはだめですね、脱がないとだめですねとのたまっている。
「と、とにかく。お風呂に入ってからね」
すぐ頷くのもなんだか軽くていやだし、ちょうどよかった……と思っているかはまた別の話である。