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夢でもし引けたなら
登場人物一覧
かつん――かつん――と靴音が通路を反響する。
流れるような長い髪。髪飾りの花は赤く、ややつり上がった目は気高い女王を思わせる。
彼女の名は。
「――天道・朱音!」
ワアッと歓声があがり、彼女の名を叫ぶ声が混じる。
通路を出たその先は、ドーム状の試合会場であった。
包み込むように並ぶ観客たちの中で、巨大スクリーンに映し出される自らの姿をちらりと見てから、朱音はサッと髪を払った。
そう、ここは「Astrark geis(アストラークゲッシュ)」世界大会、その決勝戦が行われる会場である。
Astrark geis。
それはここ地球において最大級の人気と知名度、そして権威をもつカードゲームである。
販売元はスイスに本社を置くTENDOグループ。その主催のもと、この世界大会は行われているのである。
世界一の座を賭けた戦いを見ようと、観客たちの熱気は強い。
そして。
「ククッ、逃げずに来たか。まずはそこだけ、褒めてやるぜ」
対戦ボードを挟んだ向こう側に現れたのは、腕に刺青を掘った巨漢の男性である。
「言ったよな。お前の手札は研究済みだ。この試合、お前は手も足も出ずに負けることになる」
そう宣言する男に対して、朱音は自らのカードデッキを取り出して見せた。
「こっちも言ったはずよ。『私は負けない』ってね」
チッと舌打ちする男。それを無視するようにゲームボードが光を放つ。
デッキをボードのコーナーにセット。
吸い込まれていったカードたちは自動でシャッフルされ、そのうち数枚が彼女らの手元へと放出された。
それらを翳し扇状に開く。
「デュエル――スタート!」
国際審判員のコールと共にコインが投げられ、朱音は後攻、相手の男が先攻となる。
「俺はまず『泥濘の騎士』を召喚。更にカードを場に伏せてターンエンドだ」
光るゲームボードの中央に骸骨と泥の騎士の映像が投影され、それが巨大スクリーンに映り込む。
「私のターン、ね……」
朱音は相手のカードの特性を瞬時に見抜く。
世界的に権威を持ったこのカードゲームはそれゆえにカードの優劣も激しく、ある程度の型というものが存在する。
世界大会で勝ち上がってきただけの相手ならばなおのこと、その型から抜け出しやけっぱちなデッキや戦術構築を組むことはない。
(こちらのカードサーチを妨害するデッキ……ね。徹底的に『あれ』を引かせないようにするつもりだわ)
朱音は相手の狙いを読みつつもデッキからカードを一枚ひき、場にカードを置く。
「『ストライク・キャット』を守備表示で召喚。特殊効果を発動させて――」
「おっと、トラップカード発動だ! 相手カードの特殊効果を無効化させてもらう。そして強制的にターンを終了させる」
「――ッ!!」
可愛らしい二本尻尾の猫キャラクターがボード上に投影されたと思った次の瞬間、発動されようとした魔法がキャンセルさせる。
(もう既に封殺の手札が組まれてる。早すぎる……!)
歯噛みする朱音だがそれを表情に出すことはない。女王の如き瞳で相手を見据えるだけだ。
「おお、怖い怖い。だがお前のエースカードが出せなければこっちのもんだ。やれ、泥濘の騎士!」
オオオオ! と叫び骸骨と泥の騎士がストライク・キャットに剣を叩きつける。
守備表示にしていたストライク・キャットが消し去られ、がら空きとなる朱音の眼前。
相手は更に二枚のトラップカードをセットした状態で自らのターンを終えた。
ククッと喉を鳴らし笑う。
「さてさてどうした? カードサーチを使わないのか?」
挑発的な態度と言葉。
しかし。
朱音は深く息を吸って……そしてため息として吐き出した。
まるで聞き分けのない子供の相手をするように、見下すように、そしてなにより……女王のように。
「私がただ、このカードを所有しているというだけで世界王者になれたと、本気で思っているの?」
「なんだと……?」
「私とこの子は運命で繋がっているの。だからこそ、『たぐり寄せる』わ。この手に――」
自らのターン。ドローしたカードを見つめ、朱音は微笑んだ。
「……おい、まさか、だよな」
はは、と笑みを浮かべる相手の男。笑ってこそいるものの、その表情に余裕はない。
対して、朱音の表情はそう――女王の顔であった。
「特殊カードを発動。手札の全てのカードを生贄にして、召喚――『善と悪を敷く 天鍵の 女王(レジーナ・カームバンクル)』!」
「な――!」
善と悪を敷く 天鍵の 女王。
それは世界王者天道・朱音が所有する最強最大のエースカード。
そのカードを見た者は――。
「終わりよ――『緋璃宝劔天・女王勅命(ジェンヌア・フレクテレ)』!」
ゲームボードに出現する麗しの美女。レジーナ・カームバンクル。彼女が手をかざすと同時、大量の宝剣や宝槍、神器の群れが出現し相手のモンスターを粉砕する。
それどころか、相手のHPをも完全に削りきり、相手はなすすべも無く敗北していった。
その絶対的な存在感と強さを前に、相手にできることなどない。
惨めにモンスターを召喚し足掻く姿がスクリーンに大写しになるだけである。
ただ冷徹に。ただ強く。レジーナ・カームバンクルは目の前に現れる悉くを粉砕し、玉砕していったのだった。
悲鳴をあげる男を前に、バッと指を立て、天空を指し示してみせる天道・朱音。
「今年の世界王者が決定しました。勝者――天道・朱音!」
大喝采が朱音へと……そしてボードに投影されたレジーナの姿へと浴びせられる。
そして……。
「レジーナ。応えてくれて、ありがとう」
朱音が小さく呟いたのが、『聞こえた』。
自らに意志があることに驚き、レジーナは振り返る。
見上げる朱音の瞳はどこか僅かにうるみ、しかし女王の風格は失われていない。
自らをこそ見つめる瞳に、レジーナは頷いた。
「応えるわ。いつだって。
だって――これまで共に戦ってきたんだもの。
これからだって、ずっと」
突き出したレジーナの拳と、突き出した朱音の拳。
そうだ、ずっとずっと、共に戦ってきた。
これからだって、ずっと、ずっと。
「――っ」
うっすらと、目を覚ます。そこは幻想王国にあるレジーナの自宅。そのベッドの上であった。
「夢……ね。それにしても」
おかしな夢を見たものだ。細部は滅茶苦茶。ルールも微妙に異なったAstrark geis。
最後にはプレイヤーとカードが会話するだなんて、荒唐無稽な夢だ。
けれど、『あれ』だけは本物だったように思えた。
天道・朱音が信じる、自分との運命。
カードを引くその手の熱さ。
そう、『自分』はただの所有物では無かった。
彼女と共に戦う、同志であったのだ。
「あの子は今、どうしてるかしら……」
まだ自分のカードをエースカードにして戦っているのだろうか。
この混沌という世界は、全ての世界の風上にあるという。
レジーナがカードとして朱音と共に戦ったあの世界の風上に。
もしこの世界が滅びれば、その滅びは風下にある全ての世界へと至るという。
そう、彼女は……レジーナは、いま、共に戦っているのだ。
彼女の世界を守るために。
「……」
寝間着を着たままゆっくりと身体を起こす。
朝日が窓から差し込み、小鳥の声が外から聞こえた。
「どうせ夢なら、あの子とすこし話してみたかったわね。あのとき、どんな気分だったのか……なんて」
レジーナ・カームバンクル。
彼女はここ混沌世界へと召喚され、様々な出会いを経て変化をしていった。
思いを寄せる相手を見つけたり激しい戦いに身を投じたり、Astrark geisのレプリカを作って販売したり……。
けれど、そう。
変わってはいないものもあるのだ。
彼女は今でもエースカード。
そして、デュエリストであるのだ……と。