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巨人の少女の道行きは
登場人物一覧
●斯くて始まりは
私の世界では神族と呼ばれる数多の種族と人間族が棲んでいました。
そんな世界で「大戦」と呼ばれる大きな神族同士の戦いがあって、私の種族、神族の一種族である巨人族は敗けました。
どんな風に敗けたかは知らない。接戦の末に敗けたのか、勝っていたけど逆転されて敗けたのか、あるいは呆気なく敗けてしまったのか……遥か昔のお伽噺のようなその物語を詳しく覚えている人は、私の知り合いにはいませんでした。
わかっているのは、一族が辿った結果だけ。
「大戦」に敗けた巨人族はその力を削がれ、人間と大して変わらない姿になったということ。
それでも再起を図ろうと一族は色んなことをしていた。
普段は農耕や狩猟で食い扶持を満たし、戦いが起これば勇んで傭兵として戦列に加わり、力を示したり。傭兵として外に出ては他の血を取り入れてきたり。外から血を取り入れるというのは、他種族のお嫁さんやお婿さんを貰って子供を作ること……と聞きました。
そうすることで一族を弱らせず、他の力を削がれた神族の血を集めてより強い個体が生まれるように。
●思い出と役割
巨人の先祖返りで産まれてきた私は胎児の頃から大きく、産まれる時の負荷に堪えきれなかったお母さんは亡くなってしまったらしい。
それを知った時は、私のせいでと泣いたけれど。お母さんの最期の言葉をお父さんから聞いて、今度は嬉しくて泣いてしまいました。
『愛している』
その言葉は、お母さんの遺言。痛みに堪えながら、微笑んで産まれてくる私に言った言葉だとお父さんに聞かされ、それがとても嬉しかったのを覚えています。
お父さんが言うには、髪の色もお母さんそっくりだそうです。
私はお母さんの顔を知りませんから、その色だけが唯一私の中に母を感じられるものでした。
幼い頃から、私の周りには大人と兄や姉のような存在がいて、私より幼い子供はいませんでした。それは神族の何らかの呪いだそうで、『最後に産まれた先祖返り』として大事に育てられました。
身長も十歳を越える頃には大人よりも大きくなっていました。
私の役割は、巨人の『母体』となることだと理解していました。一族を再び巨人族たらしめるために、先祖返りである私が巨人の子を産むこと。そう期待されて育てられたことを知っています。
それを嫌なことだとは思いません。私を育ててくれた一族が私は大好きで、私が一族の役に立てるなら、それを以て恩を返したいと思っています。
そして何より、私を産んでくれたお母さんと、お母さんの分までたっぷりと愛情をくれたお父さんがいてくれたから。
そうして、ようやく私の体は成熟して『母体』の役割が果たせそうになった時でした。
唐突に光に包まれて、私は故郷から別の世界へと召喚されてしまったのです。
●歩く少女の道行きは
私が召喚されたのは『無辜なる混沌』と呼ばれる場所でした。そこに住む人は『混沌』と呼んでいるそうです。
そこは混沌と呼ばれるだけあって、自分のように異世界から召喚されて来た人もたくさんいました。
自分のいた世界とは違う文化、摂理、人。何もかもが違っていて、初めてその世界に来て感じたのは恐怖でした。
私を知っている人はいない、生活も違っていて、心細さと躊躇いがじわりと胸を締め付けて。いつも一族の誰かが、お父さんがそばにいてくれたことを思い出して、苦しくて泣いてしまいそうでした。
それから思うのは、一族がどうなっているかということ。
唐突に消えてしまって、凄く心配しているはずです。迷惑もかけている自覚はあります。きっと探しているでしょう。
私の後には子供はいなくて、それが今なお続く呪いなら、私が帰らないと一族は途絶えてしまう。
それは駄目。絶対に。
一族が滅びてしまうのは、嫌です。
だから、帰ろうと一つだけ心に決めて。
まだ混沌に来たばかりで右も左もわからないけれど。ちょっとしたことですぐに泣いてしまいそうになるけれど。
生きて帰るために動こうと歩みを進めて。
一族の誇りを握りしめるように拳を固めて。
「私は、この世界で生き抜かなきゃいけない」
そう、言葉にして絶望を飲み込んで。
前を向いて私は未知なる世界、混沌を歩き出した。