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貴方と私の異類婚姻前日譚

登場人物一覧

ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
高貴な責務

 夕食を終え、眠るにはまだ少し早い、そんな時間。ルチア・アフラニアがコーヒーと共に自室で読書をしているとドゴッと鈍い音と聞きなれた声で「あ、痛っ」という言葉が聞こえた。今日何度目とわからない音にルチアは読みかけの本を閉じてこれまた何度目とわからない溜息を吐く。
 ここはルチアの住む教会だ。そしてここに住んでいるのはルチアの他にもう一人だけ。当然、音の主はもう一人の方になる。
「今度は何をしたのかしら?」
 部屋から顔を出すとそこにはもう一人の住人、水月・鏡鏡禍が額を押さえてうずくまっていた。状況から察するに壁に頭でもぶつけたのだろう。物が散らかっていない辺りがその証拠といったところか。
「すみません、うろうろしていたらぶつかってしまいまして」
「全くもう、いったい何回目? そろそろ落ち着いたらどう?」
 呆れた声と共に鏡禍に近づいて手をかざすと優しい光が鏡禍を癒していく。大した怪我でもないのについ治してしまうのはルチア自身の甘さかもしれない。
「だって、だって、ルチアさん! 明日は結婚式なんですよ!」
 お礼もそこそこに言われる訴えに、またかとルチアの内心での溜息がまた一つ増えるのだった。

 時は数か月前に遡る。『結婚式がしたい』と言い出したのはルチアの方からだった。
 書類上すでに二人は婚姻関係にある。婚姻というものを理解しておらず、自分のものである証だと婚約指輪しかくれなかった鏡禍を焚きつけて結婚指輪だって用意させた。もちろんそれも身に着けている。
 ルチアの暮らしていたローマは進んだ国だ。書類上で認められているのならわざわざ式をしなくても良いとわかっている。だから言い出したこれは彼女の我が儘で、それでも結婚式をすることは新しい人生を歩むけじめになると考えていた。
 そんなルチアの願いを当然無下にするような鏡禍ではなく、即座に快諾。むしろウェディングドレスはどうしようとか着飾った姿を見るのが楽しみだとか、すぐにそんな想像にトリップするのだから困ったものだ。
 解せない点があるとするならしっかりとした結婚式をルチアなりの方法で行おうと計画を話したら途中で止められて『僕が練達で探しますので!』と押し切られたところだろうか。珍しく引かない押しの強さに任せることにしたが自分の内容に何か問題があったのだろうかと不思議に思ったものだ。
 鏡禍にしてみたら思いっきり神に誓い神に認められるガチガチの教会での式はごめんだっただけである。曲がりなりにも彼は神聖な存在を嫌う妖怪であるし、そもそも彼女の信仰する神をライバル視してるところもある。そんな神に認めてもらわなければいけないなんて鏡禍の主観では敗北宣言もいいところだったのだ。
 ともかく鏡禍の見つけてきた案で無事に式場に日時も決まり、後はその日を待つだけになったのである。
 しばらくは普通の何も変わらない生活だった。おかしくなったのは式を一週間後に控えた頃からだ。鏡禍が挙動不審になり始めた。
 何が変というか、言葉にするなら落ち着きなくそわそわし始めたのだ。
 具体的に言えばうろうろして躓いて転ぶ、壁やドアに身体をぶつけるは当たり前。ようやく落ち着いて読書してるのかと思えばページはなかなか進まないしよく見たら上下さかさま。軽食を作ろうとして塩と砂糖を間違えた挙句、慌てて調味料の入った小瓶をひっくり返す。
 これまで見せたことのない珍しい醜態にどうしたのかと問えばもうすぐ結婚式だから、と言われ。結婚式がどうしたのかと問えば、だって結婚式をするんですもん、としか返ってこない。結婚式を控えているとはいえ、そのせいでおかしくなる原因が全くわからない。
 そして同じようなことを日に何度も繰り返し、しかも日々回数を増やしながら今日に至る。つまり今のこれもそうなのである。

「結婚式って言ったって、特に何も変わらないでしょう?」
「そうかもしれませんけど……でも……」
 目に見えてしょぼんとする鏡禍。ルチアの脳裏を尻尾を垂れて反省する大型犬が浮かんだ。まるで悪戯の現場を飼い主に見つかったようだ。
「でも、ルチアさんのウェディングドレス姿想像したらどうしたって気持ちが浮つきますし」
 訂正。大型犬のイメージが消し飛んだ。この妖怪は何を言っているのだろう。
「あまりに綺麗すぎて他の人が惚れるかもしれないし」
 結婚式の場でそんな不純なこと考える人はいないと思うが。元よりそんな人が招待する友人たちの中にいるとは思えない。
「そもそもルチアさんと結婚、夫婦になるんだなって思ったら、もう……」
 現状すでに夫婦だというのに何が違うというのか。本当にこの妖怪の考えていることが分からない。
 心配性なのだろうが、彼は自分の心を射止めていることをしっかり自覚しているのだろうかとも思ってしまう。射止めている自覚があるのならそんなに心配することもないのに、ともだ。そもそも自分の心が移ろうと思ってること自体ルチアに言わせれば論外なのだが何故だかこの妖怪には通じていない。
「というより、ルチアさんはそわそわしたり緊張したりしないんです?!」
「しないわよ。何が変わるわけでもないのだし」
 いつもと変わらず平然としている様子に鏡禍も思うところがあるのだろう。そう言うがルチアは平気な顔。もちろんすでに夫婦なのだから当たり前のことだ。
 式の流れも手順も確認している。どうやったって失敗のしようもない。不安に思うことなど何もないのだ。
「変わるじゃないですかぁ、気持ちとかいろいろ」
「変わるとしたら書類を出した時でしょう? もう指輪も用意して、あれからどれだけ経ってるというのかしら」
「うぅ……」
 反論のしようもなかったのかまた鏡禍がうなだれた。その背をトントンと叩いて部屋に入るよう促す。
「そわそわしてても怪我が増えるだけでしょう? 癒せるとはいえ傷だらけの身体で式に出るつもり?」
 言外に嫌だと告げれば伝わったようで、頷いた鏡禍は隣にある自身の部屋へと続く扉に手をかけて中に入っていった。彼の頭の中を覗いてみたら、彼女に迷惑をかけるわけにはいかない、だとか、彼女に恥をかかせるわけにはいかない、だとか、幻滅されてしまうかも、だとか、そんなものが次々浮かんでいたのが見えただろうか。
 実際のところ書類を出して正式に夫婦となった時も、結婚指輪ができた時だって、舞い上がって様子がおかしくなるのは決まって鏡禍の方で、ルチアの方はほとんど変化が見られなかったのだが……幸運なことに彼は覚えていなかったようである。覚えていたとしても浮ついた状態では思い出せなかったのだろう。

 鏡禍を部屋に戻して、一人残された廊下でルチアは追加で息を吐いた。鏡禍の態度にではない、話しているうちに先ほどから妙にそわそわしてきた自分の心の内に対してだ。
「……困ったわね」
(今更私も緊張してきちゃったじゃない)
 そんな呟きは口の中で転がして。絶対に部屋に戻った鏡禍に聞かせるわけにはいかない。もういい大人なのだから何事もなく過ごさなければいけないのだ。例え、後は眠り明日を待つだけになっていたとしても。

 ――翌日、なぜだか揃って寝不足気味な夫婦がいたとかいなかったとか。

  • 貴方と私の異類婚姻前日譚完了
  • NM名心音マリ
  • 種別SS
  • 納品日2023年10月30日
  • ・ルチア・アフラニア・水月(p3p006865

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