SS詳細
三日月ふわふわオムレット
登場人物一覧
いつかおまえが家族を振り返るとき。この味も、そのひとつになると……我(アタシ)は、嬉しく思うよ。
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オムレットにはまっている。
オムレットというのは、スポンジケーキのようなふわふわした記事をふたつに折り畳み、その間にクリームやフルーツなどお好みの具材を入れたスイーツのことだ。
ヨタカが再現性東京に出向いた帰り。小腹もすいていたので手ごろな店に入り、その帰りに出会ったのがオムレットというわけである。ふわふわした食感とフルーツやクリームの甘味を大変気に入ったのだろう、ヨタカが良く買って帰るようになってきた。家族にわけても好評である。しかしながら同じ店に繁盛に通おうとも同じ味ばかりでレパートリーには欠けてしまうのが難点か。とはいえ店側に頼むものでもないし、かといって誰かに作らせるのも忍びない。店を新しく探していては変える時間が遅くなるし。と悩みながら帰路についたヨタカの頭に浮かんだ答え。
帰宅し早々に扉を開き、愛しい銀髪の背を探し、裾を引いて。
「ねぇ、紫月」
「ン、どうしたの」
おかえりのキスとともに振り返った武器商人は、やや躊躇いがちなヨタカの頬を撫でて、柔らかく微笑んだ。
願いを口にするのはきっと躊躇ってしまうだろう小鳥のことをよく知っている。だからこそ、言いやすい雰囲気を作ることを心掛けている。きっとなんだって叶えられるし、それが容易であることはヨタカ自身もよく知っていることだろう。故にこそ頼りたくはなかったのかもしれない。ヨタカの口から頼られることを期待しているからこそ甘やかすのはほどほどに。ヨタカ自らがそう望まないことを手助けしてやるのはやさしさではなくて押し付けに近いのだと悟っているからだ。
ぽふぽふと頭を撫でてやれば、目を細めたヨタカ。そのやや冷たくなった頬を温めてやりながら、武器商人は次の言葉が流れるのを待つ。ややあって、ヨタカが口を開いた。
「オムレット……家でも、作れる……?」
ヨタカのひそかなブームに気が付いていた武器商人にとってその頼みはすでに予想済み。愛しい小鳥の頼れる番でありたいのだから、ちょっぴり練習したりもした。もちろん格好つけたいからそんなことはないしょだけれど。
まるで魔法のように。武器商人は振舞うけれど、けれどそれが容易くできるのであれば武器商人はきっと今のようなあり方をしていないだろう。この世には未知と初体験が溢れており、叶うのであればそのすべての瞬間を大事に扱いたい。特別なものであるということ。もう二度と戻ってこないはじめてでさいごであるということを知ってしまったからこそ、その瞬間ひとつひとつをつぶさに、大切に知っていこうと決めたのだ。
よって。武器商人がオムレットを作るのもそのとくべつな初体験の一つ。ヨタカと一緒にはじめてを重ねることも考えたのだけれど。きっとそれも喜んでくれるだろうしそれでもかまわなかったのだけれど、今回はちょっぴりリードしてあげたい気分。なにより、ヨタカひとりに格好をつけたいわけではなくて。今は大事な家族がいる。ならば変に失敗してしまうよりもむしろ、楽しい時間を過ごすためにもちょっぴり頑張ってみたりなんかしたのだ。もとより料理の上手い武器商人なら苦労する相手でもなかったというのは、ここだけの話。
「オムレット? ウン、できるよ。最近気に入ってたものね」
「うん……せっかくなら、色んな味を。知ってみたくて。家で、作るのは……難しい?」
「ううん。材料も手軽だし、家で作るのも簡単だと思うよ。気になる?」
「うん。作って、みたい……」
「わかったよ。それじゃあ今から……せっかくだし、ラスも誘ってみようか」
「そうだね。ラスも、大きくなったから……火の扱いを、学ぶにも。いい時期だろうし」
ラスのこと。2人の小さな愛息子。決して短くはない時間を、家族として。奴隷ではなくひとりのひととして生きていけるように、真心と愛情を注ぎ、自らのこころと想いを知り、そうして手をつないでくれた、ふたりの大事な生きる意味。
「お父さん……あ、パパさん! おかえりなさい」
たったったと小さな歩幅で駆けてくるのがなんとも愛おしい。己の腰めがけて飛び込んでくる様はなんとも可愛らしくてぎゅうっと抱きしめたくなってしまう。否、抱きしめたくなってしまうと思ったころには身体が勝手に動いている。とっくに抱きしめているのだ。
「ただいま。あ、ラス……」
「うん、なあに」
「今から、オムレットを作ろうかって話してたんだけど……ラスも、嫌じゃなければ、一緒に作ってみないか……?」
抱きしめた体はあまりにも小さくて。かつては奴隷として恐怖が刻まれていたのだと思うと、いっとうだいじにだいじに、きらきらした愛情と夢だけを詰め込んでやりたくて。しゃがみこんで目線を合わせて、その小さな耳を撫でてやる。夜明けのきみ。きっともう、暗闇すらも味方だと思えるようになっただろうか? 月も星も傍にあることを知ってくれただろうか。だけれども、怖がることはさせたくはない。そんなわがままで知ったような親心。きっともう、きみは大きく成長しているだろうに。小さなすがたの、きゃらきゃら笑うこどものようなきみが、まだ消えてしまうには惜しいのだ。
「オムレット? 最近パパさんが買ってきてくれていた、あのふわふわ?」
「ああ。俺達が作ってくる、でも、良いけど……ラスが、気になるなら。俺達も、サポートするから」
きゅう、と服の胸元を掴んで。高鳴る胸をおさえて。それから、ラスは口を開いた。
「僕も、やってみる」
●
生地自体は卵や牛乳、砂糖に薄力粉などなど、用意しやすいものを混ぜ合わせるだけの簡単なものであった。
それこそ普段から料理を楽しむ武器商人にとってはあまりにも単調な作業だったし、ヨタカにとっても想像の範囲内といえるものであった。
けれどラスにとってはどれも新鮮。たまごの殻を割るのにすら目を輝かせているものだからついつい口角が緩んでしまう。
「あ、黄身が割れちゃった……」
「大丈夫、どうせ混ぜるからね。でもまだ卵はあるから練習してみると良い」
「いいの?」
「ウン。それに、ちょっと量が増えても三人もいるんだから、すぐになくなってしまうよ」
「そっか……!」
こんこん、ぱか。
「今度はうまく割れた……!」
「ふふ。うまく出来た、ね」
「うん!」
ご満悦なラスヴェーとはこんなにもかわいい。撫でてやれば嬉しそうに目元を細めた。
「普段は同じ味ばかりだろうから、色んな味を……だったかな」
「うん。いちごとか、チョコレートとか。バナナとか、抹茶とか……」
「それならコーヒーとかも良いかもしれないね。ラスは試してみたい味はあるかい?」
「うーん、カスタードに……ケチャップとハムも、食べてみたい」
「しょっぱい味か。我(アタシ)達では思い浮かばなかったねぇ」
「そうだね……じゃあ、そういうものも、用意してみようか……」
食べたいもの。試してみたいもの。どうせならと買ってきたものをキッチンに並べれば、思っていたよりも量が多くなって笑ってしまう。でもいいのだ。今日は家族皆で楽しむ日だから。
「よし、それじゃあ早速焼いてみようか……?」
「ウン、そうしよう。我(アタシ)は果物を切っておくから、ラスはヨタカと一緒に焼いてくれるかい?」
「わかったよ、お父さん」
「ただし、火は危ないからまずはヨタカのお手本を見るんだよ?」
こくこくと頷いたラスヴェートは、自身のために誂えられた台座をコンロの方へと動かして。ヨタカの隣へと並び立った。とはいってもまだまだ身長は小さくて、その様子が愛らしい。こっそりと写真を撮ったけれどこれは武器商人の秘密にしておく。
バターを小さなフライパンに塗って、生地を流し込み、焼く。
「両面を焼くんじゃなくて……」
「うん」
「こうやって……」
アルミホイルで蓋をする。
「蒸し焼きにするのかな……?」
「あ、でもいい匂いがしてきたよ、パパさん……!」
「よし、そろそろかな……」
「ウン。それじゃあこの更にでも盛っておいておくれ」
「じゃあ、ラスも一緒にやってみようか」
「僕も?」
「大丈夫。我(アタシ)達が側にいるからね」
フライパンにじゅわっと溶け込んだバター。その上から恐る恐る生地を流し入れるラス。
まだ火をひとりで扱わせるには怖いけれど、でも家族でならんで一緒に見守っていられるならばきっと安心だから。
最初はちょっぴり焦がしてしまったりもしたけれど、はじめて作ったにしては上々だ。
「ほら、ラス」
「なぁに? ……!」
「ふふ。美味しいかい?」
自分で焼いたオムレット生地にたっぷりのカスタードクリームをのせて。武器商人はラスの小さな口にそれをあてがった。
「あまぁい……!」
へへへ、と口いっぱいに味わうラスヴェートの様子は愛らしくて、愛おしい。
「せっかくなら出来たても食べたほうがいいだろう?」
「ふふ。美味しく出来てるなら、何より……」
「がんばって沢山はやくやいて、パパさんとお父さんも食べれるようにしなくっちゃ……!」
不意な一言に旨を撃ち抜かれる。ああ、自分の子供はこんなにも大きくなったのだと。
じんわりとほのかにひろがる温もりと優しさは、それこそオムレットのようだった。
「できた……!」
きらきらとした瞳でテーブルを見つめたラスヴェート。ここまでの苦労と達成感を思わず声にすれば、ヨタカと武器商人がくすくす笑っている気配がした。
苦戦の甲斐あってか、それはもう沢山のオムレット生地が皿にならんだ。オムレットパーティになってしまうのもやぶさかではない。というかもうパーティだ。
なにより、美味しいものはだいたいできたてが美味しいのだ。エプロンを脱ぐのも忘れて、各々が自分の席についた。
ずらりとテーブルの上に並ぶ姿は圧巻。おもわずお腹が空いた、なんてつぶやきが漏れる。さっきも何回かつまみ食いをしたというのに、贅沢なものだ。
グラオクローネ以来のしっかりとした料理。それから大量生産。ラスヴェートは疲れてしまうのではないかと危惧していたけれど、そんな様子は伺えない。ヨタカはほっと胸をなでおろした。
「じゃあ、あとは食べるだけ、だね……?」
「ウン。好きなものを塗って、のせて、食べるとしようか。頑張ったね、ラス」
「うん。お疲れ様」
「えへへ。パパさんとお父さんもお疲れ様!」
「それじゃあ、せーの、」
「「「いただきます!」」」
手を洗って。それから、手を合わせて。ふわふわのホイップクリームに甘くて酸っぱくて、みずみずしいフルーツの数々。武器商人お手性のカスタードに、いくつか種類を用意したチョコソース。ケチャップ、マヨネーズ、ジャムにいろいろ。ヨタカの用意した抹茶まで、それはもう沢山の具材が並ぶ。
「ん……抹茶、美味しい」
「マーマレードジャムも美味しいね。ラス、ケチャップはどうだい?」
「スイーツっていうよりもご飯っぽくなっちゃったけど、おいしいとおもう!」
あれが美味しい。これも美味しい。なら試してみようか。
普段よりも賑やかな、和気あいあいとした声が家中に響く。あれをとってくれる? とか。これを食べてみてほしいなとか。そんな普段とは違うやり取りに心が踊ってしまうのだ。
お店で作ったわけではないから形は少し不器用で、ちょっぴり焦げていたり丸がへたっぴだったり、でもそんなところもご愛嬌。家族で作ったという現実には何一つ敵いっこなくて、幸せで。
沢山の美味しいと幸せで満ちた夜なのであった。
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「……寝ちゃった」
「ふふ。今日は少し夜更かしだから、お腹もいっぱいになったことだし眠くなるだろうね」
「うん。今日はいつもにもまして、手伝いも頑張ってくれたからね……」
台所に立つ武器商人は今日の片付けをし、ヨタカは柔らかなソファに寝転がったラスヴェートにブランケットを掛けてやった。きっと幸せな夢を見ているのだろう、起きる気配はないし、むにゃむにゃと口を動かす様子はであった頃と変わりない。まだまだ小さな、でも大きくなってしまった。自分たちの愛しい子供。けして血の繋がりはなくとも、たいせつな。とくべつな、ラスヴェート。優しい夜に抱かれた子。
柔らかな毛並みを撫でる。触れられても肩をはねさせることもなければ、飛び起きる様子もない。油断しきった表情とぱたぱたと不規則に波打つ尻尾が、今日をどれだけ楽しんだかを伝えてくれるようで、じわりと幸せがにじむ。
きっとこんな日々がこれからも続いていくのだ。そうやって、どんどん幸せが当たり前になっていて欲しい。お腹いっぱいになって眠る毎日が続いたっていい。
そんな様子を眺めていると、二人分のココアのマグを運んできた武器商人が隣へと腰掛けた。
「ヨタカも、今日はご苦労だったね」
「紫月が手伝ってくれたから、普段よりも楽をさせてもらったよ……ありがとう」
「ふふ、いいんだよ。他でもないおまえの頼みだからね」
夜はすっかり満ちていて。くぅくぅと眠ってしまったラスヴェートはきっと朝まで起きることはないだろう。
「うーん、どうしようかな……」
「せっかくだから、今日はこのまま寝かせてあげようか」
「そうしよう、か……」
「じゃあ、我(アタシ)達のベッドへ運ぼうか」
「ふふ。三人で寝るのは、久しぶりかな……」
家族三人で川の字。なんて、子供じみているだろうか。自室を用意しているから、ラスヴェートが望む時以外は基本的には二人で眠るようにしていたけれど。今日はもう眠ってしまったのだから、ラスヴェートは部屋に帰ることなんてできっこない。甘いバターの香りに満ちたリビングから、ひそひそと星の囁きが聞こえる寝室へと三人、並んでいく。ヨタカがおぶり、武器商人がカンテラで道を照らして。
ぎし、とベッドのスプリングがきしんだときはひやりとしたけれど、そんな音に起きる様子もなく、ラスヴェートは甘い夢を見ていた。
「さて、と……ふふ。熟睡してるねェ」
「起こしてしまうかと思ったけど……安心、だ」
柔くキスをする。ほのかにバターの味がした。
きっと夜は冷えるから。真ん中にラスヴェートを寝かせて、武器商人とヨタカでサンドイッチして。
甘い夢を見て。おやすみなさい。
おまけSS『オムレット』
~TV視聴中~
「オムレットってそもそも何なんだろう……?」
「僕はオムレツの亜種だと思ってたよ」
「実はスイーツらしいねえ……」(スマホぽちぽち)
「へぇ……じゃあ今度、練達で買ってみようか」
「わぁ! 楽しみにしててもいい?」
「任せて……。絶対に、見つけてくるから……」
「(スイッチを押してしまったみたいだねぇ)」(くすくす)