PandoraPartyProject

SS詳細

Juno

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

「良いです?」
 にんまりと微笑んでいる助手――いや、正しくは『思い人の従妹』を見て天川は頭を抱えていた。
 探偵事務所で缶詰になりながら仕事を行って居た天川はよもやその様な依頼が持ち込まれるとは思っても居なかったのだ。
 曰く、結婚情報誌の表紙候補を探しているという依頼人に声を掛けられたのだが自分には何とも縁が無い。伝手を頼って何とかモデルを探してほしいという依頼を持ってやって来たのである。
「で、天川さんなら探せますでしょう」
「……いや、難しいだろう。プロのモデルを探す時間も無さそうだ。切羽詰まりすぎだろう」
「ええ」
 そうなんですよねと肩を竦める水夜子は「と言うわけで、お願いします。私、課題が」などと言い残して去ってしまった。
 残されたのは『結婚情報誌の表紙候補となるモデルを探す』という依頼である。打診を行なうにも時間が無い。そう、明日が撮影日なのである。
 水夜子にそんな依頼を寄越した相手曰く、予定していたモデルが急な体調不良でキャンセルを申し入れてきたらしい。ペアで男女をセッティングしていたが、それがカップルモデルだったらしく相手が違うならば受諾しかねると両者に断られてしまったのだそうだ。
「……うーん」
 さて、どうしたことかと天川はaPhoneのアドレス帳を眺めた。いっその事、男側は自分で済ませても良いが誰か、女性を――そう、例えば自身とならんでも犯罪にならない絵面かつモデルに適している相手を探さねばならないのだ。
 頭に友人達が浮かんだが、外見的には『人間』であるのが望ましい。此処が再現性東京だからと言う理由が大いにあった。それにしたって水夜子のあの意地悪い表情を見ていれば――さて、想像が付いた。
 相手はある意味確定されているのだ。参ったと呟いてからaPhoneでコールを数回。相変わらず多忙にしているのだろうか。折り返し掛かってくるまでは他の仕事に取り掛かろうと天川はaPhoneをテーブルに置いてから重苦しい息を吐出した。
 他の仕事、とは言ったがそんなことに集中できるわけも無かった。そもそも、だ。思いを自覚してから彼女を困らせないようにと其れは其れは丁重に彼女を扱ってきたのである。澄原晴陽という女は恋愛事には特に疎く、他者のことになればそれなりに反応を示すが自分事になると反応からして薄いのだ。
 さて、何と言うべきか。aPhoneの着信音に気付きメッセージを見遣れば『19時以降でしたら』という簡単な文字列が並んでいた。どうやら急患でも入ったのだろう。
 その時間頃に向かうとだけ返してから天川は近くのカフェでケーキとコーヒーをテイクアウトすることにした。
 世話しなさそうな彼女への差し入れと、それから今から頼むことになる依頼の前払いのつもりである。それなりに共に過ごしていたことで晴陽がケーキを頼む際にはモンブランやチョコレートケーキを優先することには気付いて居た。ビターチョコレートケーキとモンブランを一つずつ購入し、持ち帰り用のコーヒーも準備した。
 そこまで用意をして置いてどう言うべきか悩み始めたのだ。晴陽ならば「仕事なら仕方がありません、ご一緒致しましょう」とさらりと応えてくれることだろう――だが。
(いや、晴陽からしてどうなのか……)
 どうにも悩んでしまったのだ。一応、詳細を聞きに昼間には雑誌編集者に合いに行ってきたが、内容がウエディングドレスをモチーフにした水着を着て爽やかなショットを数枚撮らせて欲しいというものだったのだ。
 これから天川は思い人に『ウエディングドレスを着てくれ』と言う申し出と『しかも水着だ』という情報を引っ付けて話さねばならないのだ。
(参ったな……)
 絶対に彼女が偏見で否定する事は無い。否定はしないのだが、待つと、押し付けることはないと言った手前で此れなのだ。天川はいっそのこと此処で思い直すべきかと一応aPhoneで馴染みのある猫耳少女に連絡してみた――が。
「あ、ごめんね。課題が!」と水夜子と同じ応えが返された。大学生組は前期試験が近付いて来た事で忙しなく課題に取り掛かっているのだろう。
 ならば腹を括らねばならぬ。息を吐いてから晴陽が絶賛残業中の院長室の扉を叩いた。
「どうぞ。……ああ、天川さん」
「お疲れ。忙しそうだったな。差し入れだ」
「有り難うございます」
 ケーキを確認してから食器を用意しますと給湯室へと出て行った晴陽を眺めてから天川は深く息を吐く。
 さあ、言わねばならないのだ。今から。彼女の表情は近頃になってから読み取りやすくもなってきた。特に困惑した時は分かり易いのだ。
「お待たせ致しました。差し入れの為に来られたのではないのでしょう? 本題をお聞きします」
「ああ、いや、そんなに難しい事では……ないんだが……その、晴陽」
「はい」
 購入してきた珈琲を啜る晴陽は「何を云い辛そうにしているのだ」と言いたげに眉を動かした。何事か事件でも起きたかのように感じたのだろう。
 いや、何事かあったのはあったのだが――天川一人の心が大きくざわめいているという非常に事件規模が独特な現状なのだ。
「その、晴陽。気を悪くしないでくれ」
「はい」
「ウエディングドレスを、着てくれないか」
「は?」
「しかも、水着なんだが」
「はい?」
 ぽかりと口を開いた晴陽を見てから珍しい表情だと考えてから天川は「違う」と首を振った。
「言い方を間違えた。すまない。困らせたな」
 困惑する晴陽は「詳細をお願いします」と不安げに問い掛けた。第一声はプロポーズ紛いで、次は理解も出来なかった。
 才媛とも言われた彼女の困惑に天川は水夜子が持ってきた依頼であることや、日時などを告げ、『あくまでも仕事』であることを協調した。
「本当にすまない! 依頼が依頼だからな! 断ってくれて構わない!
 本当に女性には大切な事だとは思う。しかも、写真撮影がついてくるとなれば、晴陽の立場もあるだろう!?
 ……だがもし受けてくれるならディナーくらいはごちそうさせてもらう。どう、だろうか」
「そうですね、確かに内容が内容です。写真の撮影もあるとのことですし、それも雑誌の表紙……」
 悩ましげな晴陽は「他の候補はいらっしゃるのですか?」と問うた。天川は首を振る。流石に内容からして晴陽も気軽に受けづらいだろう。
 雑誌編集者には悪いが、この話は無かったことにして――とそこまで考えた所で晴陽は「宜しいですよ」と応えた。
「は?」
 次にぽかんと口を開いたのは天川の側だった。
「ですから、宜しいですよ。お困りなのでしょう。あまりに相手が見つからなかったのでは? ちなみに、男性モデルは天川さんですか?」
「ああ。晴陽が嫌なら今から相手を探しても……」
「いいえ、天川さんと私でモデルの依頼を遂行致しましょう。
 私にもメリットがあります。夜善を婚約者と言い張っていたのも言い寄る相手を避けるためでした。
 ですが、夜善との婚約解消は噂に回っていますし……良い機会です。天川さんと私がその様な関係性であると言い張るのも宜しいかと」
 天川は真面目な表情で言う晴陽に『掘れたことを宣言している男にそんな事を言う』と言いたげな表情をしたが口を噤んでから「宜しく頼む」と頷いた。
 ある種、役得とでも思っておこうか。
 翌日の撮影の際に晴陽は「距離が近いですね」とぼやいたのだが、それはまた別の話なのである。

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