PandoraPartyProject

SS詳細

一等星は願いを

登場人物一覧

ファニー(p3p010255)
ファニーの関係者
→ イラスト

●夜に星降る一等星は
「また来たのか?」
 シリウスは、ファニーのもとを訪れていた。
「偶然だな」、が「またか……」になる。それから、それが当たり前になるのにはそう長い時間はかからなかった。
(モノ好きなもんだぜ、まったく)
 少しすれば、シリウスとて、ファニーの置かれた立場に気が付いて離れていくだろう。
 今日か、明日か、明後日か……。
 そう思っていたのに、シリウスは変わらずファニーのもとにやってくる。
 今日はすがたを見せるだろうか。いや、来ない。きっと来なくなる日が来る……。待っているわけではなかったが、期待するのも疲れた――そう思ってまた悪い「遊び」に出かけた夜もあった。すっきりとした気分で、それでもどこか心に引っかかるものを感じた。
(ま、いないだろ……)
 さすがにこの時間にはいないだろうと思ったが、それでも気になったのだ。心のどこかで待っていたのかもしれない。シリウスはいつもの場所にいて、シリウスはきょとんとして言ったのだ。
「ああ、待ってたのに。今日はこなかったんだね?」
「……」
 バニラアイスのような香りが辺りにふわりと漂った。魔力の残り香だった。シリウスは少しだけ目を細めたけれども、それだけだ。
「ファニー、楽しいことしよう?」
「そりゃあ、ダイタンなお誘いだな」
 シリウスが意味するのは単なる星の観察だったり、ただのお喋りだったりする。
 冷えた空気。澄んだ空。夜に瞬く星々の点をつないで、ただ語り合った。
 二人は、ぽつらぽつらと世間話をするようになっていた。家族の話。それから、星の話。望遠鏡をふたりで回して、交互に空を見上げた。
 同じ星を見ていた。

●シリウスの光
「なんだ、ファニー。最近付き合いが悪いな」
 悪い遊び仲間と言える一人だ。ファニーは、路地裏で声をかけられた。
「先約があってな」
 ファニーは肩をすくめた。そういえば、だんだんとファニーは悪い遊びをしなくなっていた。シリウスと会うほうが好きだった。
「一体何してるんだ?」
「教えてやろうか? 耳を貸してみな」
「ううん?」
「……ナイショだ」
「けっ……」
 舌打ち交じりで去っていく。もとより、下心しかない相手だ。だからこそファニーもまた、それ以上の興味がない。
 それよりもシリウスが気になった。

「ファニーはいつも独りだね」
 ある日、ぽつりとシリウスが言った。
 白い吐息が空に紛れて、消えていった。
「おいおい、薄情なことを言うじゃねぇか」
 おどけてごまかそうとしたが、見透かすような目をしたシリウスは、ファニーの眼窩を覗き込んできた。
 ああ、本当にそうだ。独りだ。独りだと思った。
 独りだ。
 寒い。
 寒さが骨身に染みる。
 骨だけの身体で生まれたファニーは、どこまでも独りだ。
 堂々と、シリウス一緒に表を歩けたらいいのに。そう思ったこともあった。けれどもシリウスを自分の評判に巻き込むわけにはいかない。
「なんて言うんだっけ……」
 指をくるくるとして、「んー」と、シリウスはみせかけだけは不自由な手で空をなぞるようにしながら考えている。
「そうだ、そう、アルファルド」
 そういって、シリウスは微笑んだ。
「俺がシリウスなら、ファニーはアルファルドだね」
 自分の名前の由来す知らなかったシリウスが、ふとそんなことを言い出したので、ファニーは驚いた。
 アルファルド。
 アルファルドのことを、ファニーは知っている。
 アルファルドは二等星だ。その周囲に明るい星がないことから『孤独なもの』と呼ばれている。
「そうか。そうかもな……」
 星はあるのだ。けれども、自分の周りにはない。
……言いえて妙だ。だが、ファニーとしては複雑な心境だった。独りだ。ふたりでいるのに。こうやって星の話をしているのに、心が冷える。
「なあ、それ、どこで覚えたんだ? 本か?」
「図書館で教えてもらった」
「図書館?」
 シリウスは表向きは手足を拘束されている身である。どうやって本を読むのか、というと、蠱惑的な笑みで笑った。
「ほら、こんなでしょ? だからね、司書のひとに本を読んでもらったり星に纏わる話を教えてもらったりしてるんだ」
「ウソつきだな」
「出来ないとは言ってないよ。難しくて、って言ってるだけでさ。みんな親切なんだよ。手伝ってくれるんだ」
 シンセツ。
 ファニーは、住民に対しては、親切だと思うには思うところがありすぎることではあるが、それでもわかる。シリウスが住民の輪に交じって、それから笑っているところはすぐに思い浮かべることができた。
「どこでもそんな感じなのか?」
「?」
 シリウス、と、住民の誰かがやってきて、ファニーは慌てて身を隠した。
「……ねぇファニー、どうして隠れるの?」
「照れ屋なんでな」
「ファニー、今度はさ、昼間に会おうよ」
「また来年な?」
 ジョークでけむにまこうとしたのだが、シリウスは引き下がらなかった。
「ホンキだよ」
「やめておけよ、ひょっとすると知らないのかもしれないが、オレは」
「知らないわけないでしょ? ファニー。それでも、それでもいいんだ」
 けれども、シリウスの目はキラキラと輝いていた。星々のように。
「お願い。ファニーと一緒がいいんだ」

●公然の秘密
「やっぱりやめとこうぜ、ここは……」
 と言ったファニーの言葉を完璧に無視して、シリウスはファニーとお出かけだとはしゃいでいた。
「見て、おしゃれしてきたんだよ」
「いつもと変わらないようにみえるぜ」
 というのは実は強がりだった。昼の下で見るファニーはいつもとは違う雰囲気に思えた。
「なあ、どこに行こうってんだ?」
「たいしたところじゃないよ。だから、緊張しないでいいんだよ?」
「……」
 ひねくれた遊びばかり繰り返していると、様々にいろいろな想像がよぎるものであるが、ファニーが連れて来られたのは、小さな喫茶店だった。からんからんと涼しげなベルがファニーたちを迎え入れた。
(ほんとに堂々と歩いてやがる……)
「やあ、調子はどう? 席、あいてる?」
 シリウスは慣れた様子で店のなかへと進み、奥の席へと向かった。
「いつものちょうだい」
(いつもの?)
 どうやらシリウスは店主とも仲が良いようだった。
「ね、ファニーは何にする?」
 居心地が悪い。
 指先でトントンと机をたたきながら、「紅茶」と言った。
 周囲からひそひそと何か聞こえて来るが、いつもの陰口だろう。そんなすがたも、シリウス気にしないのだった。聞こえていないはずはないのに。
 しかし、思ったよりもひどいことにはならなさそうだ。少なくとも陰口をたたかれるくらいで棲むのなら、安いもんだ。絡まれたりしないのならよかった……。
「じゃあね、ケーキにしようかな。ここのはとっても美味しいんだよ」
 ほどなくして注文した品が届くと、シリウスがそれはそれは可愛らしく微笑んで言った。
「ねぇファニー、食べさせて?」
「……は?」
 虚を突かれ、ファニーは思わずむせそうになった。
 まさに悪魔というような笑みだった。
 それは甘いささやきだった。当たり前のように、ね? と促される。
 テーブルには自分が頼んだ紅茶と、シリウスが頼んだであろうイチゴのショートケーキが並んでいる。
「食べさせろって?」
「ほら、俺って手が使えないからさ、代わりに食べさせて? ケーキ」
 困った顔でシリウスが両手を差し出すと、じゃらりと鎖の重苦しそうな音が鳴る。
(本当は簡単に解けるくせに……)
 にこにこと笑っているシリウスに、ファニーは毒気を抜かれる。
「あーん」……と口を開け、シリウスはけなげに待っている。
 ファニーはしばらく「冗談だよ」と言われるのを待った。だが、ファニーも強かった。
「……わかった、負けだ」
 仕方なく、フォークを手に取った。ケーキの三角形の、先。少しだけすくって、生クリームごとショートケーキを食べさせてやると、シリウスは幸せそうに笑った。ぺろりと生クリームをなめとる。
(何がそんなに楽しいんだか……)
 ひそひそというささやき声が、次第に大きくどよめいた。ファニーのことではなく、シリウスのことだった。
『またやってるぜシリウスのやつ』
『あれで何人目だ?』
『女王の息子もシリウスが相手じゃ骨抜きか』
『スケルトンが骨抜きされたら何も残らねぇじゃねぇか!』
『確かに、こいつは傑作だ!』
「……」
 笑い声。嘲笑が二人を取り囲んでいる。
 笑われるのは慣れている。それよりも気になったのは、誰にでも、というところだった。
 聞こえているだろうに、シリウスは気にせずケーキを味わっていた。おかわりは? と、目線だけで続きを促してくる。
(ああもう、いい、毒を食らわば皿まで、だ。いまさらかわんないな、これは)
 半分ほど食べさせたところで、
「あ、イチゴはファニーが食べてもいいよ?」
 なんて言ってのけた。
 ああ、悪魔。
 色んな相手に同じ手を使っているのだろうか。
 自分もその中のひとりに過ぎないのだろうか。そりゃあ、なんとも。ファニーは言われるままイチゴを自分の口へ運んだ。
 魔法で作った舌に味覚はほとんどないはずなのに、何故だかやけに酸っぱく感じられた。
「ね、美味しい?」
 甘いでしょ、とシリウスは言った。シリウスの笑みは甘かった。もう一口ちょうだい、と、美しい一等星は同じフォークでケーキをねだる。
 唇の隙間から舌が覗いた。
 シリウスは一等星だ。
 たまには、空を見上げているスケルトンだって、星の願いを叶えてやりたくなる。
 空の一等星は、バニラアイスが好きだろうか。ファニーをどう思っているだろうか。

おまけSS『ねぇ、アルファルド』

「ねぇ、アルファルド」
 シリウスは急速に星の名前に詳しくなっていた。
 それはいい。それ自体はいい。星のことを話すのは好きだ。ちょっと面白くないのは、「オレに聞けばいいのに」という気持ちの裏返しである。
「なんだよ、シリウス」
「あ。返事した。シリウスという名前の由来を教えてくれたのは君じゃない、ファニー」
 アルファルド。彼が呼んだ自分の呼び名。独りぼっちの星。たまにシリウスはファニーをそう呼んだ。

PAGETOPPAGEBOTTOM