SS詳細
ふたつの変化
登場人物一覧
●
――ッタァン。
「言ったでしょ、朔。首を傾けないで。平衡感覚がおかしくなると当たるものも当たらなくなるわ」
銃は鳴いてもうもうと煙を吐いただけで、確かに遠方の的には当たっていない。
「首を傾けず、高さを合わせるんだ」
「でもネリア、高さを合わせようとすると首が傾いてしまう」
「貸して。こうするんだ」
朔(p3p009861)の手から
だが、首を右に傾けるのではなく、首を前に出す。そうすることで高さが合う。首を前に倒すでもなく、前に出す。こうしてこう。こうして、こう。朔の隣でしっかりと見えるように何度か繰り返す。
「わかった?」
「うん、何となく」
現代日本から召喚された大学生である朔は、この世界に召喚されるまで武器というものを扱ったことがなかった。せいぜい幼い頃に草野球で握った金属バット程度だろう。だからか自然と何となくで手に取ったのは両手剣。金属バットのように両手で握りしめて振りかぶり、重量に任せて斬り下ろす武器だ。
この世界に召喚されてからずっと両手剣を握っていた朔だが、ある日心境に変化が訪れた。両手剣から銃へと――より殺傷力の高い武器へと持ち替えたのだ。だが朔は元はただの大学生で、武器の扱いには詳しくはない。そして朔の身近で銃を扱う人物と言えば……と、自然な流れでコルネリアへ銃の扱いの教えを乞うたのだった。
「ネリアは流石だな」
銃を扱う時は、顔つきが変わる。手付きとて変わる。瞳は自然と
「そう? 普通じゃない?」
「普段使いしていない銃だって扱えている訳だし」
元はシスターであったはずの彼女だ。銃に対して真摯に向き合って来たのだろうと、朔は思った。
はい、と朔へとライフルを返すコルネリアの表情は、少しだけいつもの雰囲気に戻っている。
その時、さらり、と朔の手をコルネリアの髪がくすぐった。朔の視線が自身の手の甲と、そこに触れているコルネリアの髪。そこから辿ってコルネリアの顔へと行き着いた。
「ネリアの髪ってこんなに長かったっけ?」
朔の何気ない声に、長い髪を伸ばし始めたばかりで余り長いことへの自覚がないコルネリアが朔の手に髪がかかっていることに気付いた。「ごめん、まだ慣れてないんだ」と髪が払われ、朔の手にはくすぐったさだけが残った。
「伸ばし始めたところだから、殆どエクステだけどね」
練達の技術というものはすごいものだ。朔の頬に触れ、コルネリアが摘んでみせた髪の束は本物の髪にしか見えない。どの髪とて色味の違いはあるものだが、コルネリアの地毛と変わらぬ色味で違和感もない。
「いいね、長いのも似合ってる」
「そ? 悪くないでしょ」
「うん」
そこで素直に頷くのが朔らしい。普段は子供扱いしたりしてくるくせに、こういう時だけ妙に素直なのだから。
「でも訓練には邪魔だよねぇ。ちょっと待ってて、縛るから」
「あ、いいよ。全然」
邪魔だなんて思っていないから、と朔が笑った。
「揺れるの綺麗だしさ、見ていたいし」
「……真面目にやりなさい。ほら朔、さっさと構えて」
「はーい」
さっき教えたとおりにやって見せてとコルネリアが言って、朔は銃の扱いの練習を再開した。
「左手、下がってる」
コルネリアの指導は、真面目。その言葉に尽きる。
「それだと不安定でしょ。ブレないように脇を締めて――そう。その姿勢を10分キープして」
真面目であり、厳しくもある。
けれどそれは全て朔のためである。
人を害する道具であるため、慎重に。ターゲットを撃つつもりが隣りにいた人質を撃ってしまいました、ではお話にならない。一般人であれば一撃で殺してしまえる武器なのだ。それを扱う心構えもともに朔へと教える必要があった。
――のだが。
「ああもう。やっぱり邪魔だ」
指導のために朔へ身を寄せたり触れる度、さらりとするそれがコルネリアは気になった。
後ろ髪を適当に引っ掴み、綺麗に整えもせずに一纏めにし、適当に縛ってしまおうとした。
「ちょっと待って」
「何?」
「縛るなら俺に縛らせてよ」
「ええ……」
からかってるの? それとも変な風に結ぶつもり?
コルネリアから心情を隠さぬ胡乱な瞳を向けられても、朔は真正面から受け止めて笑った。
「俺、髪を結ぶの上手いよ。適当にぎゅって結ぶだけだと傷むし、折角綺麗なのに勿体ない。俺にやらせてよ」
「……こんなの縛れればいいじゃない」
面倒くさい工程を挟む必要なんて無い。適当に纏めて、適当な高さでゴムを捻じれば良い。ゴムの間に髪が巻き込まれたとしても解く時に抜けるのはほんの僅かだし、コルネリアはそれくらいは気にしない。
けれども朔は違う意見のようだ。
「まあまあ、面倒とか言わず。これから伸ばすんなら、綺麗にしておく術くらい知っておけよ」
「……綺麗にしなくったって」
「勿体ないってば」
むくれる彼女へ、朔はいいから! と押し通すことにした。
「預かってて」
ライフルをコルネリアへと押し付けるように渡し、彼女の背後に回り込む。
頭の高さは、朔のほうが少し高い。それじゃあ失礼しまーすなんて少し茶化してから、滑らかな髪へと指を通した。
(大人の女性の髪は……そういえば初めてかも?)
朔の髪結い相手は、いつも小さな子供だ。祖母が営んでいる駄菓子屋にやってくる小さな女の子たちが「さくおにいちゃん、かわいくして」「◯◯ちゃんとおそろいにしたいの」と、カラフルな髪ゴムであったり、お花やリボンと言った愛らしい飾りの付いた髪ゴムを差し出してくるのだ。
大人と子供とでは髪質が随分と違う。掬って結んでもすぐにサラサラと溢れてしまう子供の髪とは違い、コルネリアの髪は纏めるのが容易だ。柔らかな手付きで髪を集め、綺麗にひとつに束ねた。
「ポニーテールでいい?」
「何でも良い」
だから早くして。後ろに回ったから朔からは表情は見えないが、きっと何とも言えない微妙な表情をしているのだろう。ぶっきらぼうな言葉に全て滲み出ていて、そういうところがどうにも子供っぽいと常日頃から思ってつい子供扱いをしてしまうのだ。そういえば以前も文句を言いながら口にした癖に甘味を独り占めしようとしたな、なんて事まで思い出してしまう。
(さっきまで格好良かったのにな)
経験と力量の差に、密かに感嘆していたのだ。追いつきたいと思った。彼女が背を預けるに値するくらいに銃の腕を磨きたいと思ったから、その差を埋めようと真剣にコルネリアの手ほどきを受けていた。
「何よ」
「何が?」
「……何か今ちょっと笑ったじゃない」
「そう?」
「アタシ、アンタよりも歳上なのよ?」
また子供扱いしたでしょと口を尖らせるコルネリアは、また子供扱いされて世話を焼かれたとでも思っているのだろう。
「終わったんでしょ。訓練再開」
振り返った彼女は朔が想像した通りの顔をしていて、再度「何よ」と言いながらライフルを押し付けてくる。
照れ隠しか、その後の訓練は更に熱の入ったものとなったのであった。