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SS詳細

古の楽譜を求めて

登場人物一覧

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色


 息が切れる。
 心臓の鼓動が煩い。
 視界の半分は朱に染まり、剣を握る手からは力が抜けていく。
 相棒のリオンも限界に近いのだろう。手綱から感じられる呼吸が荒くなっている。
 霞む視線の先。白く染まった大地には巨大な魔物の影。吹雪の中から鋭い眼光が覗いていた。


 鉄帝を訪れていたイズマは、ローレットで気になる依頼を見かけてそれを受けることにしたのだ。
 ありふれた魔物討伐の依頼。しかし、その報酬は通常の金銭に加えて、その地に伝わる古の楽譜だというではないか。音楽一家に生まれ、自身もまた音楽を愛するイズマにとってはこれ以上ないほど魅力に思えたのだ。

「行こうか、リオン」
 依頼受注の手続きを終えたイズマは、表に待たせていた相棒であるワイバーンのリオンに声を掛けるとその背に跨り、大空へと飛び立っていった。
 目的地は鉄帝の山中にある村。徒歩で行けば数日は掛かるかもしれないが、イズマには頼もしい相棒の翼がある。遅くとも今夜には到着することが出来るだろう。


 上空の冷たい風を切りながら飛んでいくと、山の稜線に沈みゆく夕日を眺めながら村へと到着する。
「いらっしゃいませ」
「初めまして。依頼を受けたイズマという、よろしく頼む」
 イズマの到来を知って村長が出迎えてくれた。挨拶を交わすと村の中へと通されて、村長の屋敷で歓待されることとなったのだった。
「それで、依頼の魔物というのは?」
「はい。それについてなのですが……」
 最近になってどこかから流れ着いてきたらしい魔物の群れで、雪や冷気を扱う力があるらしく、この村も含めて一帯の気温が急速に下がりつつあるらしい。
 言われてみればここに来るまでの道中、まだ本格的な冬には遠いはずなのにかなり冷え込んでいるように感じた。
 周辺の環境に影響を与えるほどの強大な力を持った魔物。しかし、勝てる見込みがあるからこそ依頼を受けたのだ。
 その他にも現時点で分かっていることを可能な限り聞き出すと、その日は移動の疲れを取るため早めに休み、魔物の討伐は明日行うことにするのだった。


 翌朝、朝食をしっかりと採って入念な準備を整えたイズマは、早速村を出てリオンと共に魔物の出現報告があった辺りへと向かう。
 なるほど。まだ冬には遠いはずなのに、辺りには分厚く雪が積もっている。これが魔物の持つ力なのだろう。
 しかし、それはそれとして、上空から眺めていても木と雪が邪魔になって件の魔物がどこにいるのかは分からない。上空を旋回しつつ、腰に差した細剣を引き抜くとその柄を鞍に打ち付けて音を発する。
 小さく軽い音は雪に吸われてしまいその反響もすぐに消えてしまうが、音楽によって鍛えられたイズマの聴力であれば問題ない。
 目を閉じれば、音の反響によって瞼の裏に森の中の様子が広がっていく。それを何度か繰り返せば――。
「あっちだ、リオン!」
 魔物の方も上空の影を察知し様子を伺っていたらしい。木陰で息を潜めてじっとしている姿を見つけることが出来た。
 イズマの指示でリオンは急降下し木々の合間を縫って低空を進むと、すぐに魔物の下へと辿り着く。
 速度を落とさずそのまます進みすれ違うその瞬間。純白の大地に映える漆黒の細剣を閃かせれば、鮮血が散り純白が深紅に染まる。
 悲鳴のような鳴き声を上げて倒れた魔物は、雪豹のような姿をしており話に聞いていた魔物で間違いない。
 しかし、魔物は群れであり一体を倒したところで解決はしない。現に、イズマを追って何匹も近くを走っている。
「4、5、6……」
 雪の中に紛れる白い毛皮で目視では分かりにくいが、走る音でおおよその位置と数は分かる。
 数の有利を活かして間断なく飛び掛かってくる魔物だが、イズマはリオンと一心同体になって木々の合間を飛び、曲芸じみた軌道を描いてそれらを避けると、剣と魔法巧みに使い分け一匹ずつ確実に数を減らしていく。
「っ!」
 そんな折、突如として一帯に響くのは重低音。次の瞬間、正面から無数の氷の礫が飛んできたことを察知したイズマが慌ててリオンの手綱を引いて急上昇させる。
 上空から様子を伺うと、リオンと同程度かそれ以上の大きさの魔物がイズマを見据えていた。
 どうやら先ほどまで戦っていた魔物たちの群れの主らしい。配下では敵わないとみて出てきたのだろう。そこまで考えていると、視界の左半分が赤く染まっていく。
 回避しきれたと思っていたが、氷の礫が左眉の辺りを掠めていたらしい。袖で血を拭うが、視界は赤いまま。目に入った血が流れ出るまではこのままだろう。
「大丈夫だ、問題ない」
 何かを感じ取ったらしいリオンが心配そうに鳴くが、そう声をかけて首筋をさすると改めて魔物を見据える。巨大な雪豹から感じ取れられるのは王者の風格。決して油断できる相手ではない。
 数秒の睨み合い。
 やがて、どちらからともなく動き出した。
 先手を取ったのは魔物側。咆哮と同時に再び氷の礫が放たれる。礫は先ほどの者よりも一回り大きく数も増え、槍のような鋭さを持っており直撃すればひとたまりもないだろう。
 しかし、リオンはその礫の隙間を巧みに掻い潜る。そんなリオンを信頼し、イズマもまた攻撃に専念するのだ。
 上下左右に動く視界の中心には常に魔物を捉えており、しっかりと狙いを定めた上で細剣の切っ先を向ければ、氷の礫を飲み込みさらにその奥に控える魔物の主へと迫る極光が放たれた。
 横へと飛び退きその一撃を躱した魔物だが、魔力の奔流は止まらない。光が魔物を追って大地を薙ぎ払っていく。
「一筋縄ではいかないか!」
 相手は魔物とは言えども、一つの群れの主である。相応の知性を有しているのだろう。雪に覆われた森の中へと消え、イズマの射線を遮ると木の幹を駆け上がり跳躍。
 同じ高さまで跳び上がり、背後から研ぎ澄まされた刃のような爪を振るった。
 リオンの手綱を握り上下に反転させたイズマは、細剣で爪を受け流し落下する魔物の背に刃を振るう。が、浅い。柔軟な毛皮とその下に隠れる強靭な筋肉によって阻まれ、僅かに表面を撫でるだけとなったのだ。


 巨大なる雪豹の魔物との戦いは熾烈を極めた。
 純白の毛皮は雪の中に紛れ一瞬でも気を抜けば見失いかねず、距離を取れば氷の礫が、近づけば爪と牙がそれぞれ襲い掛かってくる。
 しかし、イズマもただやられるだけではない。リオンと心を一つにして空を舞い、氷の礫には魔法で、爪と牙には剣で応じ互角の戦いを繰り広げていたのだ。
 降りしきる雪の中に響く無数の剣戟。白き闇を貫く幾筋もの魔力光。
 豪雪によって生活の場を追われようとしている人々を救うため。
 或いは、自らが率いる群れのため。
 互いに譲れぬ想いを抱きながら、両者は互いを討つために力を振るい続ける。

 再びの睨み合い。既に限界は近い。自分も、そして相手も。しかし闘志は衰えない。
「はぁああああ!」
 猛る魔物の咆哮に負けぬよう、イズマも腹の底から気合の声を絞り出す。
 直後、二人が放った魔力がぶつかり合い空中で炸裂した。威力はほぼ互角。相殺されて相手には届いていないだろう。
 しかし、そんな事を考えるよりも先に体が動いていた。急降下するイズマとリオン、跳び上がる雪豹の王。
 青と白が空中で交錯し、大地へと落下する。
 バランスを崩し雪の上を滑るように不時着したリオンに対し、軽やかに着地してみせた雪豹の王は、ゆっくりと振り向くと敵意を滾らせた視線をイズマに向ける。
 が、次の瞬間には全身から力が抜けぐらりと体が傾いだ。
 細剣を振るい、剣身にべったりと付いていた血糊を払って鞘に納めたイズマは、リオンから降りて魔物の傍らに立つ。
「安らかに眠れ」
 配下の魔物たちの悲し気な鳴き声が響く中、誇り高き王者の最期を見届けたのだった。


 季節外れの雪の原因は間違いなく魔物の群れの主であった、あの巨大な雪豹の魔物だ。それを斃した今、気候は元に戻るだろう。
 魔物の群れも主が討たれたことで遠からず瓦解する。
 村へと帰ってその事を村長に伝えると、来た時以上に喜ばれ盛大な宴が開かれることになったのだった。
「そうそう、忘れないうちにお渡ししておきましょう」
「……確かに。しかしいいのか? この楽譜は相当貴重なものに見えるが……」
「もちろんですとも。それに、今となってはこの村に楽譜を読める者もおりませぬからな」
 過疎化が進み音楽を嗜む者もいなくなり、ただ朽ちるだけの楽譜だ。せめて、それを奏でられる者の手にという事らしい。
 村長の言葉に頷いたイズマは受け取った報酬をしまうと、夜通しの宴を楽しみ翌朝にはローレットへと帰還するために村を出た。

  • 古の楽譜を求めて完了
  • GM名東雲東
  • 種別SS
  • 納品日2023年10月12日
  • ・イズマ・トーティス(p3p009471
    ※ おまけSS『古の楽譜を求めて 後日譚』付き

おまけSS『古の楽譜を求めて 後日譚』


 鉄帝山中のとある村より魔物の討伐依頼を受け、それを見事に果たしたイズマは後日再びその時の村を訪れていた。
 報酬としてその地に古くから伝わるという楽譜を貰い受けたのだが、せっかくなら村の人々にそこに記された楽曲を知って貰いたいと考えていたのだ。
 帰ってから改めてその楽譜を眺めてみれば今の形式とは異なる形式で書かれているだけでなく、古い言葉を使った注釈が幾つも書かれており、それらを解読して今の形に直すのに時間が掛かってしまったが、なんとか形にすることが出来たのだ。
「いやはや、なんとお礼を言えばいいのやら……」
「礼にはまだ早い。さぁ、聞いてくれ。これが貴方たちの音楽だ!」
 広場に集められた村人たちの前でイズマがヴァイオリンを奏でれば、力強い旋律が響き観客たちの心を揺さぶる。
 この村は辺境の山奥にあり、日々を過ごすのも大変だ。土地はやせており、冬には殺人的な寒さに襲われる。しかし、村人の先祖たちはその過酷な環境に負けることなく開拓を行い、この土地に村を作って今までの歴史を紡いできた。
 そんな祖先たちの不屈の精神が込められた、荒々しくもどこか心地よい旋律。
 それを奏でながらイズマが想うのは、あの雪豹の王であった。
 何があったのかは知らないが、恐らくあの魔物も群れの存続のためにこちらへ移動してきたはずだ。過酷な運命を自らの力で切り拓くべく戦い、そして散っていった気高き王。
 出会い方が違えば或いは……。そう思わずにはいられない。
 この曲は過去から現在の村人たちへ贈られた祝福であると同時に、イズマが自らの手で斃した強敵へ贈る葬送の調べなのだ。

「いやぁ、素晴らしい! これほどのものを聞かせて頂けるとは! 先日の依頼の件といい、感謝に堪えません!」
「そう言われると少し照れるな……。と、これを受け取ってほしい」
 演奏を終えてイズマが荷物から取り出したのは楽譜だった。報酬として受け取った楽譜を解読し、現在へ蘇らせたもの。その写しである。
「しかし、依頼の時に申し上げた通り、この村には音楽を嗜む者はおらず……」
「構わない。この曲はこの地にあるべき曲なんだ。それに、今はいなくても、これから出てくるかもしれないだろう?」
 困惑する村長にそう言って楽譜を渡すと、村長も礼を重ねてそれを受け取った。
「さて、それじゃあ行こうか。リオン!」
 この地で為すべきことは為した。イズマは相棒の背中へと跨ると、澄み渡る青空へと飛び立つのだった。

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