PandoraPartyProject

SS詳細

過ぎ去りしチョコレートキャンディ

登場人物一覧

リチャード・ハルトマン(p3p000851)
Ring a bell
松庭 黄瀬(p3p004236)
気まぐれドクター

 これは、とある歪んだ愛情のお話。

 昔々、少し人より裕福なお家に三人家族と一人のお医者様がいました。
 子どもはわんぱくな男の子。少し体は弱いけれど、外で遊ぶのがとっても好きな、普通の男の子でした。
 父と母は優しく、彼を“ベル”と呼んでは抱き締めてくれたり、撫でてくれたり、御伽噺を聞かせてくれたりしました。ベルは父母の事が大好きでした。――でも、少し不思議な事に、其の家には母でも父でもない、もう一人がいたのです。
 其れが“センセー”。どうしてこの家にいるの? とベルが好奇心で聞いた事がありました。彼はにこりと笑って答えます。
「君のお母さんの主治医――判るかな、お医者さんだよ。だからこの家で、お母さんが健康になるお手伝いをしているんだ」
 しゅじい。ベルが其の意味を理解するまでには数年かかるのですが――お医者様が家にいるのは、なんとなくそわそわして。けれどベルにはそのそわそわを正直に打ち明ける勇気がありませんでした。
 だって、お医者さまって注射をする人でしょう? だから、子どものベルは彼が半分怖くて、半分好きという、矛盾した感情を抱えていたのでした。
 だって、お医者さまって注射をする人ですから。センセーは、ベルの事をちくってするんです。ベルを呼び出しては、元気になれる薬だといって注射をしたり。外で転んだベルの膝を、丁寧に消毒してあげたり。
 ベルはお医者さまに複雑な思いを抱いていました。センセーがちくっとした後、熱が出る事があるのは嫌。でも、ちくっとした後や怪我を処置した後にくれるホットチョコレートはとても美味しくて、好き。

「ねえセンセー」
「何かな」
「センセーは、なんでおれをいじめるの?」

 ある日、ベルはそう訊きました。時折ちくっとするのは、センセーがおれをいじめているからなの? おれがセンセーになにかした?
 すると、センセーは逆に彼が不思議な顔をして――あはは、と無邪気に笑います。
 ベルには、僕が君をいじめてるように見えるんだね?
 うん、とベルは頷きます。ぎゅっと膝で拳を握りました。怒られたらどうしよう。センセーに失礼だったら。いや、失礼なんだ。どうしよう、言っちゃった。
 静かにセンセーは席を立つと、ベルの傍に膝を折って屈みました。
「ぼくはね“坊っちゃん”、きみをいじめてる訳じゃないんだよ。ベルは今でも、時々熱が出るだろう? 将来そんな病気を跳ね返せるくらい、強い子になって欲しいんだ」
「……ぼくを、つよいこに?」
「そうだよ。この幻想で一番つよい子になってほしい。君のお父さんとお母さんもそう望んでいる。病気に負けない強い子になって、立派な大人になって欲しいって」
「………」
 確かに、ベルが(其れはセンセーがちくっとするしないに関わらず)熱を出したり咳をするたびに、彼の父母は心配そうにお医者さまに相談していたものです。其れは少し、過敏ともいえる程。
「僕が君をいじめていると思うなら、嫌いになってくれても構わないよ。でもねベル、この家には君の事を嫌いな人間なんていないって事だけは、判って欲しいな」
 其の大きな手でベルの頭を撫でると、ホットチョコレートはいるかい? と、お医者さまは笑って問いました。
 ――おれは、センセーの事、嫌いなのかな。
 ベルは己に訊きました。勿論嫌いではありません。でも、手放しに好きな訳でもありません。……でも、彼は言ったのです。“君の事を嫌いな人間は、この家にはいない”って。だったら、其の言葉を信じたい。みんな仲良しで、病気に負けない、そんなおうちがいい。
 逡巡の後、要る、と一言呟いたベルはさぞ奇妙な顔をしていたのでしょう。お医者さまは彼の顔を見て、懐かしむような、愛おしむような笑みを浮かべたのでした。



 ――黄瀬は目を開けた。
 どうやら机に向かっているうちに居眠りしていたらしい。みみずののたくったような文字とインクの染みが残るカルテを一瞥すると、あくびを一つ。
 何かとても懐かしい夢を見ていた気がする。幻想の片隅、歪だけれど幸せだった日々。あれは何年前の事だったか、思い出す気も起きないけれど。あの頃の自分は愚直で真面目で、医者らしい医者だった気がする。クソみたいに真面目な医者。彼女から離れる事も、真実を打ち明ける事も出来ないで、うろうろするだけの根性なし。
「――どうしてるかなあ」
 其れは彼女の事ではない。自分が育ててきた子どもの事。様々なウイルスや抗体を注射しては、チョコで宥めすかしてきたあの子。もう顔も思い出せないから、会ってもきっと判らないし、判ろうとも思わない。

 ――健康にしているなら、研究の成果もあるものだけど。どうだったっけなあ。

 三十年という月日は人を簡単に変えてしまう。其の細胞の微々たるところまで、自分の知る彼ではないのだろう。ペンをペン立てにおいて、キイと椅子の背もたれを慣らした。らしくもない、昔のことを思い出すなんて。家族とさえ呼べなかったあの子の事を、思い出すなんて。
 しかしまずは……カルテの染みを何とかしなければ。引き出しを探った黄瀬の手に、こつんと何かが当たった。取り上げてみると、其れは棒付きキャンディー。子どもを診たときに貰って、しまって、そのままにしておいたものだろうか。直近の記憶を探ってみるが、黄瀬にはなんとも思い当たるところがなかった。
 いつもなら捨ててしまうのだが、今日の黄瀬は気まぐれだった。包みを破り、口に含む。何とも儚いフルーツの味だこと。
 あの家にあった最大の秘密は、このキャンディーみたいなもの。あまあく、舐めて溶かして、無かった事に。

 ――ああ、病気に負けないいい子に育ったかなあ。
 ――自分があの家の正当な子でない事は、もう知ってるのかなあ。

 口端が歪んだ。別に憎んでる訳じゃない。
 ただ、体も心も強い子に育って欲しかったんだ。
 ……なんだ、結構覚えているじゃないか。黄瀬は昼下がりの陽光を窓越しに浴びながら、気だるく伸びをする。ま、覚えていても今はしょうがない事なんだけどね。
 ふと、診療所のドアをノックする誰かがいる。今度は誰かな。病気? 怪我? 切って済むならそうしよう。
 其の後で甘い甘いチョコレートをあげるから、どうか泣かないでおくれ。

  • 過ぎ去りしチョコレートキャンディ 完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2019年06月11日 21時40分
  • 登場人物2人

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