SS詳細
親愛なる彼女と共に
登場人物一覧
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とある幻想の高級バー。
「いらっしゃいませ」
シックで落ち着いた雰囲気のあるその店は、すらりとした長身の女性バーテンダーが出迎えてくれる。
ムード漂う店内には、常連客の姿がちらほらある。
ある者は格式を感じさせる慎ましやかな衣装を。ある者は瀟洒で煌びやかなドレスを。ある者は威厳を感じさせるフォーマルなスーツを。
そのほとんどが幻想在住の貴族ばかりだ。
他の国のバーもそれぞれの国の特色があってよいのだが、やはり貴族の集まる幻想のそれは格式を感じさせる。
また、各地の酒を幻想に居ながら堪能できるのも、客にとっては魅力なのだろう。
最近では、覇竜産の酒も飲めるようになったのだとか。
その店内に、イレギュラーズが2人、カウンター席に並んで座っていた。
「今日はお誘いいただいてありがとう」
1人は、気品ある白いドレス姿の貴族令嬢を思わせながらも、騎士としての凛とした立ち振る舞いを感じさせる『ヴァイス☆ドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)。
「いえ、こちらこそ嬉しかったわ」
そのレイリーの誘いを受け、バーテンへとオーダーしていたのは、アリシア・アンジェ・ネイリヴォーム(p3p000669)だ。
「……かしこまりました」
丁度、時節は秋。実りの時期とあって、旬のお酒も幅広く楽しむことができる。
紺色のロングドレスを纏うアリシアは淑やかさを感じさせる一方で、聖剣騎士団に属していることもあり、芯の通った強さも漂わす。
「前々からアリシアと二人きりで話をしてみたいと、思っていたのよ」
紹介された際は本当に驚いたと、レイリーは昔を懐かしむ。
2人はカウンター席で隣の席に着き、オーダーを待ちながら思い出を語る。
「昔、闘技場で見た時から気になってたのよ、アリシアの事」
紹介された時は本当に驚いたという当時のレイリーの気持ちを聞き、アリシアは苦笑する。
「あの頃は周囲に珍しい物を見られてる感じだったわね……」
アリシアは『魔法と剣技双方を使う者』は今より少なかったと思い返す。
そんな2人のやり取りは傍から見ていてもかなり絵になる。
スタイルも良く美人、加えて、数々の事件を解決に導く力量もある。
それもあって、幻想でもそれなりの知名度を有するイレギュラーズの2人だ。
「レイリー=シュタインだ」
「隣は……、アリシア・アンジェ・ネイリヴォームでしたかしら」
「おい、声をかけてみろよ」
「やめときなさいな。わたくし達など視界にも入っていませんよ」
酔いどれの貴族達が小さな声で冗談交じりに話す。
彼らだけではない。
遠巻きに彼女達をチラ見したり、眺めている他のバーの客もいたが、さすがにイレギュラーズ2人の話に横やりを入れるほど無粋ではない。
とはいえ、客らは運よく目にすることができたレイリーとアリシアを酒のつまみに、伝え聞く彼女達の武勇伝について語り合っていたようだ。
「お待たせしました。果実酒でございます」
程なく、2人へと甘い香りを漂わす液体入りのグラスが差し出される。
レイリーが頼んでいたのは、白ワイン。
ヴァイスドラッヘという通り名もある彼女に似合う一杯だ。
対比するように、アリシアの前には赤ワインが並ぶ。
こちらは紅蓮ノ戦乙女とも称されており、彼女もそうした色の酒が好みなのかもしれない。
ところで、2人がこうして一緒に過ごすようになったのは、先程話した闘技場での一件の後。
とある同じ女性……緋色の翼を背に生やす元死神女性に惚れたのがきっかけだ。
自分達に等しく接してくれる愛しい天之空・ミーナ(p3p005003)。
彼女の寵愛を受けていたレイリーとアリシアの距離も時が経つうちに縮まって。
「だから、今夜は更に仲を深めたいなって」
アリシアの事も知りたいし、自分の事も知ってほしい。
レイリーの本心を受け、アリシアもまた本音を吐露する。
「えぇ、私ももっと貴女の事を知りたいわ。レイリー?」
少しずつ、胸の高まりを感じるレイリーは綺麗なアリシアに見つめられるだけで、ほんのりと頬を隠してしまう。
それを自覚しつつも、レイリーは優しく微笑む。
「「乾杯」」
声を合わせてグラスを突き合わせた2人はそれぞれのワインを整った口の中へと流し込む。
その味はとても甘く、芳醇で、実に味わい深い。
「今夜は楽しみましょ」
グラスの中の液体を転がしながら、2人はしばし互いの美しい顔に見惚れていた。
その後、レイリーとアリシアは様々なことを語らう。
過去話から始まり、様々な事件や催し物に参加した思い出を回想し、お互いに瞳を細める。
時に笑い、感嘆し、相手の戦功を評価し、やりきれなさを感じ、慰め合う。
それでもしんみりとすることがなかったのは、幾度も話題に上がっていたミーナの立ち振る舞いあって事かもしれない。
互いに中身を変えて頼んだ2杯目。
気分を変えて頼んだ柑橘系の果実酒の入った3杯目。
酒が進み、レイリーは真顔になってアリシアへと問う。
「アリシアはこの戦いの後に終わったら何かしたいことあるのかしら」
折角、2人きりになれたのだから、話しておきたいとレイリーは前々から考えていた。
この戦いとは、イレギュラーズとして、無辜なる混沌を救う為にも倒さねばならぬ冠位魔種との戦い。
残りは少なくなってはいるが、相手も強大な力で立ち向かってくるはず。
それでも、戦いを無事潜り抜けることができればということにはなるが、レイリーは生きて終戦を迎えることを疑わない。
「私は戦いが終わっても、誰かの夢を応援したいって思ってるの。偽善と思われるだろうけど」
実際、やりたいからこそ騎士やアイドルの真似事をしているとレイリーは話す。
――少しでも誰かの夢を守りたい、夢を叶えたい。
そう願って、レイリーは活動しているのだとか。
「貴女らしいわね」
レイリーのやりたい事を聞き、アリシアは息をついて答える。
軍の規律を求められる騎士と多忙を極めるアイドルの両立は極めて厳しい道のりになることだろう。
それでも、アリシアはあまり心配していない。
なぜなら、ここまで戦い抜いてきたレイリーだ。
彼女ならうまく立ち回れそうな印象をアリシアは抱いていたのだ。
「それじゃ、アリシアのしたい事って何かしら?」
「もし、七罪戦や争乱を終えたら……」
レイリーの問いかけに、アリシアは空を仰ぐ。
頭上では、しゃれた照明が幾つも淡い光を放っている。
その光が程よく店内を照らしており、大人のムードを作り出していることもこの店の魅力だろう。
アリシアは元々、死の淵に立っていた身。
自らの本来の運命を全うするのも選択肢……けれども。
「天命が赦されるならば吸血鬼らしく余生を過ごすか。或いは」
言葉を止めるアリシア。
レイリーは彼女が次の句を紡ぐまで黙って待つ。
アリシアはその間、特異点の仲間達や蒼薔薇のお嬢様の顔を思い浮かべていて。
「振り回されるのも悪くないかしらね?」
まだまだ長い付き合いになる。
そう確信したレイリーはくすりと笑って果実酒を飲み干すと、アリシアと徐に顔を寄せ合って。
感じる相手の息遣い。
果実酒の甘さが混じった相手の良い香りが鼻腔をくすぐる。
そして、そっと触れる唇の感触。
が相手の好意を直に肌で知ることができ、この上ない心地よさを感じた。
「もっと、アリシアの話聞かせて」
「ええ」
まだ夜は長い。
2人は心行くまで、語り続けるのである。
おまけSS『まだ夜は始まったばかり』
他の客が帰った後も、レイリー、アリシアの語らいは続く。
バーテンも閉店ギリギリまでいてくれて構わないとのこと。
ラストオーダーのグラスを開けた2人は再び顔を寄せる。
今度は酔って上気した相手の体温を、巡る血の熱さを感じた。
まだまだ、語り足りない2人は荷物を纏めて立ち上がる。
「毎度。2人とも楽しんでおいで」
そう告げたバーテンのママに見送られ、レイリーとアリシアは寄り添いながらバーを後にするのだった。