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君を傷つけた日
登場人物一覧
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ラクリマのひとみが。俺をみあげる。
うるんで。光をましたその目に。すいこまれるみたいだ。
不思議そうに。首をかしげて。俺の名前をよぶ。
しろくて。やわらかそうな肌に。すいついた。
ちいさくて。赤い花が咲く――
――
星降る夜。数年ぶりに再会したラクリマは以前よりも、トゲが取れて雰囲気もやわらいでいた。
最初に出会った時は、危なっかしくて見ていられなかったけど。
ずいぶんと、りりしくなったように感じた。――再会して五分ほどは。
そう。ラクリマは清らかそうに見えて、酒グセが悪い。
見た目が綺麗だから余計にたちが悪い。
俺は寒空の下、酔っ払ったラクリマを背中に背負って、シャイネンハナトの街を宿まで歩いた。
寒いとぷるぷる震えるラクリマに俺のコートをかぶせる。
前言撤回。
やっぱり危なっかしくてみてられない。
●
そんなラクリマと飲み仲間になって。早数ヶ月。
飲む度に介抱して宿まで連れて行く日々。無防備に酔い潰れる姿に。心配は増すばかり。
「他のやつの前でも、そんななのかい?」
「ぅー……」
「危ないよぉー、世の中にはラクリマみたいに綺麗な子を浚ってしまう不届き者がいっぱいいるんだ」
「きれい、じゃ……な、ぃ」
バーのカウンターに突っ伏したラクリマは、不服そうな顔をした。
「そえに、いつも、は……も、と……、ひかえ、め、らし……」
「控え目って。いや、俺と飲む時はベロンベロンじゃないか」
ぐう。俺の話も聞かずにラクリマは寝息を立てだした。
これってさ。本当に俺と飲む時だけなのか。
それは嬉しいんだけど。
いや。でも、心配が過ぎる。
「ねえ、ラクリマ。俺は心配だよ。飲む度にこれじゃあ、気軽に誘えないよ」
「や、だ」
「起きてるし」
俺はラクリマを背負いながら彼の家を目指す。
「いえで、のめ、ば。いい、えす」
「まあ。家だったら酔い潰れても大丈夫だけど」
ぎゅっと肩口のシャツが握られた。
「もう、いっしょ、に! すめば……っ! いい、じゃ、あい……えすか!!! ライセルさ、んが、わるいん、えす! おなじペース、だと。い、ぱいのんで、しあう! いぱい、たのし、くなう、かあ……っ!」
夜の街に響く。ラクリマの声。
背中で暴れるわ。髪の毛をひっぱるわ。運んでやってるのに酷い仕打ちだ。
「わ、分かったよ。じゃあ、しばらくお邪魔させてもらおうかな」
「ん……」
満足したように、寝息を立てるラクリマ。
ああ、本当に。
ほおっておけないんだから――
背中のぬくもりが。心地良い。
そんな事を思うなんて。何年ぶりかな。
勘当みたいに家を追い出されて、フラフラしてたから。
こんな風に心を許す事も、許される事も無かったから。
踏み込んで良いのかな。また、追い出されたりしないかな。
ほおっておけないとか言って、君に構っているのはさ。
頼ってくれる事が嬉しいってのもあるんだよ。
君が甘えてくれるのが俺に居場所を与えてくれるんだ。
ねえ、ラクリマ。
ほんの少しでいいんだ。
俺の居場所になってくれると嬉しいな。
本当は。すごく臆病なんだよ。俺。
だから――
●
「え……、これを俺に?」
「はい。グラオ・クローネですし。酔う前に渡そうと思って」
灰王冠の日。朝からミサンガを作って、街中ではしゃいで帰って来た。
リビングには美味しそうな料理とお酒が並んでいる。
「ありがとう。ラクリマ。開けていい?」
白い包みに青いリボン。それに手紙が添えてある。読もうとすると、それは後でと遮られた。
目の前で手紙を読まれるのは恥ずかしいらしい。
改めて小箱を開くと。
永久をイメージしたリング状のシルバーに深く美しい紫のアメジストが飾られたシンプルなネックレス。
「エテルニタス、です」
「あたたかい……」
再生能力を宿したアメジストはほんのりと温もりを感じる。
「嬉しいなあ。ありがとう。ラクリマ。……どうかな? 似合うかい?」
「えっと、はい。とても。……それ、ライセルさんと同じ瞳の色なんです。アメジスト」
古くからアメジストはお守りとして用いられる。大切な人との絆を深める愛の守護石。
ラクリマがそれを知っているのかは分からないけど、贈り物はどんな些細なものだって嬉しい。
「これは、お返しに気合いが入るね」
「ふふ。楽しみにしています」
ラクリマは微笑む。
「さて、今日はグラオ・クローネです。記念日です。いっぱい飲みましょう!」
「そうだね。いっぱい飲み明かそう!」
――
夜も暮れ。心地よく夜のアルコールを楽しむ時間。
本格的に酔わない内にある程度片付けておいたから、テーブルの上には数種のボトルとナッツだけ。
二人並んでソファでくつろいでいる。パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音がする。
「ラクリマは彼女居たことないの?」
「唐突に、何ですか。……居ませんよ」
「だから恋人達のチョコを割ったりしてたのか」
「もう。俺の事はいいんですよ。ライセルさんこそ経験豊富そうですね。何人彼女が居たんですか?」
「何人も居ないよ。すぐ振られちゃうしね」
「……嘘つき、そんなカッコイイいい、顔で。彼女、いないとかっ! ふられるとかっ! かくしてるんでしょ! それで、俺がかのじょいないの……っ、ばかに、して……、るん、えしょ!」
ラクリマの顔が赤くなっていく。
手にしているのは甘いリキュール。でも、アルコール度数の高いヤツだ。
「いや。馬鹿になんてしてないよ。ほら、瓶持ったままじゃ危ないから」
「や、だー! これはおれ、のー!」
何でこんな時だけ力強いんだ。ちからづくで瓶を奪って落ち着かせる。
フラフラと頭を揺らしているラクリマ。これは相当酔っている。
「あつい……」
そう言うとラクリマは胸元のブローチを外して、スカーフを取った。
露わになる白い首筋。肩や耳がアルコールでほんのりピンクになっている。
――どくん。
心臓が跳ねた。
一気にアルコールが回ったみたいに。思考にもやが掛かる。
触りたい。ふれたい。あたたかさを。ぬくもりを。
俺の指先がラクリマの髪に触れる。
「……ライセルさん?」
見上げてくる大きな瞳。酒に酔って、潤んだ瞳。頬は赤く。唇は紅く。
不思議そうに首を傾げて。見上げてくる。
そっと抱きしめる。壊さない様に力を込める。
あたたかい。人のぬくもりだ。
くらり。とした。
衝動に流されるまま。俺はラクリマの首筋に唇を落とした。
白くて柔らかそうな肌に吸い付いて。赤い花を刻む。
押し返す手は緩く。縋っているように思えた。
もっと、印を残したい。
清らかな肌に。歯を立てる。口の中に鉄の味が広がる。
「痛っ――」
ラクリマの声に我に返った。
視線を上げれば。首を押さえて、目を見開いている。驚愕と動揺が混ざった表情。
ざっと血の気が引く。
「ごめん……悪ノリしすぎた」
「い、え。大丈夫です。びっくりしましたけど」
シャツの隙間から覗く鬱血と歯形。俺が付けた印。
ああ、ダメだ。俺も相当酔っているらしい。
「ごめん」
そう言い残して。俺はリビングを出る。
自室のドアを閉めてうずくまった。頭を抱えて溜息を吐く。
ラクリマから貰ったエテルニタスが熱い。
ぎゅっとシャツの上から握りしめる。
熱い。
どくどくと鼓動を打つように。
俺の心の枷を外すように。
ラクリマのぬくもりがよみがえって。
ああ、これは。
きっと――恋なんだって。
強く。強く。自覚した。