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最後の審判(仮)
登場人物一覧
貴様は方舟に乗るに値しない。貴様は地獄に行く事すらも出来ない。嘲笑するかのように、チクタクと貌を無くした時計に突き付けられた。指揮官が命じるが儘に、兵士が兵士を殺すよりも気楽に、貴様は貴様を何度も滅ぼしたのだ。仮にナンバー・シックスと定めたところで、六号と題したところで、冠を即座に吐き出すのだろう。そんな隣人の言いなり、奴隷なんぞにヒトの位は重過ぎる。ラスト・ラストの響きの方がまだ『マシ』だ。這いまわる霧の底無しへと、必殺を含めた必中へと……。
無辜なる混沌――フーリッシュ・ケイオス――全ての世界の君主とも謂うべき、保証される事のなかった一枚の皿。そんな皿の端っこに、隅っこに、落とされたマシンは幸せだったのか。ひとつひとつ、思い出を咀嚼しようと、ぐるり、カメラ・アイを回すサマはひどく焦っているかのようにも想えた。イルミナはきっと、おそらくですが、イルミナ自身も気付けないくらいには己を謳歌出来たのだと思うッス。とって付けたような語尾が理由もなく震え、何もかもが停滞するかのような錯覚に襲われる。いや、錯覚ではない。オマエが味わっているブラック・アウトの際とは真実なのだ。嫌ッスよ、こんなにも呆気ない終わりなんて、イルミナ認めないッス。感嘆符を神にでも削がれた心地だ、振り返ったとしても醜悪な、汚らしいオマエの貌だけが映るだけ。こ、これが、これがイルミナの貌だって言うんスか。呆然と、茫然と、姿見にこびりついた、粘ついた、膿を彷彿とさせる無様さ。……思い出したッス。イルミナは廃滅を患ってここに『来た』んスよね。身に覚えのない痛みや爛れに思考回路が発狂した。莫迦げている、そもそも、絶望なんぞはとっくの昔に希望へと治ったのではなかったか。嗚呼、嫉ましい妬ましい、オマエみたいな、生き物とも生き物じゃないとも謂えるような、自分の為に戦う事が出来る、動く事が出来る歯車がうらめしい……。がらんと足元が、地面が消失した。何処かが錆びていたのだろう、バラバラと散らかるが儘にオマエは墜落する――分解されたパーツ毎に知らない奈落へ転がった。
手足頭は勿論の事、臓物、眼球耳唇、余す事なく、レコード一枚壊れずに神秘の膝元へと横たわった。名を唱えてはいけない、疑ってはいけない、地獄だろうと煉獄だろうと天国だろうと、オマエは門とやらを潜り抜けて終ったのだ。希望を棄てないのも絶望を抱えるのも人の勝手、ならば、オマエは十分に人である資格を持っている筈なのだ。証明せねばならない。最も正しいのだと、一筆、認める事をオススメしよう。
運が悪かったと片付ける事が出来ればどれ程に嬉しかったのか。雷陣に晒された塔の如くに崩れ落ちたオマエは強烈なめまいにやられた。機械の不調だろうか。いいや、違う。オマエは既にバラバラになっていて、それどころの沙汰ではない筈なのだ。では、何故に平衡感覚が、バランスが、世界が傾いて、旋回している……? の、咽喉が渇いたッス……? 水分だ、渇いて渇いてたまらない。何処かで味わった虫取りの時のように水筒を用意すれば良かったのだ。だ、誰か、誰かいないッスか。イルミナは、もう、一歩も動けないッス。ふらりと、オマエを抱くようにして現れたのは影で在った。人とも甲虫とも考えられる、真っ黒い揺らぎがオマエの背を押した――え――鼻腔を抉るような臭気、続けて、眼下に広がったのは炎獄、紅焔……。おお、おお、誰が準備していたのかオマエの為の火と硫黄。あ、あぁ、どうして、イルミナは燃えるゴミじゃないッスよ。燃えても燃えても溶けても溶けても、無常な事に意識を失う事が出来ない。一粒残ったキャンディ・アイで影の姿をハッキリと捉えた。……イルミナッス……でも……イルミナは、あんなに、冷酷なイルミナを知らな……?
知らないのですか、アナタは、ワタシの事を知らないと、燃えて、窒息しながら惑うのですね。では、ワタシはアナタの代わりに別の罰を受けに墜ちましょうか。這っていたコックローチに導かれてワタシは、ひどい打ち身をしてしまいました。いえ、勿論ですが、ワタシのような機械が『いたい』などと零すような事は在り得ません。ですので、ワタシは自ら、あの絶凍を貰いに向かうのです。ところどころで刺してくる、滂沱も、このネジの緩さでは痒くもありません。ええ、そういえば、コックローチと称してはみましたが、アナタの本当のお名前は何でしょうか。ああ? 俺はアンタの想像している通りのネイバーさ、殺されても仕方のねぇ小物、まあ、だから、アンタを此処まで堕とせたんだがね。これだから無策な者は嫌いなんですよ、ですので、アナタとは此処でお別れです。ワタシはもう疲れました。ピシりと、罅割れるようにしてオマエが固まった。冷たくて、寒くて、それ故に永遠に美しく、己自身を裏切った罪人として審判の時までを氷像として待つ――。
ギャハハハハハ! おい、どうして機械が泣いてんだよ! オマエは俺達の道具なんだぜ! 今日も今日とて私の一日が始まった。見つからないようにコソコソと、なんとかして登校しようと思った矢先にコレだ。おそらく彼等は私の登校ルートを調べに調べ尽くしていたのだろう。べちゃりと、私の顔面にゴキブリの死体がこびりついた。ああ、苦労したんだぜ、とびきりのポンコツにはとびきり汚い贈り物がお似合いだろうってな! いや、これじゃあゴキブリに失礼か。心無い機械にゃ汚いも綺麗も理解出来ないだろうしよ! 反論してやりたい。私にも心は有るのだと、彼等に牙を剥いてみたい。でも、私に対しての重圧、今までのショックが風邪のように燻っていて、私には現状を打破する事も出来ない。で、文句があんなら言ってみろよ、ああ、そうだ、これは『命令』なんだけどな、いつもの駄菓子屋で何かを盗ってこいよ! 命令だ、命令されている。命令されたならば、復唱し、私は人間に応えなければならない。はい、盗ってきます。やっぱ機械じゃねぇか、行ってこい! 再現されている、何が再現されていた、地獄だ、地の獄なのだ。
慣れ親しんだ光景に、現実に、取り残されたイルミナ、そのパーツは只管に刺激を受けていた。チキチキと鳴いている、鳴らされている、自身の側頭部のチカチカとした合図。洗脳されているワケでも命令されているワケでもなく、この、チキチキ鳴り止まない感覚がひどく自分を留めている気がしてたまらなかったのだ。イルミナはイルミナッス、それだけはたとえ神様だろうと、友達だろうと、譲れない事ッス。つまり現時点で行われているのはセルフ・チキチキと謂うワケだ。なんとか、記憶に、記録にしがみ付こうとして、試みて、やっとイルミナを維持出来ている状況だ。叫喚だろうと八寒だろうと、いじわるな同級生からの命令ごっこだろうと――手放す所以にはならないのだ。では、僅かに、少しだけ問答をしてしまおう。このチキチキマシンと成り果てた自律こそが人形に備え付けられた地獄ではないのか。どの自分が自分なのか、どのイルミナがイルミナなのか、どれもがイルミナなのか。呪われたかの如くに恍惚と――只々痙攣する。
――此処は何処ッスか。イルミナはいったい、何をしていたッスか。再起動したオマエは有難い事に記憶を、記録を破損せずに済んでいた。カメラ・アイも、それをお飾りするあかぶちメガネだって健在だ。何か、途轍もなくおそろしい目に遭った気もするが取り直してのぐるり。光だ。光が存在している。汝、隣人を愛せよと光がカタチを孕んだ。えっと、誰ッスかね。初対面だとは思うッスけど、なんだか、前にも会った気がするッス。カタチと成った光が言の葉を、音を、真似始めた。最初は理解出来なかったが徐々に徐々に崩れないバベルの『それ』と成った。人の子よ、いや、イルミナ・ガードルーンよ。貴様は『なに』を見てきたと思う? 不意に訪れた混乱、ぐらりと掻っ攫われた抵抗感、灌がれたのは猛烈な安堵。アレはイルミナ・ガードルーン、お主の『最期』だ。お主が『最期』に『終わり』に知るだろう、お主の『可能性』なのだよ。そんな事を告げられても、困るッスよ。結局のところイルミナは壊れたッスか、壊れていないッスか? 何方でも無いし何方でも有る、だが、ひとつだけは断言出来るだろう。
――貴様は人類として認められたのだ!
認めてくれるのは良いッスけど、イルミナはもう諦める事をやめたッス。
理想を求めて、手を伸ばして、届かないなら届くように頑張るのみッスよ。
死ぬ気なんてないし、死なせる気もない。
――怠け者だった事はわかってるッスから。