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仲良く会話しないと出られない部屋
登場人物一覧
気が付いたら、イルミナ・ガードルーンは、ザビーネ=ザビアボロスとちゃぶ台をはさんで見つめあっていた。
いや、なんで?
頭の中に、大量の『?』が浮かんだ。
「あ」
と、ローレットの依頼受付嬢が、がらり、と扉を開けて声を上げた。
「粗茶ですが」
そう言って、緑茶をちゃぶ台の上に置く。
「ソチャ」
ザビーネがなんか言った。
「……そちゃですか」
「あ、はい」
受付嬢が若干困惑しながらうなづいた。
「なるほど、ソチャというのですね。初めて見ました」
なんかザビーネがそういうので、受付嬢は困惑しながら、
「えと、しばらくお待ちください……」
と、一声残して去っていった。イルミナもいっしょにお暇したかったが、そう言うわけにもいかなかった。
というか、何でローレットの支部(しかも、よりにもよって和風テイストのよくわからん装飾の部屋に)、ザビーネがいるのだろうか。まずそこからわからない。イルミナといえば、それはもう単純な話で、新しい依頼の確認に来ただけだ。が「受付までしばらくお待ちいただきたいのですが待合スペースも人が多く、相席の個室でお待ちいただくことになるのですが」と言われた。まぁ、相席くらいいいか、とここでも軽く承諾した先に向かったら、なんかザビーネがいた。
言うまでもないが、イルミナにとっては、いろいろと思う所のある相手である。先の戦いにて、『ローレットと共闘関係を結んだ』とはいえ、イルミナ自身は、そこに全幅の承諾を抱いたわけでもない。むしろ、そこからはどこか、接触を避けていたような気もする。
何を話せばいいのか、単純にわからないのである。
恨み言か。友誼の言葉か。称賛か。あるいは慰撫の言葉か。
でもそうなようで、どれも違うような気がする。イルミナの電子の乙女心が難しくスパークするような気がした。頭の回路がちきちきと電気信号をやり取りしている気がする。
「イルミナ」
と、ザビーネがイルミナの名を呼んだので、
「はい?」
と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「そちゃです」
むふー、となんか得意げに言ったので、
「粗茶ッスね」
と、イルミナは頷いた。
こいつわからねぇ……。
イルミナは頭を抱えたい思いだった。
敵だったころから、よくわかんなかった。
ちゃぶ台をはさんで座っても、よくわかんなかった。
「イルミナはソチャは好きですか」
どういう意味だ? と、イルミナは訝しんだ。それからちょっとして、「もしかしてこれはドラゴン世間話なのでは?」と、普通の回答が頭に浮かんだ。
「普通ッス」
割と混乱していたので、そっけない言葉が出てしまった。
「普通……」
ザビーネが、うんうんとうなづいた。
「私は飲んだことがありません」
ザビーネが言うのへ、イルミナはうなづいた。
「確かに、さっきそんなことを言っていたッスね」
「これが初めてです」
何か嬉しそうに、湯呑をぐっと握りこんだ。熱くないのだろうか。まぁ、ドラゴンだからな、とか思いながら、イルミナがそれを見つめている。ザビーネは、まるで水でも飲むように、ぐっ、とそれを口に含んだ。熱くないのだろうか。まぁ、ドラゴンだからな。ザビーネは、こくり、と割と上品にのみほすと、
「苦い」
べ、と舌を出した。
「……毒ですか?」
「粗茶ッスけど」
「そうですか……」
肩を落とした。
「先代の怨毒くらいにがかかったです……」
「ザビアボロスの秘毒って粗茶レベルなの????」
イルミナが思わずそう言いながら、湯呑を両手で持ち上げた。口に含む。別に苦くない。ザビーネが、驚いたように固まった。
「イルミナが毒を……!」
「粗茶ッスけど。というか、別に苦くないッスけど」
こいつコーヒー飲んだら死ぬんじゃないかなぁ、と思った。ふと、オブシディアンのナイフが脳裏に浮かんだ。コーヒーのように黒かった。使い捨てのナイフ。
「なるほど……さすが竜と対峙した英雄。認めましょう……」
「これで認められたくないなぁ」
肩を落とした。ついでに、とん、と湯呑を置く。ザビーネは瞳を開かない。右目を見てみれば、かつての戦いで、イルミナたちがつけた火傷の後は、赤く残っている。
竜の再生能力があれば、消せるはずの傷だった。
どうして残っているのだろう、と思う。『竜の再生能力を超えるほどの傷を与えられた』などとうぬぼれて居るわけではない。であれば、あれは意図的に残しているのだと思うのが当然であるが。
反省とかかな、とイルミナは思った。人に、傷をつけられた。その、反省。その割には、とも思う。あまり、その傷を厭うてはいないように感じられた。
聞いてもいいものなのかな、とイルミナは思う。距離感がつかめない。ザビーネが、今どう思っているかも、分からない。例えば、さっきまでの粗茶の茶番は、場を和ませるためのドラゴンジョークの可能性もある。あるかな。ちょっとあると思う。
わからない。でもそれは、当然の事なのかもしれないとも思った。結局の所、それは誰が相手でも、同じなのだ。知りたいと思わなければ、知ることはできない。わかりたいと思わなければ、解りあえない。知りたい、と思った。これまで、なにを、ザビーネは思ってきたのか。今はどう思っているのか。
「ザビーネさん」
「はい」
イルミナの言葉に、ザビーネはうなづいた。
「イルミナは、イルミナッス」
「はい」
「ザビーネさんは、ザビーネさんッスよね」
「はい」
「イルミナは」
少しだけ、息を吐いて、それから吸いこんだ。
「たぶん――ザビーネさんの事を、知りたい、とおもうッス」
「それは」
ザビーネが頷いた。
「私も、そう、なのです。
イルミナ。貴方の事を知りたい。
私は、貴方たちの事を知らなすぎる。知らな過ぎた。
私は、粗茶の苦さすらも知らなかったのです」
そういった。
そういうものなのかもしれない。
「イルミナたちは、お互いの事を、知らない」
「イルミナ。貴方は、私の火傷の跡を見ていましたね。
最初は、貴方達に傷つけられた事実を忘れないために。
今は、何も知らなかった私を忘れないために。
今はこうして残しています」
そういう。それは、ザビーネからの、一歩の踏み込みだったのかもしれない。
「貴方は一つ、私の事を知りました。
次は、貴方の事を、私に教えてください。
それが怒りでも、憎悪でも、構いません。どうか、貴方を、教えてほしい」
そう言われたときに、イルミナは、ゆっくりと目を閉じていた。す、と息を吸い込む。同時に、和室の扉が開かれた。
「イルミナさん、順番です、が――」
受付嬢が、そう声をかけてきた。
「あ、ええと、お話し中でしたか……?」
「いえ」
イルミナがほほ笑んだ。
「大丈夫ッス。また、いつでも、話せるッスから」
「そうですね」
ザビーネが、頷いた。
「イルミナ。また粗茶を飲みましょう」
「ザビーネさんは抹茶ラテとかのほうがいいと思うッスけど」
「抹茶……?」
ザビーネが小首をかしげた。イルミナが笑った。
「次に会うときに、教えてあげるッスよ」
そういうと、イルミナが立ち上がった。ザビーネは穏やかな顔で、それを見送っていた。
扉が閉まると、緊張が嘘のようにほぐれていた。意外と、きっかけとはしょうもないものなのかもしれない。
そう思いながら、ゆっくりと歩きだす。
気持ちは穏やかだったが、それでも「なんでザビーネがここでお茶飲んでたんだ?」という疑問だけは解消されなかった。