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夏空に見守られて何げない夢を描いて
登場人物一覧
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澄んだ青い空が悠久を思わせる広がりをみせていた。
ざざぁと寄せては返す波さえも穏やかで、それは青々と続く海の遠くまできっと変わらない。
二つの青に挟まれて、遠くに雲が泳いでいる。
陽の光は空を差して、けれどまだ大人しく。
「今日も晴れそうやねぇ」
そんな空模様を見上げ、十夜 蜻蛉 (p3p002599)はぴくりと耳を揺らす。
穏やかに吹く潮風に髪が遊ばれる。
「ルシェ、今日がとっても楽しみだったのよ!」
にこにこと隣で笑うキルシェ=キルシュ (p3p009805)の長い髪もゆらゆらと潮風に揺れている。
「ほら、キルシェちゃん。海に入る前は準備体操せんとあかんよ?」
「はーい!」
今にも飛び出そうと言わんばかりのキルシェに蜻蛉は微笑みながらもそう注意をすれば。
キルシェも改めて立ち止まり、しっかりと準備運動をしてから海の中へ。
「浮き輪も忘れたらあかんよ?」
「あっ! 忘れてたのよ! 蜻蛉ママ、ありがとうなのよ」
蜻蛉は空気を入れたばかりの浮き輪を手にその後を追いかければ、気付いたらしきキルシェが振り返る。
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「く、くすぐったいのよ!」
踏み込んだ足元を浚っていく砂にぞわりとしながら、キルシェが先を行く。
蜻蛉はその半歩ほど後ろを続いていく。
浮き輪を置いて、その上に座り込んだキルシェがぷかぷかと浮かび波に浚われていく。
蜻蛉はキルシェの浮き輪の端を掴んで離れてしまわないようにしながら、暫くの間着いて行った。
「綺麗な海なのよ。ほら、下がこんなに見えるの」
やがて海水が蜻蛉の膝丈を越えてお腹の上辺りまで来たところで、キルシェはそんなことを言った。
「本当やねえ」
ちらりと下を見やれば、透き通る海水の中を魚が泳いているのが良く見えた。
「お魚さん達も気持ちよさそうやね」
「綺麗なのよ」
うんうんと頷きながら、キルシェもまたその様子を眺めている。
ほんの少しだけ、感慨深さも感じるのを少しだけ抑えて蜻蛉は微笑んで。
「気持ちいいのよ」
にこにこと笑うキルシェに頷いた蜻蛉は、ふと視線を海原の方に向けてみる。
「キルシェちゃん、見て、あの雲さん」
「えっと、どれどれ~? あっ、もしかしてあれなのよ?」
首をかしげていたキルシェは蜻蛉の指さす方向を見て、少ししてからある1つの雲を見て目を輝かせた。
「リチェちゃんに似てると思わん?」
「そっくりなのよ! 不思議なのよ……あっちはヤドカリさんみたい?」
「そうやねえ……あっちはカニさんかな?」
遠い空の白い雲の形に何となく思いを馳せながら、2人は海を揺蕩っていた。
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穏やかな波面に包まれていた2人は暫くしてから砂浜に戻ってきていた。
ほんのりとした疲労を感じて、休憩の代わりに始めたのは砂浜にお城を作ることだった。
持ってきていた道具を手にぺたんと座って作業を始めてから幾らか時間が経っている。
「キルシェちゃんに、こんな特技があったやなんて」
蜻蛉は形を整えつつある砂浜のお城に少しだけ驚いた様子で微笑んだ。
丁寧に作られつつあるお城は未完成というのに既に立派なものである。
「実はルシェ、土遊びも沢山したのよ!
砂のほうがさらさらで崩れやすいけど、素敵なお城頑張って作るのよ!」
対するキルシェの方は褒めて貰えたことへの嬉しさと自慢できることに照れたようにはにかんでいる。
「うちも頑張らんとねえ……ここの部分はこないな感じでええやろか?」
荒い部分を固め、スコップでささっと削り整形していきながら、蜻蛉はふとそう声をかける。
「ええっと……あ、とってもいい感じなのよ! 蜻蛉ママの所素敵ね!」
ひょっこりと向かいから顔を出して覗き込んできたキルシェはにこにこと笑いながら。
そんなキルシェの様子に蜻蛉の方まで思わず頬が緩み、微笑みを浮かべて応じれば。
形を整え、塔のてっぺんにはリチェルカーレの可愛いお顔が描かれた旗を差して、お城は完成だ。
「ほんに……こんなお城があったら、住んでみたいわ。うちのお部屋はあるかしら」
改めて完成したお城を見やり、こてんと首をかしげながら蜻蛉が言えば。
少しばかり悩むように城を見渡してから。
「蜻蛉ママと縁パパのお部屋は日当たりの良いここかしら。夫婦のお部屋だから広めが良いわね!」
「あら、二人のお部屋もご用意してくれてるん? 嬉しいわぁ♪」
「もちろんなのよ! それで、ルシェのお部屋はリチェがすぐに出られる一階ね!」
楽しそうにキルシェはあそこはどうしよう、ここは何にしようと考えている。
本当にあったらと思えば、自然と笑みがこぼれるもので。
蜻蛉はキルシェのそんな様子を笑みを零しながら眺めていた。
「蜻蛉ママは他にどんなところがあると良いと思うの?」
「そうやねえ……皆でお話しできる場所とか欲しいわぁ」
「それは絶対よね!」
うんうんと頷いたキルシェが「それなら」と考えていく。
「あと、ルシェはお庭もほしいのよ」
「そういえば、まだお庭は作ってなかったねえ」
「そうなのよ! 折角なら作るのよ!」
ふふふ、と思わず笑みをこぼしたところでふと、蜻蛉は視線を下にやって、キルシェの背後に迫るものに気付いた。
「……あら、キルシェちゃん、後ろからお友達が来とるよ?」
「お友達?」
微笑む蜻蛉に首をかしげながら振り返ったキルシェは足元を見て。
「あら、ヤドカリさんも住みたいの? お部屋はここでどうかしら?」
キルシェがひょっこりと姿を見せたお友達にそう言ったところで。
「あら、ヤドカリさんだけやないみたいよ」
ふふふ、と笑った蜻蛉に合わせてまたそちらに視線をやれば、今度は1匹のカニさんがひょこりと姿を見せている。
「カニさんも住むの? それなら……カニさんはここでどうかしら?」
「カニさんと、ヤドカリさんのお部屋まであるん? 優しいねぇ、とってもすてきなお城やこと」
キルシェがカニさんとヤドカリさんの分の部屋も選ぶ姿に蜻蛉は微笑むばかり。
「わぁ!」
ふとキルシェが驚いたように声をあげたので、不思議に思いながらその視線を見やれば。
お城の入り口に向けて、カニがすすす、と入っていくところだった。
「あらぁ、カニさんも気に入ってくれたみたいやねえ」
「そうみたいなのよ」
蜻蛉が微笑んで言えば、キルシェも驚きながら頷くものだ。
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完成した砂のお城を思い出の1枚に収めた後も2人はその後も暫く、海を楽しんでいた。
もう一度海の中に入って浮き輪の上でぷかぷかと浮かんでいると、ふと、蜻蛉は空を見上げてみた。
「……もうそろそろ帰ろうかぁ」
「えー……」
「ほら、お天道様があんなところにおるよ。もうすぐ日が強うなってしまうよ?」
まだ遊びたいというキルシェに、蜻蛉は微笑みながら言えば。
「日焼けですんだらええけど、火傷してまうかもしれんよ」
「それは嫌なのよ……」
「ふふ、また今度来たらええよ。ね?」
「……また来れるのよ?」
「キルシェちゃんが来たいなねえ」
「じゃあ、また来るのよ! 今日は帰るのよ!」
今までの少しばかりのしょんぼりした表情から一変、満面の笑みを浮かべたキルシェに蜻蛉は微笑んで、浮き輪を引っ張って砂浜へと戻っていく。
砂浜に戻り、後片付けを済ませて帰ろうとしたところで、キルシェはふと砂浜を見下ろしてみた。
そこには1匹の蟹とヤドカリがいるではないか。
「カニさんとヤドカリさん、ばいばい、元気でね」
小さくそれらに手を振ってやってから、2人はその場を後にした。
日はまだもう少しだけ高いけれど、今日一日と同じぐらいに命一杯を遊んで、2人はその場を後にする。
「今度は縁パパも一緒に来れたらいいのよ」
「そうやねえ、今度は、一緒に来れたらいいかもねえ」
にこにこと笑いながら言ったキルシェに蜻蛉はそう言って微笑み返して。
そんな2人の帰路を、本格的に空に昇り始めた太陽が、温かく見守っていた。