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雨の日より
登場人物一覧
ぽつぽつと、降る雨が地面を黒く塗りつぶしていく。
――それだけ聞くと、なんだか暗い気持ちになってしまいそうなものだけれど。
見方ひとつで、世界は大きく変わるもの。
くるりと回った青い傘。その下にはシャルレィスがスキップにも似た調子で軽やかに雨粒を蹴飛ばした。なんてことはない雨の日――だったの、だけれど。
「わあ、やっぱりやってるね!」
「よおお嬢さん、いらっしゃい」
ふと思い出した、雨の日だけの商店街。雨の日も楽しくしようというコンセプトのもとに開かれた商店街は一年前のイレギュラーズの宣伝もあり賑わいを見せていた。
訪れたシャルレィスの視線は椅子に座る子供が頬張るソフトに釘付け。こくりと唾を喉へと落とせば、以前に見かけたお店を探して足は進む。
そこを過っていく、一匹の黒猫。――否、ひとりの、黒猫。
「あれ? 雨さん?」
「ん、……ああ、君は」
ぱちぱち瞬いた色の違う双眸は憶えのある彩を宿していた。雨だ。この商店街に来るきっかけになった情報屋である。
「雨さんもここに来てたんだ! 最近見ないから、なんだか久し振りだね」
「そうだね。シャルレィスは元気にしてた?」
「もっちろん! あ、そうだ。これから雨模様ソフト食べようかなって思って」
一緒に行く? なんて声をかければ、雨はこくりと頷いた。
それから少し、二人旅。雨はあの日と同じ黒猫の合羽を被っていた。
「雨さんの合羽、良いよね。この傘もお気に入りなんだけど」
「うん、よく合ってる。どこのお店で買ったやつ?」
最初こそ雨具や商店街に並ぶ品物の話をしていた筈だが、いつの間にか話は変わって昔の事。案内人とイレギュラーズ。顔を合わせる機会が増えれば自ずと世間話くらいはする関係にもなるというもの。
「そういえば、今年の夏もあるみたい。水梱、憶えてる?」
「夏のお花見だよね! 綺麗だったなあ、また行きたいかも」
「……また勿体無い、なんて言わないでね」
からからと揶揄い笑う雨。それにちょっとふて腐れたように頬を膨らませて拗ねてみせるシャルレィス。
時折商店街の品物に話題を飛ばしながら、辿り着いたお店はソフトクリーム屋さんだ。勿論、目当ては雨模様ソフトである。
「雨さん、合羽だとソフト食べれるかな?」
「……あ」
それもそうだ。雨に濡れてソフトがひたひたになってしまう未来が見える。
雨の視線はソフトクリームの看板と、シャルレィスと、――シャルレィスの傘を辿る。じっと見つめる眼差しは一秒。結論は。
「入れて?」
これはいい雨宿りの場所を見つけたとでも言うように、雨はすすっとシャルレィスの傍へと寄った。窺うようにシャルレィスを見た雨の瞳が、なんだか捨てられた子犬のように見えたものだから、ぷっとシャルレィスは思わず笑う。
「もー仕方ないなあー」
「君ならそう言ってくれると思ってた」
代わりに、これを献上しよう。そう言って差し出した雨の手には雨模様ソフトが存在していた。思わず瞬くシャルレィス。店主を見れば気の良さそうな笑顔のままお見送り態勢である。
「いつの間に!?」
「びっくりした?」
今度は雨がくすくすと笑う番。
雨の日だって、過ごし方次第。憂鬱な日も、いつだって笑顔ばかりが溢れる時間だ。
雨模様ソフトは見かけによらずしっかりとバニラの味がした。
「今度、チョコも試してみたいって言ってたんだよね」
「チョコかあ。美味しそうだけど、難しそうだね」
ぱりっとコーンを齧りながら、シャルレィスの傘の下で雨はラストスパートをかける。すっかりコーンの先っぽまで齧って、包み紙をくしゃりと丸めた。シャルレィスも負けじと頬張り、――。
「ん!」
きーん。
冷たい物をたくさん食べた時の、アレである。
思わず立ち止まれば、雨だけが先に一歩を進んで振り返った。
「きーんてした?」
「……きーんてした」
刺す様な痛みに耐えている間に雨はひょいっと包み紙をシャルレィスの手から抜いてゴミ箱へ。流石、雨合羽は機動性が高い。
戻ってきた雨と合流して、また商店街を進んでいく。雨が合羽を買った店を紹介してくれるというから、シャルレィスもうきうきだ。思わず財布の紐も緩んでしまいそう。
歩む道中はまた依頼の話。――かと、思いきや。
「雨さんは黒猫が一番好きなの?」
ねこの話である。
「うん。不気味だとか言われるけど、……かわいいよね?」
「うんうん」
ねこつかいのひとがお休みする事になったあの依頼で、二人は共にねこ好きだと言う事を知っていた。それがなくとも、黒猫合羽ににゃんぽいんとの青い傘を見れば、同志だと言う事は知れただろう。
「またああいうお仕事があったら教えてね! 絶対だよ!!」
「う、うん。……そういえばあの、でこきゅうカード? どうなったの?」
「ふっふっふ、実はね――貰っちゃった!」
にゃあん。
まるで合いの手を打つかのようにジャストタイミングに届いたねこの声。
良かったね、なんて応える筈だった雨の口は音にならずはくりと開閉して視線が彷徨う。釣られてシャルレィスも足元へと視線を落とせば見えた三色。
「にゃんこさんだ!」
野良の三毛猫だ。黒と灰色の境界線より、ほんの少し灰色よりにちょこんと座って見上げていた。その後ろから、のそりと黒猫も顔を出す。
興味は一瞬。猫は気紛れ。
シャルレィスを見上げていた三毛猫は、後ろの黒猫とじゃれ合うように背中を丸めた。屋根の下から飛び出た尻尾の先に雨粒が触れてぴんと耳が跳ねる。不満げな声があがった。
「流石ににゃんこさんは濡れるの苦手だねえ」
「みたい。……ちょっと、狭そうだね」
「んー……あ、そうだ!」
何かを思いついたと言わんばかりの声と共に、シャルレィスはねこたちの傍へと寄っていく。二匹の円らな眸がシャルレィスを見るが、逃げる気配はなかった。どうにも人慣れしているらしい。
シャルレィスが二匹の傍へ置いたのは傘。斜めの傘は雨粒を防ぐ。ねこたちのぬくもる場所が傘の分だけ広がった。
けれど。
「君が濡れるよ」
傘は一本。雨の言葉の通りにシャルレィスの髪が少しずつ水分を含んでしっとりと濡れていく。弾かれた雨粒は重力に沿ってぽたりと黒染めの地面を更に濡らした。
「私は大丈夫だよ」
そう言うシャルレィスの顔に嘘はない。
「濡れるのも結構好きだし、」
ザァアアアアア。
「――って、突然の豪雨ー!?」
軽く雨に降られた程度だったシャルレィスはもうびったびただ。そしてなにより隣にいた筈の雨がいつの間にか屋根の下に避難しているものだから、なんだか可笑しくなって思わず吹き出す。
「雨さん、ずるいよー! 教えてくれたって良いよね!?」
「いやあ、……ごめんね?」
どうにも突発的なものだったらしい。少し経てば雨はまた軽く肌を打つ程度。散策できる雨模様ではあるけれど、シャルレィスの服はもう水分をたっぷり含んで重たい。
「あはは、すごい雨だったね!」
「ゲリラ豪雨ってやつかな」
「ね。でも流石にこれだけ濡れちゃったら帰らないとかなあ」
「それじゃあ、また。雨が降って、偶然が重なれば、今度はお店に案内するよ」
「わ、やった。約束だからね!」
次をしっかり取りつけて、シャルレィスはぶんぶんと手を振り走り出す。雨の日も楽しいけれど、風邪を引いてしまっては元も子もない。雨に後ろ髪引かれながら、水たまりをひょいと飛び越えた。
なんてことはない、雨の一日。そんな、在る日の一幕。