SS詳細
胸に残るはたった1つの硝子のように
登場人物一覧
●
「…………」
静謐が場を支配していた。
時は現在、豊穣郷『神威神楽』水天宮神社。
「……」
集いし4人はある目的のために此処にいる。
長い長い沈黙はこの集会――『トールくんを救う会』が始まってから直ぐに起こった。
議題の当の本人ことトール=アシェンプテルのギフトが事の始まりである。
自他に不幸を振りまく結果にあるギフト。
そこで今回、ギフトとの向き合い方に対する相談として、混沌肯定の影響を受けこそすれ、本物の神様であるところの妙見子に訪れていた。
そんなトールに前々から協力すると言っていたマリエッタはもちろん、そんなマリエッタを気にかけてセレナも着いてきたわけである。
「どういうものか解析しませんと始まりませんね!」
会議早々、そう言ったいざギフトの解析を始めてからこちら、ずっと沈黙している。
数分か、数十分か。どれくらい経ったか、「むむむっ」と妙見子が唸った。
「……そうですね、一旦、このくらいにしておきましょうか」
ふぅ、と一息をついて、妙見子がそれまで閉じたままであった瞳を開く。
「……妙見子さん、どうです?」
「複雑なお話になりますが、準備はよろしいですか?」
妙見子の問いにトールが頷けば、妙見子は再び目を閉ざして、1つ深呼吸をして。
「……まず、このギフトを
これはその逆、このギフトは恐らく、
「……僕を守るために?」
こくりと頷いた妙見子に、思わずトールはきょとんと目を瞬かせた。
「自身に不幸を与え、下手をすれば他者にも不幸を与える効果を持つギフトが……ですか?」
黙って聞いていたマリエッタも思わず口を挟まずにはいられなかった。
「……詳しくは分かりません。ただ妙見子の見た限り、このギフトはトール様を守るために作られた技術です。
それも魔法や魔術、神による加護のようなものではなく……練達で使われているような技術です」
「練達ってことは……科学技術ってこと?」
セレナは思わず首をかしげれば、妙見子はこくりと頷いた。
魔法だとか、魔術だとか、神通力だとか、そう言った物ではないもの、という定義上での科学力。
それがこのギフトの正体であるというのだろうか。
「それで、結局、解呪にはどうすればいいの?」
「方法はあると思います。ただ、無理に解呪しようとすればどうなるのかも分かりません」
重ねて問うたセレナに妙見子はそう言って首を振ったかと思えば、じっとトールを見やる。
「……そんな」
「……しかし、守るためもの、ですが」
ぽつりとマリエッタが言う。
「無理に解呪が難しいとなると、やはり制御できるようにするのが一番ですが」
マリエッタは静かに模索する。
「そうね! 解けないのなら制御できるようにするのが一番だわ! トールはどっちがいいの?」
セレナはマリエッタに感心しながらもそう言ってトールへと声をかける。
「……何が起こるのか分からないのでしたら、ひとまずは制御できるようになれば……」
少し考えて、トールはそう答えを出す。
●
「では、早速、どうやって制御するか考えましょうか」
マリエッタは早速とばかりに本題へと入るべく、こほんと咳ばらいを一つ。
「……まず考えたいのはこのギフトの影響範囲ですね。
そもそもとして、何を以って発生するのか。
私のような場合は当然でしょうけど……トールさん、一度、男装をしてみてはいかがですか?」
「それが出来たらどれだけいいか……」
身も蓋もないことを言い出したマリエッタにトールが一つ息を吐けば。
「女性にだって、『男装の麗人』と呼ばれるような方は居ます。
それが男性としてカウントされるのか……流石に難しいかもしれませんが、試すだけであれば試しても良いでしょう?」
「それで解決できればそれが一番よね!」
そう言って頷くセレナである。
「でもそれ、誰に頼むんです……?」
「それが問題なんですよね……」
吐息を吐いたマリエッタの横で、びしっと手を上げたのは妙見子だった。
「妙見子がトール様にパネェ加護を与えるっていうのは。
……問題はそのためには常に妙見子が一緒にいるぐらいでないといけないのですが」
混沌肯定による弱体化を受ける今の妙見子の神性では縛りが発生しざるを得ない。
「それは流石に申し訳ないですし、現実的ではないような気がしますが」
「ですよね~」
トールの言葉に妙見子も頷くしかない。
「じゃあ呪いを切り離してアクセサリーか何かに封じ込めてしまうとか?
魔法とか魔術じゃなくて、科学によるものなら、ギフトを発生させる装置みたいなのがありそうだけど」
続けて手をあげたのはセレナだった。
直接的にトールへ掛けられた魔法ではないのなら、と。
そう言ったセレナに対して、トールは首をかしげる。
「……それって一体、どういうものなんでしょう?」
「……さぁ? そもそも、それが解ってるならそれを捨てちゃえばいい話よね」
自分で言ったセレナも首を傾げれば。
「何らかの物に移し替えることが出来れば一番ですが……そうですね……
私たちでより強力な呪いをトールさんにかけて無理矢理制御下に置くというのは?」
続けマリエッタは視線をトールへ向けた。
「たしかに、それが出来れば一番よね!」
応じたのはセレナである。まるで名案!とばかりに頷く。
「ま、待ってください! それでどっちも効いたら意味ないですよね!?」
「……冗談ですよ」
制止するトールに対してふふっと笑ったマリエッタはまるで冗談に見えなかったのはさておき。
「でも掛けてみること自体はいい案じゃない?」
「せ、セレナさん!?」
「ギフトが科学で装置みたいなのが存在してるのなら、私達でより強力な呪いを掛ければその装置が反応するかも?」
驚いて見せるトールへと、セレナは先程までとは打って変わって真剣そのものの瞳でそう語る。
「そうですね。弾かれるにせよ私達の呪いが探知するにせよ、何処が原因の根幹かは分かる可能性が高い」
こくりとマリエッタもまた真剣そのものの表情で語る物だ。
「これに関しては魔法や魔術であろうと科学であろうと変わらないわ。医者だって手術前に診療でしょ?」
「もちろん、情報が解り次第、その呪いは解呪させていただきます」
「……本気ですか?」
真剣そのものに頷く2人へトールは表情を少し引きつらせていた。
「分かりました。その、より強力な呪いというのは受けます……」
逡巡の後、トールはふと息を吐いた。
「……後は、このギフトについてですが」
マリエッタは続ける。
「トールさんを守るための技術だと仮定して、1つ疑問があります」
「疑問、ですか」
「トールさんは旅人です。つまり、混沌肯定を受けているはず」
「それはそうね……」
こくりとセレナは頷くものだ。
異世界からやって来た旅人は混沌肯定を受ける。
それは元の世界で余程の弱き者でなければ、多くの場合は弱体化として発揮されるものだ。
セレナ自身にも、妙見子にも覚えのあるそれ。
「――つまり、ギフト自体も弱体化していると仮定すれば、本来のギフトはかなり強力な代物であったと推測できます。
こちらでは戦闘に転用できるような代物ではありませんが……」
「もしかして、向こうでは戦いにも使えるような能力だった……?」
首をかしげるトールの横、驚きを見せたのはセレナだ。
「えぇ、可能性は大いにあります」
こくりと頷いたマリエッタに、次いでトールまでも驚きに目を瞠る。
「とはいえ、これに関してはあくまで仮定です……話が逸れましたが、今後の事を纏めましょうか」
こほんともう一つ咳払いをしてから、マリエッタは言う。
「はい。まずは一度、皆さんに協力してもらって呪い?を受ける。
それでギフトに関する情報が判明したら、今度はそれを何かしらに移して可能なら力として使う、難しければ封印する」
トールが受けた話を纏めれば、3人がこくりと頷いた。
「どうしても無理ならば……解呪ですね」
トールは最後にそうまとめた。
●
「その前に……トール様、もう1つ、言っておかなくてはならないことがあります。
これはきっと、トール様にとっても否定したいことかもしれません」
解呪の話へ続ける前、妙見子はトールへと声をかけた。
「否定したいこと……?」
「はい……トール様、宜しいですか?
恐らくご自身でも気づいてらっしゃらないと思うのですが……
トール様は恐らく、心のどこかで、
「そ、そんな馬鹿なこと! 僕だって、普通に男の姿でいたいです!」
目を瞠り、思わず声をあげていた。
妙見子の視線が真っすぐにトールを見据えている。
友人としての、いわば笑いあっている時のような瞳ではない。
そこにいるのは間違いなく神様だった。
「それも本心でしょう……ただ、同時にどこかで
それがご自身が男性であることを明かすことを恐れてなのか、それ以外の何らかの理由なのかは分かりません。
ですが、妙見子の目には解呪したい、とそうではないの2つの思いが見えます」
「僕が……どこかで解呪をしたいと思っていない?」
真摯に見据える神様の瞳に、自覚無くとも嘘もつけず、トールは小さな呟きを漏らす。
意味が解らなかった。
だって、あの呪いのせいで僕は男として生きていけないのに。
あの呪いのせいで、沢山の人に迷惑をかけているのに。
「トールさん、落ち着いてください――落ち着きなさい。トール」
厳しい声で言ったマリエッタにトールは顔を上げる。
「自分の考えを整理するためにも、まずはあのギフトがどういう由来なのか、教えて貰えませんか?」
「そういえば不幸が降り注ぐ以外のことは知らないわ。折角だから教えてほしいわ」
マリエッタに続きセレナがいえば、トールは一つ深呼吸をしてこくりと頷いて。
「……僕は元の世界である国の女王様に仕えてました。
あれは僕が元の世界にいた時に仕えていた女王様に言われた『女装がバレたら極刑』という言葉が呪いになったもの……だと思っています」
「トールはその人のことどう思ってたわけ?」
「……無茶苦茶な人だと思ってました」
「主として認めてたの?」
セレナの続ける問いかけにトールは静かに頷いて見せる。
「……ふーん」
セレナがどこか驚いたような、感心したような声で呟いた。
「つまりあのギフトはトールにとって
セレナは笑みを浮かべてみせた。
「そんな人から貰った、唯一の繋がりみたいな物なら、どこかで捨てたくないと思ってても無理ないわ」
ちらりと視線を向けた先にいるマリエッタ。
彼女に着いて行くと覚悟を決めているセレナだからこそ――形は違えども覚悟への思いは少しだけ分かる気がした。
「……うぅん」
視線の先のマリエッタは何やら考えている様子だ。
「繋がり……」
そう言われてみれば、そうなのかもしれなかった。
今でこそ機能停止した輝剣も、AURORAも元の世界由来の物だが、確かにあの言葉は彼女から貰った過去と現在を繋ぐ繋がりの一つだ。
自分の心と向き合いきれずに安易に解除しようとする限り、解呪できないのかもしれなかった。
(……僕はこの呪いのことをどう思っているんだろう)
――女装がバレたら極刑。それは、彼女に命じられた最初の命令にも等しい言の葉だった。
「そうですね、解呪をするのはその辺りの気持ちを整理出来てからの方が良いかもしれませんね」
マリエッタはそう結びながらも、少しばかり考えた様子を見せた。
「しかし……あのギフトが科学技術で、その発端となる言葉がその女王の手によるもの――だとすると」
ぽつりと小さく呟いた。
「ギフトの発生そのものに、その女王が関わっている可能性は捨てきれませんね。
トールさんが旅人でなければ、直接聞くのが手っ取り早いのですが……」
そう呟くマリエッタの言葉を最後に、一旦の解散となった。