SS詳細
悪童二人、商人が一人
登場人物一覧
●
「面白いコに合わせてあげよう」
全てはクウハの主人、武器商人の其の一言が発端であった。
喧騒。喧騒。喧騒。
ラサの片隅に位置する此処、サヨナキドリの傭兵支部はいつだって騒がしい。
そも、砂の民相手の商談は、多少強気でなければ務まらない。用心深く足元を見て来るのはこちらも向こうも同じ事。何処で妥協するか、其れが要点なのだと武器商人は語る。
「……普通に過ごす分には、他の街もラサも変わらないように見えるけどな」
「そうだね、そうかもしれない。けれど――あの“紅血晶”をバラまくのに此処を選んだのも、ラサの気性があるんだと我(アタシ)は思うよ」
「吸血鬼どもが?」
武器商人はクウハを護るように――或いはクウハに護られるように――支部の人混みの中を歩く。どうやら目的地があるようだったので、クウハは大事な主人を護りながら、其の足取りを邪魔しないように進む。
「売れそうなものに飛びつく……といったらいいのかね。常々事前調査なしに飛びつくなとチヨには言ってある。今回は其れが功を奏した訳だけど、一人跳ねっ返りがいたんだ」
「――……まさか、オレに会わせたい奴って」
「こぉりゃドレ坊!!! またお前は物陰でサボりおって!」
其の時だった。
しわがれて、けれどよく通る声がラサ支部に響き渡る。
誰もが其の声量に一瞬意識を奪われる中、武器商人とクウハは其の声の先へ視線をやっていた。
そして其の声の先、面倒臭そうに宝石の鑑定をしているのは――
「……ンだよ婆さん、あんまり大きい声出すと腰壊すぞ」
――ラサに紅血晶を持ち込んだ男。
――裏切って、裏切った男。
――或いはただの、熱心な商人。……といっても、物陰で座り込んでいるのだが。
彼の名はドレッドレオ。
武器商人が其の審美眼を以て、クウハと『似ている』と印象する男。
●
「来るなら言ってくれれば歓迎の準備をしたんだが」
「別に良いよ、そんなの。それから……珍しいじゃないか。キミがおサボりなんて」
「別にサボりじゃねえ。……サボりじゃねえが、……あー……何処か店入るか。あんたの奢りで」
「我(アタシ)の?」
「そう」
「いいよ」
「いいのかよ。――あと、そっちの……さっきから俺に威嚇してる兄さんはなんだ?」
ドレッドレオと武器商人、そしてクウハはラサの街に出ていた。武器商人自らが会いに来てくれたんだからおもてなししな、という有難いチヨのお言葉である。
ドレッドレオは知った様子で目的の店まで歩きながら、自分と武器商人の間を歩く青年を示した。
「あれ、知らなかったっけ。このコはクウハ、我(アタシ)の猫さ。可愛いだろう?」
「……どうも。なあ慈雨、本当にこいつとオレが似てるってのか?」
「似てるとも。今の表情とかもうソックリ。鏡みるかい?」
「「いらねえ」」
けらけらと武器商人は笑う。
ドレッドレオは心の中で思った。『こいつ、猫呼ばわりされても平気なんだ……うわぁ……』
クウハは心の中で思った。『こんなクズ一歩手前の野郎と似てるのかぁ……うわぁ……』
――クウハの考えている事は、パスを通じて武器商人にも伝わる。
余りネガティブな思いを伝えたくはないけれど、其れでもクウハは思わずにはいられなかった。
だって、こいつはラサに厄災を持ち込んだ男だ。ある程度のいきさつは知っている、最終的に吸血鬼さえ裏切った男だ。最終的にこちら側にいただけで、やった事は裏切りと騙しの繰り返し。
――……。いや待てよ。オレもそこまでじゃないけど、割と裏切ったり騙したりはするかも……しないとはいえない……いや、慈雨を裏切る事は絶対にないけど……
思い悩むクウハに、武器商人は見透かしたようにくすくすと笑う。
その点、悪童としてはドレッドレオの方が成熟しているのかもしれない。胡散臭い笑みを浮かべて、クウハに手を差し出した。
「ドレッドレオだ。宜しく」
「……どうも」
我に返ったクウハは其の手を取る。
そうして、けど、と言い置いた。
「オマエの商談には乗らない」
「――へえ、いいね。其れくらいの方が乗せ甲斐がある」
「乗せられるとでも? やってみろよ」
「落ち着けよ坊や。俺はあんた達に相談があるんだ」
手を離したのはドレッドレオ。
そうして両手を上げて降参の意を示したのもドレッドレオだった。そうしてドリンクが巧いと評判の店に入る。
詳しい話は中でしようぜ、と。
●
「――……誤魔化し?」
ドレッドレオの相談は、思いのほか深刻なものだった。
「そうだ。ラサの宝石市場は紅血晶が抜けてから結構衰退したんだが……アレだけ良いものを見た後なら他のものなんて同じに見える、とか思ってるんじゃないか? 安い宝石が時々、A級のかごに入れられてるんだよ」
基本的にサヨナキドリでは、宝石は一度集められ、等級をつけられてから市場に出される。勿論自分のやり方で等級を付ける商人もいるが、基本的にある程度の規則にのっとる。紅血晶の件があってから、この辺りは非常に厳しくなったはずだ――とクウハは記憶している。
「で? 其れをみたキミは?」
「勿論取る。で、見合った等級の宝石かごに入れてる。けど、一部の奴らは俺のやっかみだって五月蠅いんだよ。チヨの婆さんに告げ口する奴らまでいやがる」
「……。クウハ、どう思う?」
「そりゃあまあ、A級の宝石を取って下級のかごに入れてるのだけを見たら、宝石の価値を下げさせようとしてるようにしかみえねぇな。しかもドレッドレオは元犯罪者だ」
「良い訳できねえな。其の通りだ」
「だけど、チヨさんも其の程度の悪口でアンタの評価は下げないだろ」
「――其の通りなんだがな。守り切れねえとも言ってたよ。俺は首輪付きで、他の商人からはただでさえ疎まれてるのにってさ」
「そうだろうねえ。……成る程、其れで? 我(アタシ)たちに証人になって貰いたいと?」
「――証人、そうだな。其れでも良い。俺が宝石を取った時、恐らく次は“必ず”邪魔が入る筈だ」
俺の計算が正しければな、と言うドレッドレオ。其の表情には笑みが浮かんでいた。
クウハには判る。これは、悪巧みの顔だ。
「其の時にあんた達に協力して欲しいんだ。俺一人の力じゃ駄目だ、まだ足りねえ。チヨの婆さんだけでも足りねえ。だがマスター、アンタと……あー、ネコチャン?」
「お前にネコチャンって呼ばれる筋合いはねぇよ。クウハだクウハ」
「クウハね、ハイハイ。クウハの力があれば――アンタらは詐欺師を追い出せる。俺は少し、このラサ支部でのし上がれる」
「……其れは商談か?」
クウハがキラリと尖ったナイフのように睨み付ける。
マスターは、武器商人はいつだってヒトに甘い。腕の内に入れたものにはいっとう甘いけれど、其れを抜きにしても人好きだ。
だから代わりに、クウハが牙と爪を磨くのだ。こういった“些細な問題”を大丈夫だよと安請け合いしてしまわないように、もし何かあっても、“至らなかった自分を罰すれば良い”ように、クウハが矢面に立つのである。
ドレッドレオは少しの間考えた。そうして、いいや、と頭を振った。
「俺は俺なりにサヨナキドリの事を考えてるってだけさ。別に首輪を外せと言っている訳じゃない、……俺は、高いにせよ低いにせよ、不当な価値が付けられるのが死ぬほど許せないだけだ」
――クウハは、少しだけドレッドレオへの評価を改める。
其の顔は真剣だったからだ。握った拳から、ぎりり、と音がしたからだ。
彼は真剣に、物の価値は質に正直であるべきだと思っているのだ。
「――頼む。協力してくれ」
●
サヨナキドリ、傭兵支部。午後。
働き始めた鑑定人たちの席に、少し休憩を挟んだドレッドレオが戻る。誰にも邪魔されない隅で鑑定をして、籠に放り込む。
武器商人たちは其れをゆっくりと見て回っていた。表向きはただの視察だ。
「――……慈雨。ドレッドレオの読みは当たると思うか?」
ひそり、とクウハが囁いた。
さあね、と武器商人が答える。其の楽観的な答えに準じて、其の思いもまた、楽観的なものだった。緊張など全くない。
「我(アタシ)らがいなくても、チヨがどうにかするだろうし……我(アタシ)らが此処にいなくても、ドレッドレオが言った問題を解決する方法は幾らでもある」
「……だよな。例えば疑いのある宝石を本部に送ってもらうとか、出来る訳だし……」
「――まあでも。折角可愛いコがドッキリをしかけようって言ってるんだ、面白そうだし見ていこうよ。ねえ、我(アタシ)の可愛い猫」
猫にそうするように、武器商人はクウハの喉元をくすぐる。
触れられた箇所が心地良くて、遊ぶようにクウハはくるくると喉を鳴らして見せた。
――其の時。
「おい、ドレッドレオ!!」
――さあ、始まったぞ。
「お前、宝石を盗もうとしたな!」
「……盗む? 俺が?」
「じゃあ其の手にある宝石はなんだ、言ってみろ!」
「あんたが鑑定した宝石だな」
「そうだ! 皆! こいつは横合いから俺のスペースに手を伸ばして、A級の宝石をこっそり盗もうとしたんだ!」
「ドレ坊、ペリ坊、落ち着きな」
まずはチヨが二人へ近付く。
ペリ坊と呼ばれた男は顔を真っ赤にして、今回だけじゃない、と怒る。
「俺は黙っててやったのに……ドレッドレオは二度も、三度も、俺の鑑定した宝石を盗んだ!! チヨさん、こいつはやっぱり信用できない! 紅血晶を扱っていた奴だ、宝石の魔力に取り憑かれてるんだ!」
「落ち着きなと言ってるんだよペリ坊。確かにドレ坊はあんたの宝石を取った、だけどそれは――」
「理由がある。だよね、ドレッドレオ」
さあ、デウス・エクス・マキナの出番だ。
全てを一太刀のもとに解決に導く、サヨナキドリの主の出番だ。
武器商人はクウハを連れて、騒ぎの中心へと歩み寄る。
「ああ。……あんた達なら判る筈だ」
ドレッドレオは青い宝石を差し出す。
其れを受け取ったのはクウハだった。武器商人に戯れの合間に教わった鑑定技術。ドレッドレオにあの店で教わった事を思い出しながら、はあ、と息を宝石に吹きかけた。
青い宝石は一瞬真っ白に染まり。
『ばらばらに』青い色を取り戻す。
「……曇りが均一に消えない。これはよくてB、さもなくばCの等級になる筈だ」
「――……ペリデュート・アンティ」
これは、どういう事かな。
クウハの言葉を受けて、武器商人は厳かに問う。
ペリデュートの顔は真っ青だった。
「今日は“ちゃんと”A級を見定めているのに、って顔だな」
クウハが言う。
ドレッドレオは其の言葉に、口端がつり上がるのを抑えられなかった。
「アンタが常々A級を水増ししてるのはもうバレてたんだよ。そして、アンタの鑑定眼はその所為ですっかり衰えたんだ。『A級でいいや』とか思ってたんじゃないのか? 誤魔化し続けてると自分の目には偽物が本当に見えるモンなんだな」
「あ……ち、違う、俺は、俺は……! こんな犯罪者がサヨナキドリにいて、俺はずっと鑑定夫なんて許せなかったんだ! なんで、」
「何でも何もないよ」
えらいね、とクウハの頭を撫でて、武器商人は言う。
「ドレッドレオが其処にいるのは、もう一度イチから始めると言ったからだ。なんなら鉱山送りでも、ドレッドレオは仕事をしただろう。……キミにだって、我(アタシ)はチャンスをあげたかった。でも、キミは鑑定夫『なんて』って言ったね。もう少し最初から勉強してくる必要がありそうだ」
「……そんな、……違う、俺は……マスター!」
「あとはチヨ、任せていいね?」
「勿論ですよ。ペリ坊は鉱山でとっくり、石と語らい合って貰いますとも」
●
「――とまあ、一件落着って訳だ。あんたの一声がなかった此処まで巧くは収まらなかった、ありがとなマスター」
「どういたしまして。我(アタシ)の猫と可愛いコの大立ち回りが見られて我(アタシ)も得ってもんだ」
「……なあ」
「どうした、ネコチャン」
「お前がネコチャンって言うな。……アンタ、隣の人間が鑑定した宝石を勝手に見てた……って事だよな?」
「ん? ああ」
「カゴに入ってたんじゃなく?」
「……まあ、鑑定カゴには入ってただろ?」
「おい」
「~~~~♪ おっと、俺は仕入れの仕事仕事」」
「おい。おい! 待て、逃げんな!!」
そんな二人の様子を見て、愉し気に笑うは武器商人。
やっぱり会わせてみて正解だった。悪童二人、可愛らしいったらないね。