PandoraPartyProject

SS詳細

切り取られた時間の中で

登場人物一覧

ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
懐中時計は動き出す


 手元の僅かな灯りだけを頼りにして、人気のない道を歩いている。
 吐息は白く、時間帯のせいか、眠気で瞼がやけに重たい。可能なら、まだ宿の毛布にくるまっていたいくらいだ。
 だが、海から覗く日の出が美しいと聞いたものだから、こうして早くに体を叩き起こし、足を運んでいる。
 仕事を終えてもこの町に残ったのはその為だ。滞在している宿の客が、それはそれは眼を見張るものだったと自慢気に語っているのを耳にしたのだが、任務優先で体を空けることが出来なかったのだ。
 だからこうして、自分以外の仲間が帰ると言っていても、ひとりこの町に残ることにした。
 と言っても、長期間のつもりはない。一日だけ。その日の出を見るために一日だけ自分の休暇とすることにしたのだった。
 ざぐりざぐりと、湿気った落ち葉を踏む音が心地よい。足裏から伝わる柔らかくて不安定な感触が、時間と季節を声にしているかのようだった。
 枯れた木々の合間を抜けると、海岸が見えてくる。と言っても、まだ日が昇りかけてもおらず、真っ暗で深い闇の底のようでしかなかったのだが。
 これが、朝日の橙に照らされればどのような顔を見せてくれるのだろう。そう思う期待感だけで、身を縛るような寒さにも耐えられるものだ。
 体をゆすりながら、その時を待つ。
 しかしだ。空が微かに白み始めた頃、雲が増えてきて、雨が振り始めた。ずぶ濡れになるほどではない。ほんの小雨では有るのだが、これでは太陽も薄雲に隠れてしまうだろう。
 ため息をついて、宿への帰路につく。期待をしていただけに、落胆も大きかった。眠気でぼうっとした頭の中で、予定の記憶を引き上げる。もう一日ならなんとかなりそうだ。路銀には余裕がある。だったら、明日も見に来てみようか。そんなことを考えながら。
 宿に戻ると、店主とその娘はもう起き出して、朝食の仕込みを始めていた。店主の姿は見えないが、奥の厨房から音がするのでそこにいるのだろう。娘の方は食卓を濡れた布で拭き回っていた。日の出と共に仕事をする、というが、彼らはまさにそれであるのだろう。
「あ、おかえりなさい。昨日はありがとうございました」
 戻ってきた自分に、まっすぐ、そんな目を向けられると恐縮してしまう。丸くなりがちな背をさらに丸めて、何度も会釈を返してしまった。
『昨日は』というのは仕事のことだ。ギルドに来た依頼はこの宿からのものだった。この宿では裏手で畑をやっており、そこで取れた自前の芋を食事に出しているのだが、最近よく荒らされているのだという。
 最初は村の悪ガキか何かかと店主が寝ずの見張りを行ったところ、その正体は子鬼の群れであった。
 そんなものを相手に、訓練を受けていない男がひとり、桑や鋤を振り回したところで対処できる道理もなく、ギルドへと相談が回ってきたというわけだ。
 やや悪知恵をつけた小鬼どもは手間のかかる相手ではあったが、問題なくその依頼を終えることは出来た。大した怪我もなかったのは、仲間が既に帰路についたという事実がそれを証明している。
 あまり気の利いた返事も返せていないのだが、宿の娘はそれを気にした風もなく、自分への言葉を続けた。
「雨、残念でしたね。このあたり、今の季節で雨が降るのは珍しいので、アンラッキーだったかも」
 なるほど、ならばもう一日滞在しようかという自案は悪くないのかもしれない。朝日を眺め、今のもやもやした気分を振り払ったら、早々に帰路へつくのも良いだろう。
 その旨を彼女に伝えると、手を叩いて喜んでいた。
 早々に問題を解決した自分たちは、彼女の中で英雄視されているのかも知れない。質問攻めに合うかもと思うと少し億劫ではあったが、悪い気もしなかった。
 厨房から顔を出した店主が、なんとも言えない顔をしている。畑が救われたのはありがたいが、娘が荒事家業の男に入れ込まれても困る、といったところだろう。安心して欲しい。こちらにその気はないのだから。
 その意図を示すように軽く首を振ってみせると、店主はこちらの意図を理解したのか、すまなそうに頭を下げて厨房へと戻っていった。あれはまあ、年頃の娘に矢継ぎ早な質問をされるであろう未来を謝罪されたのだろう。そう思うなら我が子を窘めてはくれないかと思わなくもなかったが。
 目を輝かせる彼女に、ため息を見せるわけにもいかず、困ったような笑みを返しながら、朝食をお願いできますかと尋ねた。
 まだ早いかと思ったが、部屋で寝直す気分にもなれない。彼女はすぐに持ってくると豪語すると厨房へと駆けていった。あの店主を急かすのだろう。
 彼には少しだけ悪いことをしたと思ったが、すぐに店主自慢の芋料理へと興味が移る。本来この体に食事という行為は必要ないのだが、宿に戻ってから、ずっと良い匂いがしていたので、気になっていたのだ。
 椅子に腰掛け、料理を待つ。温かい室内に戻ったことで全身がほぐれたのか、瞼の重みが増し始めたので、料理が来るまでの間、少しだけ眼を瞑って、この微睡みを楽しむことにした。

 手元の僅かな灯りだけを頼りにして、人気のない道を歩いている。
 冬に未明、海の傍と来れば寒さもひとしおだが、滞在も四日目となれば体が慣れ始めていた。
 今日こそはと逸る気持ちもある。小さな町では他に娯楽もなく、惰眠を貪るか、宿の娘の質問や興味に応えてやることくらいしか、時間を潰す手段がなかったのだ。
 早く帰っておけばよかったかも知れないと思う気持ちもないではなかったが、ここまでくると意地である。せめて水平線から顔を出す太陽を眼にせねば、帰る気にもなれなかった。
 そう言えば、町の他の場所へは全く足を運んでいない。なぜだか、そういう気分にはなれなかったのだ。観光気分で滞在を引き伸ばしたくせに、睡眠を謳歌してしまったのだから心持ちとは不思議なものだ。矛盾している、とまでは言わないが。
 そうやって日の出を待っていると、空が微かに白み始めた頃、雲が増えてきて、雨が振り始めた。ずぶ濡れになるほどではない。ほんの小雨では有るのだが、これでは太陽も薄雲に隠れてしまうだろう。
 雨が珍しいとは何だったのか。誰に見せるものでもないと思えば、盛大なため息を吐いて、宿に戻ることにする。こうなるとなんとしてもそれを眼にしたいという欲求に駆られたが、悲しいかな、時間切れである。
 主人自慢の芋料理を朝食として頂いたら、帰らなければならない。
 そういえば、あの芋料理の味はどうだったか。そもそもどのような料理であったか。昨日のことだと言うのに、あまり覚えていない。眠気で頭がぼうっとしていたせいだろうか。あんなに良い匂いだったので、楽しみにしていたのだが。
 まあ良い、今日もう一度注文すれば問題はない。畑の問題は解決しているのだ。美味い料理をまた初めての気分で味わえると考えれば、それも良いことかもしれない。
 宿に戻ると、店主とその娘はもう起き出して、朝食の仕込みを始めていた。店主の姿は見えないが、奥の厨房から音がするのでそこにいるのだろう。娘の方は食卓を濡れた布で拭き回っていた。日の出と共に仕事をする、というが、彼らはまさにそれであるのだろう。
「あ、おかえりなさい。昨日はありがとうございました」
 戻ってきた自分に、まっすぐ、そんな目を向けられると――――


 あれ?

  • 切り取られた時間の中で完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2020年02月12日
  • ・ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791

PAGETOPPAGEBOTTOM