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その芸術の名は『粉塵爆発』
登場人物一覧
暗雲に包まれたこの場所に、小さな炎が灯る。淡く小さく、それでいて力強く。聖なる炎は燃える。
それは、清浄なる火。厄災のみを灼き払い、周囲を祓い清める希望の光。
ここに協力な魔物が現れたのか。それとも敵を、悪人を倒す為なのか。はたまた、建物を完膚なきまでに壊す為に挑むのか。
それは誰にも分からない。暗闇には何も映らない。
1つだけ確かなことがあるとすれば、錫蘭 ルフナ(p3p004350)は奇跡を起こすべく、その炎に祈りを捧げているということだ。
混沌の世に一筋の光をもたらす為、祈りを捧げるルフナ。祈りは作法のみにならず、自ずと声をあげ、静かに美しく。何かを魅了するような。声を聞くだけで心地良さを感じてしまう。そんな唄を奏で続ける。
それは純粋――。
どうして起こせないと言われるのか。できないと言われるのか。言葉があり、事象があり、科学があり、魔法がある。
混沌という世界に不可能はない。そう信じ続ける純粋な思い。
それは邪念――。
他の
混沌という世界に不可能はない。信じることで渦巻く邪な思い。
それは希望――。
願えばたどり着くことができる。努力すれば、いつかは届く。混沌は、特異運命座標は可能性の塊であるからこそ。諦めないでいられる。
混沌という世界に不可能はない。希望こそがパンドラの元。
ルフナの口から編み物ように繊細な振動は、暗雲一体に広がり、空間を縛りつけるかのように支配する。神秘は一体に浸透し。ルフナのイメージ通りに、モノが動いていく。
清浄なる火。唄に合わせて静かに揺れる暖かな鼓動。真下には積もる大量の白い粉。
白い粉たちは炎のリズムに合わせて踊るように、徐々に、徐々に舞い上がる。まるで命を与えられたかのように。
熱と粉のシンフォニーが躍動する、最高の芸術が生まれようとしていた――。
1つ2つ。小さな白い粉が昇っていく。粉の1粒1粒は決して強くはない。一瞬のうちに炎に包まれ、燃えていく。
燃えた粉は勢いよく弾け、消えていく。僅かな粉ではすぐに消えてしまう。それでも白い粉たちは、数を増やして昇っていく。
1粒1粒は小さくとも。地に固まっていては燃えないように、数が揃えば強くなる。
徐々に徐々に、昇る粉は増えていく。その旅に炎の鼓動はリズムを変えて不規則に揺れる。
何かを確信したフルナは、その唄をより情熱的に、静かながらも荒々しさまで感じさせる激しい歌を奏でる。
その一瞬の変化に誘われた白い粉は、一度に大量に炎へと飛び込んでいく。静かだった炎は、その一瞬だけ大きく唸るように、荒々しく、大きな炎となる。
粉は一瞬で燃え、炎から弾かれる。弾かれた粒は、別の粒とぶつかり、角度を変えてまた進む。ぶつかった粒もまた、受け渡された力のままに宙を泳ぎ、パチン、パチン。当たっては燃え、当たっては燃え、弾ける。
炎が強くなる度に、小さな爆発音が聞こえる度に、フルナの興も乗っていく。時に静かに、時に激しく。人の感情のように抑揚を大きく広げた声は、より沢山の白い粉を宙で開かれるダンスパーティへと招待する。
踊り場に立つ白い粉たちは炎の更衣室へと一斉に飛び込み、パンクする炎はキャパを求めて一気に大きく膨らみ、激しく揺れる。そして黒化粧を纏った粉たちは一斉に会場へと飛び出し、弾けていく。
今までとは比べ物にならない速度と密度で踊る粉たちは、動く粒同士でぶつかり合い、より激しく飛び回り、より激しい音を奏でる。
燃え盛る炎の業火、粉たちによるリズム隊。そしてルフナの美しい声。三者三様のミュージカルは、まさに混沌の名に相応しいものだった。
それでいて、不定形で常に形を変え続けて奏でられる奇跡の音楽は飽きること知らずだ。フルナの歌も止まることなく続いていく――が、芸術、作品にはフィナーレも必要なのである。
フルナの声は一層高域に突入し、歌も大詰めを迎えていた。淡く小さかった炎は温度を上げて、赤から青色のより高熱の炎へと変化していた。
その周囲には、青い光に照らされた白い粉が炎を覆うように被さり、弾けていく。焦げて弾けた粉は、流れ星のように一筋の線を突き抜け、暗闇へと消える。
これは美しい芸術のよう。しかし演奏はピリオドへ、破滅へと向かっていた。気がつけば断末魔のような音まで聞こえてくる。
そう、ここは暗雲に包まれたどこか。魔物がいるのか、悪人がいるのか。この場所が、誰かにとって大切な場所だったのか。それは分からない。
全てが炎に包まれる。怨念のようなうめき声さえ聞こえる。それが幻聴か、本当の声なのか。確認しようにも、それらの声はすぐに弾ける音にかき消されてしまう。
大きくなる炎に視界が少しずつ晴れてくる。しかし、それを遮るかのように、地面に散らばっていた残りの白い粉たちが、一斉に宙を舞う。照らされた地面にはもう粉はない。
終わりは確実に目の前に来ている。フルナは最後とばかりに声を強め、より激しい音を響かせる。炎は鼓動する、粉は踊る。そして、白く散らばった粉たちは一斉に炎を包み込む。
粉に包まれた炎は、光の道を失い一瞬。視界は完全な黒に染まる。炎の存在など完全に消えてしまったのような静粛とした空間。それは嵐の前の静けさであり、この音楽祭の終焉を意味していた。
「少しだけ、楽しかったよ」
フルナが最後につぶやいた瞬間。炎は激しく膨張し、粉は激しく燃えては飛び散る。一瞬、一瞬。どこまでも大きく、大樹のようにそびえ立つ炎の膨らみは赤色、青色を超えて、むしろ白。光となって当たり一体に広がっていく。
暗闇に染まり、何も見えなかった空間は、一瞬で反転し、真っ白な世界に染まる。演奏が終わり、静まり返った空間を塗り替える金属音。
張った空気を無理やり叩いて振動させる音。それは耳の鼓膜だけにあらず、身体中を振動させ、震えさせ、暴風を生み出す。
炎と白い粉から生まれたおぞましい程の光と音。それらを身体いっぱいに感じたルフナな満足そうな表情で、その爆発の行く末を見つめていた――。
風が止み、光が収まり、暗雲も晴れて。辺りを見渡せるようになるのには、それほど時間はかからなかった。
激しい爆発の後に残ったのは、炎と粉が歌って踊り、輝いた最後の軌跡である爆心地だけだった。その黒く染まった土を暫く見つめていたルフナだったが、すぐに満足したのか、この破壊され尽くした土地を後にする。
その顔に先ほどまでの満足そうな顔はなく、いつもの通りの表情をしていた。そう、混沌という世界に不可能はないのである。
奇跡は起こすものである。そう確信したフルナは、新しい何かが芽生えているのかもしれないが、
「今日のご飯はおそばかな」
休息も立派な仕事のうち。今日のところは、いつもの日常に戻るのだろう。ワカメと卵のトッピングを楽しみにするルフナは、追加のもう一品はなんだろう、と心を踊らせるのであった――。