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Blue Bird

登場人物一覧

Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役

●創世の芽

 生めよ、増えよ、地を満たせ。

 創造主たる神が望むままの世界であるように、健全であるように――という存在は創られた。
「全く……少し目を離した隙に、こうも荒れるものか」
 言わばこの右手は神の右手。この瞳は神の瞳。
 万軍の主たるあの御方の栄光を受けたこの身には、その誉れに相応しい使命が与えられている。
『崩れないバベル』にかけて言うのであれば、俺は"庭師"だ。

 天体について日々記録し、
 来る日も来る日も植木鉢(地球)に水をやり、
 肥料(文明発展のための知恵)を撒いて、
 芽(人)の成長を見守り、
 虫(人に害なすもの)を殺し、
 枯れた花(死んだ人の魂)を摘んでいる。
 
 面倒ごとは多いが、見よ。手を加えた世界はこんなにも美しい!
「この完璧な仕事ぶり、拍手のひとつでも欲しいものだな」
――拍手。
 独りごちた言葉をきっかけに、俺は"日課"を思い出した。

●飛翔の芽
『行こう、ミチル。青い鳥はきっと次の国にいる!』

「ほう。今日の稽古は小道具もあるのか」

 俺は人間が嫌いだ。思い通り育たないし、少しでも目を離せば面倒事ばかりを呼び寄せる。
 しかし人間が作り出した『演劇』という文化は好ましい。
 定められた美しい脚本物語。それをなぞるだけでなく、己が魂を削るように命を燃やして熱演する演者。
 二重奏のようにふたつが合わさる事で、鳥肌が立つほどの興奮と感動が得られるのだ。

――どちらも完璧であれば、の話だが。

「このシーンは、脚本家の改変が入っているのか。駄作とまでは言わんが、感動を促すには台詞が固い」
 ここ最近、俺はとある小さな劇場の稽古を観測続けている。
 はじめの頃は本を書いたり公演を覗くだけで満足していたが、観察係の性だろうか。次第に気になりはじめたのだ。あの感動が何処で生まれ、どうやって育つのか――その過程を。

『あのさ! チルチルのこの台詞、もう少し砕けた感じで演じてみてもいいか?
 不安がってるミチルを、空元気でも励ますために――』
「またあの男か」
 ここ暫くこの劇団の様子を見ていて気付いた事といえば、練習中の公演《青い鳥》の主演を務める兄役の役者が、この劇場の中で一番、公演に対して熱心だという事だ。
 稽古の休憩時間になると、大抵の役者は気分転換をするか、台本を読み込んで次の稽古に備えるが……この男は舞台監督や脚本家へと声をかけ、演技の相談を繰り返している。
 勿論、ただ内容に文句を言っているという訳ではない。その証拠こそ、男が手にしている台本だ。
 あちこち擦り切れ、表紙の印刷は滲み、いくつもの付箋がはみ出している。練習の前に徹底して台本を読み込んでいるからこそ、意見を出す時間が作れるという訳だ。
「殊勝な奴だ。……もっとも、仮に俺が脚本家の立場だったら『黙れ』と一蹴して終わるだろうが」
 何故ならそれは、俺が美しいから! そして美しいこの俺が作る最強の劇が、駄作であるなどあり得ないからだ!!
 努力などというものは、か弱い人間のする事にすぎない。
「初公演の日まで間もないが、それまでに……せめて涙の一粒でも零す価値のある作品へと仕上げる事だな」

●蕾もゆる
 劇場で割れんばかりの拍手を聞く前に、俺の頭が割れそうだ。
……まさか観察記録を提出するタイミングで、同僚とはち合わせになってしまうとは。
 大音量で声を浴びせ続けられたせいで、まだ頭がクラクラする。
「くっ、ようやく戻って来れたか」
 気分は実に最悪だが、この後の事を思えば気を取り直せた。
 ずっと経過を観測続けていた《青い鳥》の初公演がもうすぐ始まるのだ。
 幕が上がれば、やはり普段の観劇とは見え方が違うだろうか。今日という日をどれほど待ちわびていたか!
 公演が成功しようと失敗しようと、この記録は俺の次なる作品の礎となるだろう。
「あの男も稽古の最終日まで涙ぐましい程の努力を続けていたが、果たしてどんな仕上がりを――」

 違和感に気付いたのは、その時だった。
「――ッ!!」
 背中の羽根が逆立つほどの激情が身体をかけ巡る。
 この感情……ぶつけなければ収まるものか!!

「おい、お前。どうしてくれるんだ」
 駄作ばかりの物書きでも、悲劇を描くのであればもう少しマシな物語シナリオを寄越すだろう。
 俺という宝石に勝る美天使に見守られながら演じる――その栄誉を受けておきながら、好機をドブに捨てるのか?

 まったく、筆舌に尽くしがたい!!

 舞台の上に横たわる男は、いくら罵声を浴びせても言葉を返せずにいた。
 いや、返す気力すら無いのかもしれない。彼の周りに滲む紅。溢れる血と、人が焦げる独特の臭気。
 今まさにひとつのが終わろうとしている。

 それがどうした!!
 これが劇中の一幕であれば涙の一粒でも零しただろう。しかしこれは『現実』で、決して

「楽しみを奪うどころか仕事を増やしやがって。人間はいつもこうだ」

『死にたくない』

「うるさい黙れ。お前達に裏切られ続けた俺の気持ちが分かるか!」

 パチリと何処かで火の粉が爆ぜた。
 人の命は儚い。芽吹いたかと思えば、あっという間に華やかな物語ドラマを咲かせ、目を離した隙に枯れていく。いつか必ず摘み取られて消えゆくものなのだ。
 この男のように、花開く事すら許されずに散る命も数多にあるが。
(皮肉な話だが……今がこの男の物語ドラマの絶頂なのかもしれんな)
 ならばいつも通り観測てやろう。お前が最後に紡ぐ台詞を。

 意識を逸らせば聞き逃してしまいそうな擦れた声。
 しかし、その言葉は他のあらゆる音よりも鮮明に俺の耳へ飛び込んで来た。

『死ぬなら舞台の上が良い』
『拍手喝采に包まれながら、幕が下りたと同時に力尽きるんだ』

 舞台への情熱、そして未練。
 ない交ぜにされた感情から絞り出された言葉は、この男を観測続けていた中で最も俺の胸を打ち――見せたのだ。刹那の幻影を。
 舞台の上で力尽きる男と、傍で最後を綴る劇作家

 男にとって、今は絶体絶命の状況だ。最早これほど煙にまかれてしまえば、救いの手を差し伸べる事が出来る者は誰もいないだろう。
――この俺を除いては。

「……良いだろう。その願い、俺が叶えてやる」

 世界の傍観者に徹していた俺を表舞台へと招き、一瞬とはいえ完璧なる未来ヴィジョンを見せたこの男には利用価値がある。
 俺の手によって生み出される最高の脚本シナリオを演じさせ、我が神のすらも驚く劇で演劇界の頂点に座す――これほど気分のいい事はない!

 眩しいほどの光を纏い、差し出してやった救いの手。
 その神々しい姿を瞳に映しながら、男は「青い」と唇だけ動かした。

●花が咲くまで
"貧しい育ちのチルチルとミチルの兄妹は、幸福の青い鳥を捕まえるため、夢の中で様々な国を渡り歩きました。しかし最後は起こされて、青い鳥を捕まえる事が出来ないまま目覚めてしまいます。
 2人はがっかりしましたが、そこで部屋にある鳥籠の中に、青い羽根を見つけます。
 兄妹は気づいたのです。本当の幸せは、手の届く身近な所にあるのだと。"

「久方ぶりに読んではみたが、あまり参考にならんな」
 読み終えた本を置き、俺はポケットから手帳を取り出した。
 記録を録る最中にも、頭の中で軽薄な声が騒がしい。
「囀るな。少しでもネタを取りこぼさせてみろ、世界規模の喪失だぞ?」

 あの日見た幻影クライマックスは、まだ遠い――。

  • Blue Bird完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2020年02月12日
  • ・Tricky・Stars(p3p004734

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