PandoraPartyProject

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サンドリヨンは世界の影に舞台を布く

登場人物一覧

トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
トール=アシェンプテルの関係者
→ イラスト


 その日どうしてそこに訪れていたのか、シャルール=サンドリヨン=ペロウには杳として知れなかった。
 誰かに命じられたわけでも、頼まれたわけでもなかったと、彼女自身はそう思っていた。
「これはハシバミの木……それにしては随分と大きくはなくて?」
 見上げるほど高く、青々とした深緑を湛えた大木を見て、シャルールは思わずそんな呟きを漏らしていた。
 落葉樹としては比較的に小さな部類に入るはずのハシバミの木。
 随分と長くを生きているのか、その木はハシバミにしても非常に太く、高い。
 ハシバミの木には神秘が宿るという。
 シャルールはそんな話を故郷たる異界にて聞いたことがあった。
 祖国では知らぬ者の無きサンドリヨンの末娘、教養、美貌、気品の全てにおいて並ぶ物の無かった貴族の姫君には、当然の如くその話は聞いている。
(この地でも同じような話があるのかは知らぬことですが……不思議な空気です)
 木々の木漏れ日が沁みも日焼けの一つもない美しき白肌に光を照らす。
 静謐、都はきっとこういったことを言うのだろうと、シャルールは思う。
(心地の良い景色と空気、折角ですから、少し休んでいきましょうか)
 誰にも言わず、知らせた覚えもない。
 外の事を振り返れば、夏の熱が衰えることを知らずに世界を焼いている。
 だからこそ、と。シャルールはふとそんなことを思った。
 地面へと露出した大きな根の1つに腰を掛け、太い幹に背を預けて目を伏せれば、直ぐにでも意識が遠のいていく。
 疲れたなどと思うことはない。
 心地よい暖かさに揺られながら、木漏れ日の差す瞼を暗く感じ始め、木の匂いが鼻腔を擽るのを感じながら、やがて娘は眠りに落ちた。


 あら、珍しい。こんなところで眠ってるわ。

 そのようね。全く、貴族の娘ともあろうものがはしたないわ。

 疲れてるのよ、眠らせてあげなさい。
 どこからか聞こえてきた声は、懐かしく優しい声だった。
(……お姉、様。お母様)
 あぁ、これは夢だった。そうでしかありえない。
 混沌と呼ばれているらしきこの世界に、あの方たちは来ていないはずだから。
 だからこれは、きっと夢だろう。
 それでも、懐かしい声にシャルールはずっとここにいてもいいのかと、そんなことも思えていた。

 ――――かい?

 不意に、声がした。
 初めて聞く声だ――否、そもそもそれは声だったのか。
 脳裏に直接、響き渡るようなそれを声と呼ぶのは正しい事なのか。

 ――――が、きみの願いなのかい?

 あぁ、聞こえてくる、声が。
 声が、声が声が声が――ずきずきと響いている。
 揺れ動くような不思議な声色は、嫌に愛おしい。

 ――嘗ての世界、嘗ての家族の夢を見ながら、眠りたいのかい?

 重ねて、声が問いかけてくる。
 初めて聞く声にシャルールは背中を預けたくなるような逞しさと、暖かさを感じていた。

 ――いいえ、わたくしは、目を覚まします。
 トールさんと、彼女ともう一度、最高の舞台で競い合う事。
 それこそがわたくしの飾らぬ願い故に! だからどうか、声の主よ。
 この微睡みにほんの少しだけ背中を預けることを許して、目覚めたらきっと――

 ――それがきみの願いなのかい? いいだろう、それなら叶えてあげよう。
 ぼくはきみ達の願いを聞き届けるもの。その願いは託された――

「えっ――」
 その声に、シャルールは思わず声をあげた。
 果たしてそれは、微睡みの中であったのか、あるいは覚醒した自らの口からであったのか。
「ちが、違います。それはわたくしの夢、わたくしの願い、貴方が何者なのかは存じません。
 ですが、何方であったとしても、それを持っていくことは――!」
 体を起こして、がくりと身体が揺れる。
(……あれ? わた、くし、は……?)
 ぼんやりとした視界に、木漏れ日が映る。
 少しばかり痛む身体は、きっと良くない寝方をしてしまったせい。
「……たしか、ハシバミの木を見つけて――」
 ぼんやりとした視界に、何かが躍っているような気がして、そちらに視線をやる。
 そこには何もなく、代わりにゆらゆらと揺れるハシバミの葉が地面へ落ちて行った。
「どうやら、本格的に眠ってしまったようですね……」
 ハシバミの木に手を置いて、それを支えに立ち上がったシャルールは、その場で固まっていた。
「――なんですか、これは」
 目があっという間に冴える、冷や水が掛けられたかのように全身から熱がどっと消えて。
 混乱する頭に眩暈がする。


 その日どうしてそこに訪れていたのか、シャルール=サンドリヨン=ペロウには杳として知れなかった。
 誰かに命じられたわけでも、頼まれたわけでもなかったと、彼女自身はそう思っていた。
 だからこそ、眼前の光景が信じられない。
 自らが佇むその場所は、ハシバミの木の根元である。
 ただそれだけだ。
 
 聞こえるはずのない声、いるはずのない影、あるはずのない喧騒が辺りを包み込む。
 それはまるで――そう、まるでシンデレラ・ステージを思わせる。
 混沌にあるはずのない景色に息を呑む。

 ――初めまして、シンデレラ、きみの願う通りに舞台を整えたよ。

「……ど、どういうことですか」
 声が震えていた。
 シャルール=サンドリヨン=ペロウは心の強い女性である。
 不断の努力と生まれ持った美貌、自らのことを磨き上げることへの余念の無さと、その為の努力を厭わぬ健全さ。
 誰よりも真摯に、誰よりも真っ当な手段で相応しい在り方を望む健全そのものの精神性。
 敗北という名の挫折を知った女性はそれゆえに気丈で勇ましい。

 ぼく達はきみ達の願いを叶え続ける物。
 きみの願う通り、きみの望む者との戦いの場を作り上げたんだよ。

 また声がする。声というにも非現実的な声が響いている。悍ましい声だった。
 夢に見た光景への動揺と、覚めきれぬ心、見透かされた願い。
 そのどれかが別であったのならきっと、シャルールはそれを跳ねのけられたであろうに。

「あぁ――もしや、わたくしが? わたくしが、このような景色を?
 い、いりません。不要です! 元に戻してください! 此処にいた人々をどこに行ったのですか!?」
叫ぶ声に、返答はない。
 いや、そもそも現実感のないその声は本当に声なのか。
「こんなものは、わたくしの願っているものではありません!」
 強靭な女傑の心を動揺という名の闇が埋め尽くしていく。

 ――そうはいかないよ、だってこれはきみが望んだ通りの景色だからね。
 そのためにならなんて些末の話だろう。

 幻覚に違いない、その声が響く中で、シャルールは次の句を告げることが出来なかった。
 それは、天義の裏側に蠢く影の1つとなって、酷く寂しい絢爛豪華なるシンデレラ・ステージは、帳の内側にて輝いている。

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