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New my normal.
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クローゼットを開いた時、エルスは思わずため息を付いた。
依頼ばかりで忘れていたけれど、そういえばうんと伸びた背丈ではこれまでの服など入りようも無かったのだ。
波打つ銀糸、艷やかな四肢。以前のような少女のような華奢さは無く、むしろ女性らしさを帯びていた。
今までの服に愛着がないわけではないのだけれど、着ることのできないものがクローゼットを占めているのも忍びない。
(……さて、仕方ないわね)
ので。新しい服を買いに行くことにしたのだ。長命種であるからといって同じ服を着続けるわけにもいかないし、流行を捨てるのも忍びないし、まず誰かに見られる可能性もある。モデル経験もあるのだ、今更服装に疎いふりをしたって無駄というものだろう。手を抜いたところで自分が後悔するだけなのだ。
春も夏も秋も冬も、自分が一番楽しめる格好をしたいし、自分が愛せる自分でいたい。そのためには自分自身が好きになれる服装をするのだって近道の一つだろう、と思う。
それに。あの人の近くに、隣に居たいと思うなら、あの人に恥をかかせるような格好をするわけにもいかないのだ。つまるところ必要経費、不可抗力というものなのである。
心に余裕なんてなかった。買い物をしていたって、小さなあの身体が恨めしいような気がしていた。けれど、あの満月の呪いは解かれた。だからこそこうして、未だ見慣れぬ自分自身を鏡で見つめることができている。
もう何かに囚われて生きる必要は、なくなったのだから。
これは決別でもあり成長の印。今はもう小さくなってしまったこれまでの服をぎゅっと抱きしめてから袋につめた。いままで、ありがとう。
それはまるで甘ったるい夢で、魔法のようだ。
買いすぎたとも思う。だけどついついお財布の紐が緩んでしまった。女の子のおしゃれというものは大変だ。ましてや急に成長期を迎えてしまったのだから仕方ない。季節ものの服は高い。ので、過ぎた季節のものも買ってしまおうと見ていたら、あれよあれよと買ってしまったというわけだ。両手に下げた紙袋にはエルスの新しい服達が詰め込まれている。
着飾ることは楽しいのに、どう思われているのか気になってしまう。似合っていないのだろうかと不安にもなるのに、ぴんと背筋が伸びるような心地にもなって。
新しい服をおろすのが、こんなにも楽しかったなんて。
少なくとも買いすぎた。その自覚はあるけれど、新しい魔法を自分にかけているようで、楽しい。笑みが溢れる。
両手に抱えた袋は少なくはなくて、結局郵送をお願いしてしまったけれど。うんと高くなった背を見て驚く友人も居たけれど。おめでとうと、祝福を込めて笑ってくれる仲間にも恵まれた。だからきっと、これでよかった。
煌めく赤焔をぎゅっと抱きしめて。真っ赤なマフラーを巻いて。変わらぬ自分も、きっと抱きしめて。
長く続き、世界をも壊し、多くを巻き込み、命を奪った『姉妹喧嘩』は終わった。
「ねぇ、Lillistine──」
もしも、私達が。ただの仲のいい姉妹だったのなら。ただの、普通の。なんてことない家族で居ることができたのなら。
こうして並んで服を買うこともできたのだろうか。帰り道にコーヒーを買って、色違いで買ったスカートや靴を見て笑ったり、ちょっぴり趣味の違う服を貸し合ったりもできたのだろうか。
それももう、今となってはわからない。月のない空に溶けた、花びらのような貴女。ずっとずっとわがままで、それでも、嫌いになんてなりきれなかった、たったひとりの妹。
まんまる、浮かんだ月は遠くて。まばゆくて。それは呪いでもあり祝福だった。
つま先を照らす月光は、今もどこかで彼女が安らかに眠れることを祈っている。
うんと、似合ってないわ。お姉様。
どこかで誰かが、からかうように笑った気がした。
ラサの夜は果てなく。復興もまだ終わることはない。少しばかり遠回りをして、それから、靴を履き慣らして。新しい服と。新しい自分と出会うために、着飾ることも恐れずに。
「さて、帰りましょうか」
それは新しい私の普通。きっともう振り返ることもない、苦しくて愛おしい私の過去達との決別。
小さかった私が、何かを恨んでばかりだったあの子が、きっと昇華して、成長するためのみちしるべ。
重たくて地面におろした紙袋を、もう一度持ち直して。エルスは、また一歩を踏み出したのだった。