PandoraPartyProject

SS詳細

灼熱の金紅結晶

登場人物一覧

エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年
エドワード・S・アリゼの関係者
→ イラスト
エア(p3p010085)
白虹の少女


 溶けたキャラメルを思わせる砂の海原がどこまでも続いている。
 砂丘の影は黒々と色濃く、朝焼けが地平線を揺らす陽炎を紅く染めていた。
 そんな陽炎の中に黒い滲みがぽつりと浮かびあがる。それらは次第に数を増やし、ごうごうと砂を蹴散らしながら姿を現した。
 ――船だ。
 大小様々な船が隊列を組み、まるで大海原を駆ける船団が如く砂漠を征く。
 旅鳥のように隊列を組む船の帆には、どれも同じマークが描かれている。それは『砂金ハンター』と呼ばれる者達が集い船団チームを組んでいる証だ。
 ラサの砂漠に眠る砂金を探して、日夜魚群のように回遊する者たち。そんな船団の隊列から、一艘の小舟が勢いよく飛び出した。
「ひゃっほーー!!」
 燕のように真っすぐと砂の波を掻き分け進んでいく。
 舳先へさきに立つのは長い赤毛を靡かせる少年だ。掌には小さな羅針盤が乗っている。
「この砂海ってのを超えた先に、砂金の山と真っ赤なクリスタルがあるのかぁ!!」
 少年、エドワード・S・アリゼの見つめる先には砂ばかり。
 けれども彼の瞳には、これから至る冒険やまだ見たことの無い景色への期待が溢れていた。
「行くからには噂のクリスタルを一目見てみたいですねっ。熱砂のクリスタル、でしたっけ」
 船の帆と舵を手繰るのは銀髪を一つに纏めた小柄な少女、エアが叫んだ。
 華奢な身体で操る三角の帆は不規則な風を捉え、砂漠の熱風に煽られようとも動じることは無い。その唇には常に微笑みを浮かべ、前方の少年が示す方角を見据えていた。
 熱砂のクリスタルとは、かつて一人の砂金ハンターが目撃したという砂漠の宝石である。
 広大な砂海と、止むことの無い砂嵐を越えた先に眠る真紅の鉱石。
 不思議な魔力によって引き寄せられた砂漠中の金がクリスタルの元へと集まり渦を巻く光景は、この世のものとは思えないほど美しく神秘的なのだという。
 だが宝物には困難がつきもの。
 凄腕の砂金ハンターでも近づくのがやっとの危険地帯を越えなければ熱砂のクリスタルの元には辿り着けない。
「それからさ、この辺り特有の生き物にも会ってみてーよなぁ!! この砂漠を海みたいに泳ぐらしいんだぜーー!!」
「泳ぐ、ですかーーっ!? お魚さんみたいな生き物なんでしょうかーー!?」
「すっげーでけぇヘビ、っていうかウナギ? らしいぜーー!!」
 友達になれねぇかなーとエドワード・S・アリゼが叫べば、なれるといいですねと帆を操っていたエアも声を張りあげる。
 せっかく二人で冒険をするのだから砂漠の美しい景色や色々な面白い生き物をエアと一緒に見たい。
 エドワードはそう思っているし、エアもそんなエドワードの想いに薄々気がついている。
 視界を砂で邪魔されないように砂除けのゴーグルと布で覆われた二人の顔は冒険心と喜びに輝いていた。
「よっし、そろそろ昨日の作戦会議の続きといくかっ。コトーー!!」
 風が弱まった隙を見計らってゴーグルを外したエドワードが空に向かって叫べば、緋色の影が空から舞い降りる。しばらく鴎のように小舟と並走すると音も無く小舟の縁へと降り立った。
「ピュイッ」
 小さいが立派なワイバーンの形をしたその生き物は、砂漠の空気が心地よいのか機嫌よく囀った。真紅の鱗と宝玉。金色に光る爪と角は丸みを帯びており、きょろりとした青い瞳はまだ幼い。
 コトはエドワードとエアが孵化から見守り育てているワイバーンの個体だ。今では斥候ができるほどに成長したが、甘えたがりなのは相変わらずである。
 茶色く日に焼けた地図を取り出したエドワードは、蟻のように連なっている黒点部分を指した。
「オレたちがいるのが、ここ。今は砂金ハンターのおっちゃんたちがついて来てくれるけど、この線から向こうに行ったら、各々の判断で進路を決める。どっちが先にクリスタルを見つけるか。途中からライバルだって、おっちゃん言ってたな」
「わたし達が狙うのは綺麗な景色ですけれど、でも競争っていうなら負けてはいられませんね」
「ははっ、そうだな。絶対に見てやろーぜっ」
 珍しく勝気なエアの発言にエドワードは上機嫌に笑った。
 砂金ハンターが狙うのは黄金。二人が狙うのは見たことも無い景色。
 だが、そこに到達するまでの早さを競うとなれば、目的は異なれど勝負事には変わりない。
「まず、昨日決めたルートの確認な。 熱砂のクリスタルへ向かうルートは限られてる。危険はあっけど一気に進める道と、安全だけどすげー遠回りする道」
 地図に描き込まれた道筋をエドワードは交互になぞっていく。
「どっちのルートも砂金ハンターのおっちゃんたちが教えてくれたものだから、正直、どこまで信じられるか分かんねえ。それに何が『危険』なのかまでは教えてくんなかった」
「砂金ハンターの皆さんが、わたしたちに何を隠しているのか。それが分かれば先回りするヒントになるんですけれど」
 少し考えこむようにしてエアは首を傾げる。
「……普通は失敗すると分かっていて貴重な船や道具を貸したりはしませんよね?」
 そうだなぁ、とエドワードは同意する。
 エドワードが船と共に預けられたのはオアシスへ戻るための星見盤と黄金へ導く羅針盤。揺れる金の針は本物だ。熱砂のクリスタルには砂漠にある金を引き寄せる性質があるため、見つけるためには黄金を使う。
 エアの嵌めている砂蜥蜥蜴の革で作られたグローブも砂金ハンターからの借りた品物の一つだ。滑り止めのついた手袋は帆の縄を操る風読みには欠かせないアイテムだが、材料となる砂漠蜥蜴は警戒心が強く、滅多に砂漠の表層に出てくることがない。絶対に無くすなとエアは何度も念を押された。
 砂金ハンターたちは気の良い男たちであったが、何の見返りもなしにそういった高価な仕事道具を預けるようは見えなかったのだ。
「強か、って印象だったな」
「わたしも同じ印象です。こちらを出し抜くつもりはあるけれど、本気で命を奪うつもりはないように思えました。……多少の無理はできそうですね」
 そう言うとエアはくすくすと笑い始めた。
「どうしたんだ、エア」
「ふふっ、エドワードくんとこういう会話をするのも久しぶりです」
「あぇ? そうだったっけ」
 きょとんとするエドワードにエアはこくりと頷いた。
 共に遊びに出かけることはあったが、共に冒険に出かけるのは久しぶりのことだ。
 楽しみに胸打つ鼓動が、眼前に広がる広大な景色が、肌に刺さる緊張感が、エアにとってはどれも新鮮で懐かしい。
「どこで危険な道を選ぶかってのも大事なポイントだよな。それを踏まえてオレたちが進むのは……このルートっ!!」
「危険だけど、一気に進める道ですねっ」
 昨晩彼らが話し合って決めたのは危険はあるけれど短い距離で進めるルートだった。このチームなら乗り越えられる確固たる自信があった。二人と一匹、それだけの冒険を重ねてきたのだ。
「エア、砂に波模様が出てきたぞ」
「風紋ですね。聞いていた通り、この辺りは少し砂海の流れが穏やかですが……」
 エアは後ろを振り仰いだ。
「凄く進みやすいルートなのにどうしても誰も付いてこないんでしょう?」
「もう少ししたら、きっと何か起こるぜ。楽しみだなぁ」
「エドワードくんのトラブル予報ですね」
 似た者同士がニヤリと顔を見合わせる。
「そうだ。エドワードくんは、砂金の山を見つけたらどうしますか」
「そーだなぁ」
 うぅんと小さく唸ってからエドワードはこれくらいの、と指で小さな瓶の形を描いた。
「砂金を見つけて持って帰るとしたら、これくらいの瓶に詰めるくらいかな〜。沢山持ってくとせっかくの景色も無くなっちまうし。エアはどうだ?」
「わたしも記念に少しだけ持って帰るくらいですね。たくさんあってもお部屋に置けませんし」
 エアは、ふと風の流れが僅かに変わったことに気づいて視線を上げた。
 視線の先ではコトが全速力で船に戻ろうとしている。
「ビャァァーー!!」
「どうしたのコトちゃん? そんなに慌てて……」
 言葉を切り、彼方を見つめたまま微動だにしないエアを見て、今度はエドワードが首を傾げる。ゆっくりとエアが腕を持ち上げた。
「え、エドワード君……」
 震える指で彼方を指す。
「あの砂の盛り上がりはなんでしょう……」
 隆起した砂山が砂をまき散らしながら小舟へと急速に接近していた。
 エドワードは確かに言った。この砂漠には大きな蛇、もといウナギのような生物が生息していると。
「シャァァァァァァ!!」
「おおーーッッ!?」
「きゃあーーッッ!?」
 地響きが起こり、小舟が揺れる。巨大なミミズのような生物が鎌首をもたげ、その拍子に紙飛行機のように砂舟は宙に飛ばされた。
「えええ、エドワードくんっ。あれは本当にウナギですか!? 蛇じゃなくてっ!?」
「吸血口があるから、ヤツメウナギの一種っぽいなっ!!」
「勉強になりまーーす!!」

 エドワードたちが巨大なヤツメウナギもどきと出逢う少し前、砂丘の影に隠れて、小舟を追う影があった。
「船長、さっきの子たち。本当に大丈夫ですかねぇ?」
 双眼鏡を覗いていた一人の砂金ハンターが気まずそうに告げた。
「砂ウナギの巣に入っちまいましたけど、助けます?」
「砂ウナギの長はもう十年以上姿を見せてねえ。大丈夫だろ」
 荒くれ者の中にいても一際目立つ隻眼の男は首を横に振る。
「あいつらは特異運命座標イレギュラーズだ。何でも運命を変える者って肩書きを背負っているそうじゃねえか。砂海渡りは素人でも、冒険者としては熟練者だぜ。あいつら」
「そうなんです?」
「キャラバンの連中が言うには赤髪のエドワード・S・アリゼはオアシスの整備だの、にゃふりーとの問題だのを解決している。もう一人のエアという娘は覇竜領域方面で名をあげているそうだ。もしかすると『熱砂のクリスタル』へと続く、嵐の道を引き当てる可能性もあるかもな」
「船長、長が出ました!!」
「引き当てるのそっちかよぉーー!?」
「確かに運命力は持ってそうっすね」

「おいっ!!」
「砂金ハンターのおっちゃん!?」
 砂ウナギとデッドレースを繰り広げている一行の横に、巨大な鷲に跨った初老の砂金ハンターが並んだ。空を駆ける砂漠鷲ライダーを、コトは羨望の眼差しで見つめた。
「いいか。このデカブツはただ遊んでるだけだ。流砂の上を通れ。相手を疲れさせろ。砂ウナギの主は、飽きたら巣に帰っていく」
 前を指しながら砂金ハンターは続けた。
「このまま進めば砂嵐の壁だ。そこを抜ければ熱砂のクリスタルへの近道だが、手練れの砂金ハンターでも避けて通る難所になる。引き返すなら今の内だぜ!!」
「ありがとな。でもオレたち、折角なら自分たちで決めたルートを通りたいんだ。ゴールで待ってるぜ!!」
「ふん、言ってろ。先に砂金を手に入れるのは俺たちだ」
 離脱した砂金ハンターを見送り、エドワードはゴーグルの位置を直した。隣ではエアが手袋を嵌め直し、コトは再び翼を広げて空へと舞う。
「エア、コト。砂ウナギの主と鬼ごっこするのって、良い記念だよなっ!?」
「ええ、とっても!!」
 立ち上がったエアがマストを掴むと、ぐんぐんと小舟の速度が増していく。魔力を帯びた風が砂を巻き上げ光跡を描く。
「二時の方向に流砂ッ!!」
「はいっ」
「次は十一時ッ」
「わかりましたッ」
 体重をかけて帆の向きをずらし、蛇行する主が生みだした砂波に乗って方向を変えていく。
 風を切って迸る小舟は、蝶のようにつかみどころがなく、旅鳥のように自由に砂漠を駆ける。
「ピャーーッ!!」
「コトからの合図だ!!」
「ええ、わたしにも見えました。あれが砂金ハンターさんの言っていた……」
 二人の眼前を塞ぐは太陽すら届かない、砂が生み出すモノクロームの世界。
 城壁を思わせる強固な魔力を秘めた、砂嵐の壁だった。


 ォォォオオオオオオン――。
「凄い砂嵐です。それに風にも魔力が含まれているような……」
 視界は砂に閉ざされ、聴覚は風の音に奪われる。息をするのも難儀する暴風の世界。自分がどちらを向いているのか。それすらも分からない。揺れるたびに小舟がミシミシと嫌な音をたてている。
「この魔力嵐もクリスタルの影響でしょうか」
「どっちに進んだらいいのか、全然わかんねー……」
 腕で顔を守りながらエドワードが呻いた。
「遅れを取り返すためにも、迂回している暇はありませんよね」
 静かだがはっきりとしたエアの声が、エドワードの耳に届いた。
 砂嵐の中でエアだけが普段と同じように立っていた。纏った砂海の民族衣装を羽のようにはためかせて、真っすぐに前方を見据えている。
 砂嵐の向こうで動く何者かの気配。蜃気楼のような影がいくつも通り過ぎ、どんどんと小さくなっていく。
 それが砂金ハンターたちの船団だとエドワードが気づくのに、さほど時間はかからなかった。
「ねぇ、エドワード君? ここはわたしに任せてもらえませんか」
 どこか喜色すら滲んだ声でエアはエドワードへと語りかけた。否定されるなど微塵も疑っていない声色だった。だからエドワードもエアを疑わない。ただ信頼だけを向けて、強く頷く。
「ああっ、任せたぜ。エア!!」
「任されましたっ!!」
 見開いたエアの瞳に七色の虹光が集う。少女を中心に新たな魔力の渦が形成されていく。黒と灰色に埋もれた世界に爽やかな薫風を訪れると、目が眩むほどの白い光がプリズムと共に弾ける。
「……風竜結界!!」


「大丈夫スかねぇ。さっきの子たち。嵐のなかで迷ってなきゃいいんですけど」
「おめえ、さっきから、そればっかじゃねぇか」
 背後を気にする砂金ハンターの頭を、熟練の一人が呆れた様子ではたいた。
 砂金ハンターたちの多くは熱砂のクリスタルの道のりまでを知っているが、実物を見た者は一握りしかいない。それは熱砂のクリスタルの周辺にある、凪いだ地帯から先に進んだことが無いからだ。
 彼らの眼前では輝く黄金と炎色の魔力が交じり合った魔力の渦が立ち塞がっている。
 白黒の砂嵐よりも更に勢いを増したそこに飛び込めば、普通の船や人間であれば一瞬で分解し、砂海の藻屑となってしまうだろう。
「でも、憧れますよねぇ」
「なにがだ?」
「熱砂のクリスタルですよ。何年も砂金採ってますけど実物にはお目にかかったこと、無いじゃないですか。一度でいいから本物を見てみたいです」
 エドワードたちの選んだ砂嵐の壁を通り抜けるルートは、実の所、熱砂のクリスタルへと至る唯一の入り口でもある。
 しかし短い距離に反して進む速度は亀よりも遅い。クリスタルへ近づこうとすると意思を持つかのような風に押し戻され、数メートル進むのも困難になるのだ。
 砂金ハンターたちは、エドワードとエアが砂嵐の壁を抜けてくることは不可能だと考えていた。ただ足止めをして、砂金の山を回収したあとで彼らのことを迎えに行くつもりだった。
 しかし彼らの心配は杞憂に終わる。
「お先に失礼しますっ」
「じゃあなーーっ」
 一陣の風が砂金ハンターたちの横を駆け抜けた。それはまるで白銀の竜のように軽やかに砂海を駆けていく。
 甲板にいた砂金ハンターたちは一斉に目をむいた。
「ふふっ。風に関してはわたしに1日の長あり、です」
 片目をつぶって軽やかに言えば、マストを手繰っていた砂金ハンターが頬を染め、ぼとりと手に持っていたロープを取り落とした。
「あいつら、とんでもねぇな……」
「船長!! 見て下さいっ」
 彼らの向かう砂嵐の向こうに、淡く、脈打つように光る星があった。
 その赤い光を目指すように小舟は突き進んでいく。
「……ッ、野郎ども!! 船を出すぞ!!」
「え!? でも船長っ、いまは砂金の採集中で」
「そんなことぁ、どうだっていい!!」
 がらがら声で砂金ハンターは叫ぶ。
「目の前にでっかい宝があって、それが取られようとしてんだ。だったら挑むのが筋ってもんだろ!?」
 淡く光る風に護られた小舟は砂嵐の風さえ味方につけ、弾丸のような速度で進んでいく。
「おっちゃんたちも追って来たな。やっぱレースはこうでなくっちゃ」
 黄金に輝く盾で前方の視界を確保していたエドワードが嬉しそうに振り返る。
「そろそろ風が危ない頃合いですから、コトちゃんは座席の下にもぐっていてくださいね」
「ピャイッ」
 座席の下へ避難したコトを確認するとエアは、帆を完全に開いた。
「嬢ちゃん。良い腕じゃねえか!!」
「ありがとうございます。本当は追いつかれないつもりだったんですけどね」
「馬鹿言うなよ。砂舟初心者に負けたとあったら、俺達の船団、面目丸つぶれだ」
 船の大きさはまるで鯨と小魚ほど違う。けれども駆けるスピードと風詠みの腕は、エアの方が上だった。ぐん、と突き放された砂金ハンターたちは後方へと下がり、次第に砂嵐にかき消されていく。
「こちらのスタミナ切れを狙って一度後ろに下がったのでしょうが、残念でしたね」
 更に速度をあげた小舟の目の前に、赤く燃える光の壁が立ち塞がった。
「飛び込め、エア!!」
「はい!!」
 白い小さな船は嵐のなかへと飛び込んだ。

 太陽の光が射しこんでいる。
 ふわふわと漂う砂金が、万華鏡のような世界を黄金色に染めていた。
 中心には緋色に輝く六角柱の結晶が何本も連なっている。
 天上に輝く一番星よりもなお赤く、南の空に輝くベテルギウスよりもさらに眩しい。
 その赤を包み込むように、黄金の光が、緩やかな渦をまいて竜河のように天へと昇っている。
 さらさらと金砂と風がクリスタルの間を通り抜け、幻想的な、玲瓏な楽器のような音を奏でている。
 時間も、速度も、今この空間に存在するすべてが自然のことわりから外れたところにいた。
 目の前に広がる魔法と宇宙の交じり合った光景にエドワードとエアは呼吸も忘れて見入った。


 無風の世界。キャラメル色の砂漠。
 砂嵐のカーテンから吐き出されるように小舟が現れる。
「ぷはっ!!」
 エドワードとエアは顔を覆う分厚い布を外した。熱いが砂の味がしない、新鮮な空気が二人の肺の中へ流れ込んでくる。
「噂で聞いた通りの真っ赤なクリスタルと、太陽に照らされてキラキラ光る砂金がそれを飾ってるみてーで。すっげー綺麗だったな!!」
 目を輝かせたエドワードが興奮した面持ちでよろよろと歩く。
 ふぅと息を吐いたエアはぺたりとロープを腕に巻き付けたまま座り込んでいる。暴風地帯から抜け出し、張りつめていた緊張が解けたのだろう。ふんわりとした笑顔でエドワードを出迎えた。
「本当に、綺麗な景色でしたねっ。辺り一面キラキラ光って、眩しくて」
 今は遠く、砂漠の海に消えてしまった光景を思い出すようにエアは目を細める。荒れ狂う風の中に見えた一瞬の眩い光。あれは確かに、自分たちの追い求めていた景色だった。
 コトは翼についた砂を嘴でのんびり落としていたが、ぴょんと船首に飛び乗り、嵐が再び戻ってこないか警戒している。
「今回の冒険はちょこっとハラハラしたけど、エアとなら大丈夫だって確信してたぜ」
 警戒任せたとコトに視線を送りながらエドワードはエアの横に座った。
 エドワードは普段と同じだった。
 相方の能力を一度も疑わず、絆で結ばれた者同士の連携があるのなら、どのような困難が立ち塞がろうとも乗り越えられると信じていた。
 エドワードの言葉には嘘がない。だからエドワードの笑顔は真っすぐにエアの心に届いた。その信頼に応えられたという嬉しさで、エアはほうっと頬を染める。
「ありがとうございます。砂金を記念に持って帰れなかったのは残念ですけれど……」
 あの美しい景色を駆け抜ける時、エアは舵を取るのに精いっぱいだった。全員が無事に砂海を抜け出すためには風の読み違えが命取りになる。
 だから少しだけ、ほんの少しだけ残念だったなと思うのだ。
 もっとゆっくり、エドワードと砂金の山や紅色に輝く宝石を見られたら良かったのに、と。
 今日の思い出は記憶のなかに刻まれたが、あの景色が現実であったと思い返す、そんなお土産が会ったらよかったのに、という心残りが少しだけ声に滲んでしまう。
 エドワードはにんまりとした笑顔を浮かべている。自分の取った行動が正しいものであったと確信した者の笑い方だった。
「エア」
 ごそごそとマントの中を探りながらエドワードはエアの肩を指先で突く。
「はい、なんでしょうか。エドワード、くん?」
「……ひひっ。じゃーん!! これなーんだ!!」
 エドワードが満面の笑みと共に取り出した小瓶のなかには黄金に輝く砂金がぎっしりと詰め込まれていた。太陽の光を浴びてキラキラと輝く様は、エアの記憶に残る黄金の景色と重なる。
「いつの間に!!」
 驚くエアが顔を上げると、その表情が見たかったとばかりにエドワードがウインクで応える。
「せっかくの冒険なんだから、記念のお土産くらい持っとかねーとなーーっ。砂金のエリアを通り抜ける間に、少しだけ採っといたんだ!!」
 晴れやかに笑いながらエドワードは砂金のつまった小瓶をエアに手渡した。太陽の熱を吸いこんだ小瓶はほんのりと温かい。
「ふふっ、これはわたし達にとっては金やクリスタル以上に価値のある宝物になりますね」
 抱きしめるように小瓶を頬につけ、エアは晴れやかな笑顔をエドワードに向けた。普段は月のように微笑む少女の、心からの笑顔だった。
 この砂金を見るたびに二人は今日の冒険を思い出すのだろう。あの美しい紅や二人で駆け抜けた砂漠の冒険が幻では無いと証明してくれる黄金の羅針盤、二人で勝ち取った記念のお土産トロフィー
「ありがとうエドワード君っ」
 遠くで砂金ハンターたちが自分たちを探している声が聞こえる。
 恐らくは探しに来てくれたのだろう。もしくは手に入れた砂金を横取りする気なのか。
 どちらにせよ恐れる事はない。互いが此処にいるのだから。
 二人は不敵に笑うと立ち上がり、徐々に近づいてくる船影に向かって手を振った。

おまけSS『砂金ハンターの裏側』

 砂金ハンターが多く逗留しているのが傭兵ラサにある『ルンマーン』と呼ばれる小さなオアシスだ。人口百人にも満たない集落には常に三十以上の砂船が逗留している。
 砂金ハンターがルンマーンに集う理由は一つ。美味い酒のためだ。
 砂と土で作られた賽子サイコロ状の建物はルンマーン唯一の酒場だ。夜になれば昼以上に騒がしくなる。そんな酒と煙草に塗れた空間に子供の声が響けばどうしたって目を引く。
「おっちゃん、『イアペトスの瞳』の人か?」
 ヤペテは突然目の前に現れた二人の子供をぎょろりと見下した。
 一人は赤い髪の少年。もう一人は白銀の少女。
 どことなく上品な面立ちをした二人は、恰好こそこの辺りの民族衣装を纏っていたが、この付近の人間ではないことは明らかであった。どちらも砂漠ではお目にかかることの少ない、透き通った白い肌の持ち主であったからだ。
 なにより瞳に希望があった。強い太陽の光と澄み切った蒼い湖光。それが擦り切れたヤペテの心には酷く眩しく見える。突然現れたこの不思議な二人組のことが知りたいという好奇心が、面倒だという気持ちに勝った。
「ああ、そうだが?」
「ようやく見つかったぁ」
「待っていて良かったですねぇ、エドワードくん」
 少年は明らかに安堵した表情で微笑み、少女も林檎のような笑みを浮かべて頷いている。良い二人組だとヤペテは思った。安心を共有できる相手は貴重だ。
 砂金ハンターは個人で動く事もあれば集団で動くこともある。
 イアペトスの瞳とは砂金ハンターたちが組んだチームの一つだ。人数だけでいえばルンマーン周辺でも5、6番目の規模になるが、それだけだ。一番でもなければ、ここ最近目立った成績を上げている訳でも無い。そんな自分たちの砂船団に何の用があるというのだろうか。
「オレはエドワード」
「わたしは、エアと申します」
 二人に向かって座れと指で椅子を示してから、ヤペテはサボテンの蒸留酒を注文した。楽しい話には酒が必要だ。酒場にいる他の客もエドワードとエアの話に興味があるのか、普段よりも大人しい。
 エドワード・S・アリゼとエアにとって、ヤペテはようやく見つけた砂金ハンターの一人だった。砂漠と同じ肌をした隻眼の男は値踏みするようにエドワードとエアを眺めているが、ねじれた唇の端はどことなく楽し気だ。
 交渉の余地がありそうだと見込んだエドワードは、話を続けても良いかと隣のエアに視線で尋ねる。彼女の人を見る目はエドワードと同じか、それ以上だ。そんな彼女が小さく頷き返しいるのだから問題は無いだろう。
「エドワードとエアね。俺はヤペテ。あんたら、どうしてイアペトスの瞳を探していたんだ?」
「オレ達、熱砂のクリスタルを探しに来たんだ」
 少しばかりの沈黙を挟んでからヤペテは声を潜めた。
「……お前等、そいつが何か、知っているのか?」
 熱砂のクリスタルとは砂嵐の向こう側にあるという伝説の秘宝だ。
 伝説上の存在だと笑い飛ばすハンターもいれば、信じるハンターもいる。ヤペテの所属するイアペトスの瞳は数少ない後者の集まりであり――ここにきて、ヤペテはようやく二人が自分たちを探していた理由を理解した。
「この砂海ってのを超えた先には持ち帰りきれないくらいの砂金の山があって、それを纏うみたいに真っ赤に染まったクリスタルがあるんだろ? そんなのぜってー綺麗に決まってるぜ!!」
 あまりにも迷い無く語る少年を見て、ヤペテは揶揄も忘れて頷いた。気圧されたと言い換えても良い。奇妙なほどに澄んだ迫力が、目の前の少年にはあるのだ。
「皆さんにご迷惑をおかけする訳にもいきませんから、徒歩で探しに行こうとしたんですけれど村の皆さんに止められてしまって」
「そりゃあそうだ」
 好きこのんで黄金を探す人間に真っ当な神経を期待するだけ無駄である。けれども、さすがに他所から来た子供二人が砂漠の海へ乗り出すといえば止めるだけの良識は残っていたらしい。
「そんな時、こちらの酒場の店主さんから『イアペトスの瞳』の人なら熱砂のクリスタルについてよくご存じだというお話を伺って探していたんです」
 体よく丸投げしやがって。ヤペテは酒場の店主を睨みつけたが、店主はどこ吹く風だ。飄々とエドワードとエアにナツメヤシの実とヤギのミルクを出している。
 この堅物な店主が微笑み、あまつさえ金無しで情報を漏らすとは。この子供たちは一体どんな秘術を使ったのだろうか。
「ピピピッピャイ」
「おう、サンキュ……ウ!?」
 いつもより低い位置から差し出された蒸留酒のグラスを手に取ってから、ヤペテは足元を二度見した。今しがた酒を運んできたのが頭にお盆を載せた伝説の生物であったからだ。
「ドラゴンッ!?」
「おっちゃん、コトはドラゴンじゃなくてワイバーンだぜ?」
 当然、といった表情でエドワードは立ち上がったヤペテを落ち着かせ、再び椅子へと座らせる。
「コトちゃんはわたしたちの仲間なんです」
「なかま」
 ヤペテはぽかんと口を開けたままコトを見る。エドワードの膝によじ登りながら、褒めてとねだるように小さな赤い亜竜は、自分へと注がれる視線に気づいたのか翼を振っている。
「ほんとうに?」
 確認するようにエアに尋ねれば、月光花のような少女は可憐なかんばせを元気よく上下させる。
「はいっ」
「……ワイバーンが給仕をした店となれば箔がつく」
 涼しい顔でグラスを拭き続けながら、店主がぼそりと本音を呟く。
「おかしなガキどもめ」
 頭を抱えながらヤペテは長い溜息を吐いた。
「分かった。熱砂のクリスタルまでとはいかんが、途中までは案内してやる。あとは地図と道具を貸してやるから自分たちで何とかするんだな」

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